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64 神殿の守護者

 俺とドンさんの後ろに突如現れた巨大石像。



 そいつは何かをするわけでもなく、ただその場に立ち俺たちを見下ろしている。



 コイツがかつてドンさんのチームを壊滅させた化け物だということは隣にいるドンさんの様子を見ればよくわかる。緊張しつつも油断することなく巨大石像の次の行動を窺っているようだ。



 かくいう俺も目の前の存在には驚いている。こんなにもデカい図体をしているくせに背後をとられたことにすら気づかないとはな……



 何よりもこの禍々しい雰囲気。体の前面を塗り潰す赤黒い染みは……血だよな? 一体どれだけの生物を惨たらしく殺したらこんな風になるんだろうか。



 「…………」



 そんなことを考えていると、巨大石像が俺の方に顔を向けてきた。鎧の中から覗く虚な瞳が俺の全身を射抜く。まるで見透かされているような感覚を覚える……少々不快だな。



 「ドンさん」



 「あぁ、事前の打ち合わせ通りだ!」



 ドンさんは鉄の棍棒を構えながら俺の前に移動する。



 「俺がコイツの攻撃を(さば)く! ノヴァスッ! お前は隙を狙ってコイツにキツい一撃を当ててくれ!」



 ドンさんは俺の攻撃力に期待しているようで、こんな作戦になったのだが、果たして上手くいくのか……まぁ、今更悩むことでもないか。俺がさっさとコイツをぶっ倒せば済む話だもんな!



 ドンさんが俺の前に立つと、巨大石像はドンさんの方に視線を向けた。そして……急に右腕を振りかぶり、こちら目がけて突進してきた。



 「うぉぉぉぉぉっ!!」ガキンッ!



 「…………」



 巨大石像の右拳がドンさんに接触する直前、ドンさんは構えの体勢から一気に棍棒を振り抜いて巨大石像の攻撃を受け止めた。



 衝撃を完全に殺すことはできなかったようでドンさんは右後方に軽く後ずさった。巨大石像は右拳を振り抜いた体勢から崩れることはなく、すぐに左腕を振りかぶった。



 「まだまだぁっ!!」ガキンッ!



 「…………!」



 だがドンさんもすぐに俺の正面に戻り、また攻撃を棍棒で受け止めた。先ほどの攻撃ほどの勢いはなかったようで今回は完璧に受け止めることができたようだ。俺もいつでも攻撃できるように右拳を脇の下まで引きつけて、そのときを待った。



 ドンさんと巨大石像は(つば)迫り合いのような状態になっている。お互いの力でが拮抗しているように見える。すると巨大石像が左腕を引いて、後ろの方に飛び退いた。そして初撃目と同様、突進をしてきた。だが今度は一撃だけでなく、両拳をドンさん目がけて乱れ打ちし始めた。



 「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」ガキンッガキンッバキンッガキンッ!!!



 「…………!」



 ドンさんはそれらの攻撃を全て捌いた。受け止めるだけではなく時には受け流したり、俺の方にまで及ばないものは避けたりと実に見事なものだ。かつては為す術なく負けたとドンさんは言っていたが、十分に渡り合えているのではないだろうか?



 ただし、長続きはしないだろうな。いくらドンさんでもこれだけの強度の運動をずっと続けることはできない。巨大石像の方はわからないが……どちらにせよチャンスはそう多くないはずだ。しっかりと状況を見定めねば……



 そして、そのときはきた。



 「はぁっ!!!」ガキンッ!!!



 「…………!?」



 ドンさんが巨大石像の左腕を棍棒で思いっきり弾いたときに、巨大石像は後方に若干仰反るような体勢になった。体勢が崩れたのだ。



 「今だっ! ノヴァスッ!」



 「あぁ!」



 俺はチャンスを逃さまいとドンさんの後ろから一気に前に(おど)り出る。そして巨大石像の懐まで迫った。



 今までの経験から、石像型の魔物は体が欠損をしても活動はやめなかった。頭や腕を吹き飛ばしても動き続けた。体の中心部を完全に破壊することで倒すことができるのだ。この巨大石像も同様にすれば……



 俺は十分に引きつけた右拳を巨大石像の懐目がけて思いっきり振り抜いた。



 「おらっ!」ゴンッ!



