63 巨大地下神殿 深層
パトレイシア・クレストの深層に入ってから大分経った。
目に映る景色は浅層とそう変わらない。通路や壁は浅層のものと造りがほぼ同じようだ。細かい装飾の差や多少の大きさの違いはあるんだろうが、少なくとも気になるほどではない。
ただし……雰囲気はガラリと変わったように思う。
空気はジメジメとしていて澱んでおり、常に不快な空気が体を纏わりついてくるかのようだ。この微妙な環境の変化によって体を動かす際にも違和感を覚え、本領を発揮できないなんてことにもなり得るだろう。
環境が変われば当然出現する魔物も変わる。
浅層では地上でも見かけた狼や鳥のような獣型の魔物が発生していたが、深層では……
「ギャオォォォォォ!!!」
いかにもゾンビっぽい見た目の魔物が襲ってくるようになったのだ。姿形は浅層の魔物とも似通っているのだが、身体中の血肉は爛れており、骨まで見える個体も少なくない。
「くらえ! ハムハムキック!」
「ギャァッ!?」ドシャッ!
俺は飛び掛かってきたゾンビを右ハイキックで思いっきり横の壁まで蹴り飛ばしたのだが……
「ギャオォォォォォ!」
「やっぱこの程度じゃダメか……」
ゾンビは何事もなかったかのように起き上がり、もう一度こちらににじり寄ってきた。
そう、こいつら簡単に倒れないのだ。強さ自体は浅層の魔物と大きく変わらないのだが、耐久力が桁違いなのである。よって今までのような戦い方が通じなくなってしまったのだ。
このゾンビを無力化するには動けなくなるまで体をボロボロに損傷させる必要がある。そのためにはただひたすらに殴りまくる、もしくは炎で燃やし尽くす……
「【火に命ずる、眼前を、焼き尽くす、球となれ】っ!」
おっと、俺の耳に魔術の詠唱が聞こえてきた。数瞬の後に視界の端から激しく燃え盛る火球が飛んできて、そのまま俺が対峙していたゾンビへと着弾した。
「ギィァァァアァァァァッ!?」
着弾と同時にゾンビは勢いよく燃え上がった。ゾンビは苦しそうに叫び声を上げながら地面をのたうち回り……そして動かなくなった。
俺は魔術の発生源の方に顔を向けた。
「大事ないか? ノヴァスよ!」
そこにはイーシアがいた。左手を右腕に添えて、右の手のひらを正面に向けた姿勢で立っていた。今の激しい火球はイーシアが放った魔術のようだ。
「おぅ、助かったよ。相変わらず凄い魔術だな」
俺は素直にイーシアを褒めた。なんとイーシアは魔術が使えたのだ。それも耐久力のあるゾンビの魔物を戦闘不能にするレベルの魔術を。紅蓮の翼の魔法ほどではないが……十分強力であると言えるだろう。
「あのような魔物にはこれが1番手っ取り早いというもの……お主らがボロボロになるまで殴り続けるよりは、な」
イーシアがそう言いながら構えをとき、自分の後ろの方を親指で示す。そこには、ドンさんが立っており、その周りには燃え尽きた魔物だった物体が地面に横たわっていた。
「おぉ、ドンさんの方もイーシアが止めをさしたのか……やるじゃん」
「フフフ、この程度……造作もない! どうだ? 妾も頼りになるであろう?」
イーシアがドヤ顔で誇っている。まぁ実際頼りになるから特に文句もないが。そして、それは戦闘面だけではない……
「ふぅ、たしかにイーシアのおかげで深層のゾンビ型の魔物を倒すのが格段に楽になった! そしてこいつにも本当に助けられている!」
ドンさんが俺とイーシアの方に近づきながら、人差し指で上の方を示した。そこには周囲を光で照らす謎の球体があった。
「あぁ、魔道具だっけ? これのおかげで真っ暗だった深層でも視界が保てるってのは大きいよな」
俺はドンさんの発言に同意した。
「うむ、妾の秘蔵の魔道具だ! 代々イルシプの女王へと受け継がれるものでな。本来は攫われた際に居場所を知らせるためのものなのだが、こういう使い方もできるのだ!」
イーシアが持ってきた魔道具の中にはなんと光源になるものがあったのだ。しかも、この魔道具……原理は不明だが宙に浮いているのだ! 本来この深層のような暗がりでは片手に松明を持って進むのがセオリーらしいのだが……この魔道具さえあれば両手を自由にすることができる。
「いやぁ、本当にイーシアについてきてもらってよかった! おれとノヴァスの2人では片手を松明で塞いだ状態で魔物が粉々になるまで殴り続けなくてはならなかったからな!」
まったくな。俺とドンさんの2人だけだと時間がかかる上に体力も無駄に使うことになる。イーシアがついてきたのは結果的に正解だったと言えるだろう。
「それにしてもイーシア、そんなに魔術を使って大丈夫なのか? 魔術を使いすぎると疲れるだろう」
俺はイーシアにそう尋ねた。アルのときもそうだったが魔術にも使用できる上限があるようだったからな。イーシアはこれまでに何回も魔術を使っていたから、少し気になっていたのだが……
「ん? これくらいは大丈夫だぞ。そうだな、休息なしで……あと十数回は使えるぞ」
まじかよ……アルなんかよりも、よっぽど扱える魔力量が多いんじゃないか? これが持つ者と持たざる者の差ということか……なんて残酷な……!
「まさかパトレイシア・クレストの攻略にはイーシアが必要だったのか……」
「まぁそうは言っても妾1人ではここまで辿り着けなかったであろう」
1人でこんな所に来るアホがいるかよ……って、そういえばパトレイシス君は1人で来たんだっけ? まぁ見つかったら即処刑みたいな立場だったし、状況が全然違うか。
「それにお主らのような近接戦闘に優れた者だって必要であろう? ……ほらな、噂をすれば何とやらだ……」
イーシアがそう言って、通路の先の方を見る。そこには新たな魔物が発生していた。
「ゴゴゴゴゴゴ……」
先ほどのようなゾンビ型ではなく、プレートアーマーのような姿をした石像型の魔物だ。主にパトレイシア・クレストの深層ではゾンビ型とこの石像型の魔物が頻出するようなのだ。
「コイツはおれに任せてくれっ! うぉぉぉぉっ! くらえっ!」
1番近い場所にいたドンさんが速攻で距離を詰めて身の丈にも及ぶ鉄の棍棒を石像型の魔物に思いっきり叩きつけた。
「ゴゴゴゴガッ……」バキバキバキグシャッ!
石像型の魔物は叩きつけられた部分に大きなヒビが入り遠くへ吹っ飛ばされた。
「……お主らは簡単に倒してしまうが、あの魔物と戦うには相応の膂力が求められるであろう。偏った編成や単身で来るような場所ではないな」
イーシアが戦いの様子を見ながらそう言った。魔術師だけだと石像型魔物で詰み、戦士だけだとゾンビ型魔物で詰むということか? いや、仮にバランスのとれたチームでも練度が低ければ関係ないか。どちらも高い水準で兼ね備えた俺たちのようなチームでないとな。
「そうかもな。……それにしても浅層とは急に雰囲気が変わったよな。出てくる魔物もなんか違うし」
ゾンビとか最初はマジでビビったわ。石像とかも考えようによってはお化けみたいなもんだよなぁ。もしかして幽霊とかいるの……?
「ふむ、これは聞いた話だが……戦場跡地や魔力濃度の高い場所でたまにここにいるような魔物が発生するらしいぞ?」
「戦場跡地っていかにもだなぁ……って魔力濃度の高い場所?」
魔力濃度なんて指標が人の世界にもあったのか。俺がこの世界に来て魔力感知の魔法を使った際に、その場に溜まる魔力の強弱をわかりやすく表現するために便宜的に名付けたものと同じだな。
「うむ、どうやら世界中に点在しているようでな……高難易度ダンジョンは軒並み魔力濃度が高いと言われているのだ。そしてそういった場所にいる魔物は特に精強であるらしい」
ってことはパトレイシア・クレストも魔力濃度が高いということか。でもそうなると帰らずの森も魔力濃度が高いはずだが、ゾンビみたいな変な魔物はいなかったな……
「必ずしも発生するわけではないんだよな? 一体どんな条件があるんだか……」
なんかRPGとかだと聖なる奇跡によって死者を浄化する、みたいなケースが多々あるよな? もしかしてこの世界でもそういった技術があったり……待てよ、まさか聖竜神教の教会で受けた祝福って……
「いや、考えすぎか」
「おーい、2人とも待たせたな! 先を急ごう!」
お、ドンさんも魔物を倒したようだな。足元には粉々になった魔物だった物体が転がっていた。無慈悲だな……
「ノヴァスよ、考え事はその辺にしておけ。こんなところで立ち止まっていても仕方がない。妾たちも行こうぞ」
イーシアに正論で殴られてしまった。
「それもそうだな。早くこんなジメジメした場所抜け出したいしな」
「我らイルシプの民が崇拝するパトレイシア1世が造り上げたものだというのに……否定できんのが悔しいな」
まったく、パトレイシア1世もどうせならもう少し快適になるように造ってくれればよかったのに!