 「…………」



 俺の拳は巨大石像を……




 「…………」



 「そ、そんな!」



 「まじかよ……」




 倒すことはできなかった。




 俺は巨大石像の胴体を吹き飛ばすつもりで殴りつけたのだが……結果は無傷だった。いや、表面が若干砕けているか? とにかく活動停止に至るようなダメージを与えることはできなかった。



 今回の作戦は俺の攻撃力頼りだったということもあり、ドンさんにとってこの結果は絶望的なものだっただろう。俺としてもまさか身体強化魔法で底上げされたパワーが効かなかったのはショックだった。どのようにして巻き返すか……



 「…………!」



 「さて、こっからどうするか……って、ぐぉ……!?」ドスッ!!



 どうするべきか考えていると……巨大石像が目にも止まらない速さで俺に向けて、左脚で前蹴りしてきた。その蹴りは俺の懐を正確に捉え、俺を遠くに吹き飛ばし……無数に屹立した柱のうちの一つに叩きつけられた。



 「かはっ……」グシャッ



 「ノ、ノヴァァァァァスッ!!」



 ドンさんの叫び声が聞こえる。マズイな……早く戻らないと。くっそ、さっきの蹴り結構痛かったぞ? 痛みを感じるのはこの世界に来たばっかの頃に宵闇の翼(キモカラス)紅蓮の翼(赤シマエナガ)と戦ったとき以来だな……



 俺は立ち上がり自分の体を確認する。よし、大丈夫だ。俺は先ほどまでいた場所に視線を向ける。そこでは巨大石像がさらに激しさを増した乱打によってドンさんを追い詰めていた。



 「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」ガキンッガキンッガキン!!



 「…………」



 ドンさんもなんとか耐えているようだが、早く駆けつけねば。俺は急いで走り出す。かなり遠くまで吹き飛ばされたようだ……



 一瞬で決着をつける作戦は失敗だ。そうなると今度は部位破壊から進める必要がある。俺の攻撃も完全に無力化されたわけではなく、表面を若干砕く程度の効果はあった。ってことは長期戦になるのか……



 「すまん! ドンさんっ!」



 「無事だったか! ノヴァスッ!」ガキンッガキンッ!!



 なんとかドンさんの元にたどり着いた。戦況はこっちが押されているな。ここからは俺も隙を作るために前に出るか……




 そんなことを考えていると、突如巨大石像が動きを止めた。




 ん? 急にどうしたんだ?



 いきなり攻撃の嵐から解放されたドンさんも戸惑っているようだ。



 巨大石像がゆっくりと後ろを振り返る。あっちは入り口の方だが……




 俺も入り口の方を見た。



 「お(ぬし)ら大丈夫か!」




 そこには心配そうな顔をしたイーシアが立っていた。




 え! 来ちゃったの!?



 まさか、俺たちのただならない様子を感じ取って、つい来てしまったとでもいうのか……やべぇ……空間内に入っているじゃねぇか……



 ドンさんも信じられないものを見るような顔でイーシアを見ている。そりゃそうか、危険だから残っていろと言ったのに来ちゃったんだからな……



 巨大石像はイーシアをその瞳にガッチリ捉えたようだ。その様子は今までのものとは何かが違うように感じる……



 「…………ア……」



 今まで一切何も発することはなかった巨大石像が何かを……



 「…………シア……」



 よく聞こえないな……



 「これは一体……」



 イーシアも目の前の巨大石像の異様さに圧倒されているようだ。




 そして……




 「……シアァァァァァアァァァァァァ!!!」



 

 狂ったかのように喚き散らした。それは脳の奥にまで響くかのように耳を(つんざ)く。思わず耳を押さえてしまうほどに五月蝿く感じる。



 「うるせぇ……急になんだ……?」



 「女王陛下を見た瞬間に様子が……いや、そんな場合じゃない! ノヴァスッ、こうなっては仕方がない! 女王陛下の元まで戻るぞ!」



 ドンさんが俺を待たずに入り口の方を目指して駆け出した。巨大石像が狂ってる隙になんとかイーシアと合流しようということか。今回の挑戦は失敗かもな。俺も早くしなければ……



 だが、敵はいつまでも悠長に待っていてはくれない。



 巨大石像はそのまま脇目も振らずにイーシアへと向かっていった。マズイ!? いくらなんでもあの質量で突っ込んだら……



 「……シアァァァァァアァァァァァァ!!!」バゴンッ!!