まだまだ先は遠いのだろうか? まぁ例えどこにいたとしても気を抜くつもりはないがな。
俺たちは油断することなく、奥の方へと進み続けた。
◇◇◇
「おらっ!」
「ゴゴガッ……」バキンッ!
俺の唸る左フックによってまた一体の石像型の魔物が砕け散り、この世を去った。まったく、喧嘩なら売る相手を選ばなきゃダメだぜ……?
戦闘を終えた俺たちは歩き出した。
「はぁ、魔物の出現頻度が多いな……」
イーシアが少し疲れた様子でそんなことを言い出した。たしかに言われてみれば深層に入ってからは魔物がよく襲ってくる気がする。おかげで常に気を張っているもんだから、気疲れしてしまうのかもな。
「流石に疲れたか?」
「うむ……イルシプは基本的に乾燥地帯が多いからな。この深層のようなジメッとした環境はなかなかどうして慣れない。それと周囲を壁に囲まれた空間というのが圧迫感がありストレスを覚えているようだ。……そんな状況で魔物が頻出する。気が狂いそうだな」
気が狂いそう……という割には冷静そうに見えるがな。
「まあ、ドンさんが言うにはあともう少しの地点で休息をとるようだぞ。……だよなぁ、ドンさん!」
俺はイーシアの前に立つドンさんに話しかけた。
「……あぁ! そうだ! もう少しの辛抱だ!」
ドンさんも元気そうに見えるが……明らかに疲れているな。銀のドンさんがこれなんだ。イーシアなんてめちゃくちゃ頑張っているだろう。
「だってよ、っていうかここまで頑張るとは思わなかったよ。ダンジョンに入って即おんぶコースだとばかりに……凄いなイルシプの女王様は」
「むぅ、茶化すでない。……無理を言ってついてきたのだ。足手まといになるつもりはない」
「足手まといどころかめっちゃ助かってるけどな」
魔術もそうなのだが、やっぱり光源の魔道具が優秀すぎる。本来の予定では松明をたよりに進むということだったが、どう考えてもアホすぎる。片手が塞がるだけでもヤバいのに大して明るくなりそうもないしな。
「こんなダンジョンに松明で挑戦しようとするなんて……本当に銀のベテランなのか……? どう考えてもおかしい……」
「ノヴァス! おれの悪口はその辺にしておけ!」
ドンさんに聞こえていたようだ。普段なら笑って聞き流していそうなのに、わざわざツッコんできた。ドンさん、やはり相当疲れているな……
「お主は相変わらず元気そうだな」
イーシアがジト目で見てくる。ちなみに俺はめっちゃ元気。魔力濃度が高いからかな? そんなわけで歩きながらも財宝がないか気にしながら視線を巡らせているのだが……まったく見当たらない。ここ本当に宝物庫か?