 「うぉぉぉぉぉ!! 間に合えっ!! ……ぐわぁぁっ!?」ズドドドォォォッ!! グシャッ!!



 「ドンッ!? お(ぬし)……」



 間一髪でイーシアの元にたどり着いたドンさんが無茶な体勢で巨大石像の突進を受けたせいで、上手く受け身を取れずに吹き飛ばされ、入り口側の壁に叩きつけられてから地面に落下した。死んではいなさそうだが……意識は飛んでいるな。



 だがドンさんの決死の身代わりのおかげでイーシアは無事で、かつ巨大石像の足止めにもなった。ただではやられないとは……流石は(2等級冒険者)といったところか……



 俺はその隙にイーシアのいる所まで到着した。



 「悪い! 遅くなった……イーシア! どうしてここに……」



 「す、すまん! お(ぬし)らの断末魔が聞こえて、居ても立っても居られなくなってしまったのだ……それよりもドンが……!」



 断末魔って……死んでねぇわ。まぁ、仕方がないのかもしれんな。あんな場所でたった1人で待ってろってのが酷だった可能性がある。俺がその立場でも暇でつい見に来てしまうかもしれないしな。よし、イーシアを責めるのは後にしよう。そんな暇はないからな……



 ドンさんはこちら側の壁際に倒れているから駆け寄るのにそこまで距離はない……



 「話は後にしよう! イーシアはドンさんを見てくれ! 俺がその間、あの巨大石像を抑える!」



 「わ、わかった! 任せてくれ!」



 俺が指示を出すとイーシアは急いでドンさんの元に駆け寄った。応急処置くらいしかできないだろうが……何もしないよりマシだろう。



 そして俺は……



 「……シアァァァァァアァァァァァァ!!!」



 この暴れ狂う巨大石像をどうにかしなければ……



 俺は身体強化魔法をいまいちど意識しながら発動して身体中に巡らす。今度は吹っ飛ばされるなんてヘマしでかすわけにはいかんからな。



 俺はオーソドックスに構える。全ての攻撃を受け流し、いつでも反撃できるように集中する。



 目の前にいるのは血塗れの巨大石像……




 「さっきはよくも蹴り飛ばしてくれたな……次はお前の番だぁ!」




 「……シアァァァァァアァァァァァァ!!!」




 俺と巨大石像は再び衝突した。




 ◇◇◇



 どれくらい時間が経ったのだろうか……



 「このっ……おらぁ!」バキンッドカッドカッバキンッグシャッドカッバキンッ!!



 「……シアァァァァァアァァァァァァ!!!」バキンッドカッバキンッドカッバキンッ!!



 この巨大石像との殴り合いは現在膠着(こうちゃく)状態にある。お互いに一撃が決め手になり得ずにひたすら体力を削り合い、傷を増やし続けている。まぁ、本当に巨大石像の体力が削れているのかはわからない。俺の希望的観測というわけだ。



 だが、ここまで長い間戦っているとわかってくることもある。どうやらこの巨大石像は俺ではなく常に俺の後方……おそらくイーシアに意識が向いているようなのだ。イーシアの前に立ちはだかる俺が邪魔だから排除しようとはしているが、どうにも攻撃が荒い気がする。



 そしてこの巨大石像は帰らずの森にいる魔物よりも強い。五種族の(おさ)よりも実力は上かもしれない……攻撃を受けた場所とかめちゃくちゃ痛い。実際のところ俺の攻撃も効いているかわからない。ここら辺が俺の人化状態の限界なのかもな……



 正直、帰らずの森を出てから経験した戦闘は全て余裕だったので心の中では完全に舐め切っていたのかもしれん。身体強化魔法にハム(よし)の格闘術のみでどうにかなっていたのが裏目に出た。ここから形勢を逆転するには……



 「おらっ! しまった……ぐはっ……」ガキンッバキンッドガッ!!