「財宝が見当たらなさすぎて元気なくなったわ……」
「本当に元気そうで羨ましいぞ……」
イーシアが呆れたようにそう言った。
「前におれが来たときも例の部屋にたどり着くまでに財宝は一切見つけられなかったぞ!」
ドンさんが一瞬だけ振り返ってそう言った。
「そういえばそうだったな。……ところでイーシアは何の財宝探してるんだっけ? 気になるものがあるって言っていたよな?」
俺はイーシアにそう話しかけた。
「ん? あぁ……お主も知っているはずだ。……パトレイシア1世のナイフだ」
パトレイシア1世のナイフ……たしかお気に入りの逸品でパトレイシスにあげたら、そのナイフで刺されちゃったとかいう曰く付きの……
「何でそんなもんが? 不気味じゃね?」
「そう思うヤツが一定数いるのは理解しておる。……実はな、そのナイフは凶器としてアルハンドラ宮殿にて保管されていたはずが、いつのまにかどこかに消えてしまったと言われているのだ」
「まさか、パトレイシスが……?」
「わからぬ……が、可能性はある。パトレイシア1世の私物としては断トツで知名度のある財宝だ。妾が是非手にしたい!」
ふーん、なんかよくわからないけどきっとこだわりがあるのだろう。
「ナイフねぇ、一応気にしながら探してみるよ」
「殊勝な心がけだな。褒めて遣わす!」
俺とイーシアがそんな風に話していると……
「ついたぞ……ここで最後の休息とする……」
お、ドンさんの纏う雰囲気が少し変わったな。今までも真剣だったのだろうが、より研ぎ澄まされたかのような……
「なるほど、あの先か……」
俺は先の方を見る。そこには若干明るくなった開けた空間が見えた。あそこが例の……
俺とイーシアは全てを察して、その場で休息をとる。順番で見張りをし、各々自分の装備の点検、準備も忘れない。そして十分に英気を養った。
「じゃあ、行くか?」
俺はドンさんに尋ねた。
「あぁ! だがその前に……イーシア、やはりここに残っていてくれないか? ここからは本当に危険だ」
ドンさんがイーシアにそう言った。その表情はどこまでいっても真剣であった。
「……わかった。妾はここでお主らを待っておる。必ず生きて戻ってくるのだぞ。……それからお主らがやることを済ませたら、その後の探索には妾も参加するからな! よいな!」
イーシアも流石に自分の命の重要性を知っているのだろう。ここから先は命の保障ができないとドンさんに言われたようなものだ。素直に従っている。
「イーシア、ありがとう! 必ず生きて帰ってくる! ……それから、これを持っていてはくれないか?」
そう言ってドンさんは懐から銀色に輝く冒険証石を取り出してイーシアに手渡した。
「……預かっといてやる。だからしっかりと取り返しに来るのだぞ」
「もちろんだ! ……それでは行くぞっ! ノヴァスッ!」
ドンさんがそう言って開けた空間の方に歩いて行った。俺も追いかけねば……
「そうだイーシア。そのマントちゃんと着ておけよ」
「うむ、任せておけ! このマント何やら不思議な感じがするので気に入っておるのだ! もう返さないからな!」
ちぇっ、そのマント気に入ってたのに……まぁ、別にいいんだけど……
俺はドンさんを追いかけようと歩き出した。
「ドン、ノヴァス。死ぬでないぞ」
イーシアが最後にそう声をかけてきた。
俺たちは振り返らずに片手だけあげてそれに応えた。
◇◇◇
俺とドンさんの2人は並んで歩き、とうとうお目当てのエリアまでやってきた。
そこは浅層くらいは明るいだろうか。イーシアの光源の魔道具がなくても十分に視界は確保できているな。
俺の目の前に広がるのは、ただひたすらに広大な空間であった。そしてそんな空間の中に無数に屹立した巨大な柱がある。天井を支えているのか? よくわからないがセンスは悪くないな。
そして地面に目を向けると……そこには財宝がいくつも散らばっていた。金の調度品や宝石で彩られた装飾品など様々な財宝が確認できる。随分わかりやすいな。
俺たちは中に入った。
俺が視線を巡らせて目の前の空間を観察していると……
「……ッ!? ……久しぶりだなぁ……会いたかったぞ……」
ドンさんが急に後ろを振り返りそう言った。そして身の丈にも及ぶ鉄の棍棒をすぐに構えた。物凄い汗をかいている。只事ではない何かが起きたようだな。
俺もドンさんを倣い、後ろを振り返ると……
そこには、
1体の巨大な石像が立っており、俺たちを見下ろしていた。
今まで見かけた石像型の魔物が身に纏っていたプレートアーマーをさらに豪華に……仰々しくしたような鎧で覆われていた。その大きさは見上げても顔が見辛いほどに巨大だ……もしやドラゴン状態の俺よりもデカいのでは……?
その巨大石像は俺たちを見下ろしている。
その様は、女王の財宝を奪いに来た不届き物を生きて帰さない忠実な巨大地下神殿の守護者……
いや、違うな。
鎧の中から覗く瞳は虚だ。全身は血に染まっている。
そうだな……まるで……
獲物を捉えた無差別殺人鬼のようだ……
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