 「……シアァァァァァアァァァァァァ!!!」ドガッ!!



 脇腹にいいのをもらってしまった。息ができん……俺は一瞬膝をついた。



 巨大石像はその隙を見逃さなかった。目にも止まらぬ速さで俺を抜き去り、俺の後方のイーシアたちがいる所へと突っ込んでいった。このままだと……



 「【火に命ずる、眼前を、焼き尽くす、(きゅう)となれ】っ!」



 イーシアがそう詠唱し、それと同時に巨大石像の顔面に激しく燃え盛る火球が着弾した。



 ほとんど効果はなさそうだが巨大石像は思わず足を止めたようだ。俺はすかさず巨大石像を追い去り、イーシアの元へと飛び込んだ。



 「……イーシア、無事かっ!」



 「あぁ、(わらわ)は大丈夫だ。ドンも命に別状はなさそうだ。意識は戻らないがな……」



 イーシアの応急処置のおかげか、ドンさんも無事なようだ。それにしてもどうするか……



 「ノヴァスよ、これからどうする? 入り口からもかなり遠ざかってしまった……」



 イーシアの言う通り膠着状態とは言いつつも俺が一方的に後退させられていたようで、入り口からは既に距離がある。気絶したドンさんをイーシアが担いで運んでくれたおかげで追いつかれずに済んだのだが……このままだとジリ貧だな……



 「イーシア、この状況を覆す秘策はあるか……?」



 「すまない、(わらわ)の身につけている魔道具は防御系に特化したものばかりだ……(わらわ)の魔術も効いている様子はない……」




 それならばやむを得ないか……




 「実を言うとだな……あの巨大石像を倒す方法ならある」



 「な!? それなら早く……」



 「そのためには……イーシア。しばらくの間、目を(つぶ)っていてはくれないか?」



 「…………は? この状況でか?」



 「言いたいことはわかる。だが俺が合図するまで目を閉じていてくれれば……あいつを速やかにぶっ倒すことを約束する……」



 「……………わかった。これでよいか?」



 イーシアは両手で顔を覆った。まったくこの状況で俺の言うことを聞いてくれるなんて、素直すぎんだろ……とりあえずは都合がいいのでいいか。




 俺は巨大石像へと向き合う。




 そいつは既に目の前にいた。疲れている様子は一切感じられない。本当に化け物みたいなやつだ。




 巨大石像は今までよりも大仰(おおぎょう)に右腕を振りかぶった。次の一撃で終わらせるといった意志を感じさせる。




 だが、その右腕が振り下ろされることはない。




 俺はかつて帰らずの森で自分自身に施したとある魔法を……解除した。




 俺の体が光出す。人間の体が眩い光に包まれて、徐々に膨張していく。その光は目の前の巨大石像に迫るほどまでに膨張し、ある一点で止まった。輪郭が歪んでいき、人の形から禍々しい姿へと移り変わっていく。輪郭が確定すると光は収束していき、完全に収まった。




 そこにいるのは1柱の巨大な竜。




 全身を深緑色の禍々しい鎧のような鱗に覆われ、巨大な一対の翼を広げて鎮座する姿は荘厳にして誇り高く、気高い。




 その瞳は全てを吸い込んでしまいそうなほどに深い金色(こんじき)で彩られている。目の前に立ちはだかる敵を静かに見据える姿は悠然としている。




 しかし、内に秘めたる闘争は激情の奔流によって苛烈を極めている。その絶対的な超存在は己の歩みを阻む者を許さない。




 突然目の前に現れた存在に巨大石像は動きを止め、観察をする。竜は不遜にも己を凝視するその顔面を……迷わず殴り飛ばした。




 「…………!?」グシャッズドドドォォォッ!!




 その巨体が軽々と宙を舞い、空間内に無数に生える柱の一つに叩きつけられた。




 「グルルアアアアアアアアアッ!!!」




 今この瞬間、偉大なる竜の王が世界に再び咆哮を上げた。




この作品に興味を持っていただき、ありがとうございます!


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