58 寝台の上で
目が覚めると目の前には天井が広がっていた。見覚えのない場所だ。ここはどこだ……?
たしか俺はイーシア2世が開催した歓迎会にて馬鹿みたいに酒を飲みまくって泥酔し……意識を失ったのか? 途中から一切の記憶がない。
とりあえず起きるか。
激しい頭痛と若干の気分の悪さにうんざりしながらも、なんとか仰向けの体勢から上半身だけをゆっくりと起き上がらせる。
ここがどこか確認しようと周囲を見渡した。……こぢんまりとした小部屋のようだ。俺が今いるベッドが部屋の中央にあり、他には窓にデスクと椅子があるだけの一室だ。一見、シンプルな部屋だが清潔に保たれており、室内の調度品も上等なようだ。客室といった感じか?
途中で酔ってぶっ倒れた俺を誰かがここまで運んでくれたのだろうか……? ご丁寧に布団まで掛けられている。至れり尽くせりだな。
そういえば結局宿をとるのを忘れていたな。窓から覗く光景を見るにアルハンドラ宮殿内なんだろうが……結果論だが宿をとらなくて正解だったみだいだ。
さて、これからどうするか。
外はまだ暗い。活動を始めるには早すぎる気がする。かといって一度目が覚めてしまったのに二度寝するのもなぁ……
俺がそんな風に頭を悩ませていると……
「う〜ん……」
声が聞こえた。若干くぐもっているがハッキリと耳に届いた。おそらく場所は遠くない……むしろ室内でもおかしくない。声質からして女性のようだが、一体どこから聞こえた?
もう一度部屋を見渡す。どこにも人影は見当たらない。気のせいだったか……? いや……
俺はふと目の前の掛け布団に目をやる。そういえばやけに膨らんでいるよな、これ。なんか声もこの掛け布団の中から聞こえたような……
「…………」
え……この中に人いるの? 何で? しかも女?
訳がわからないが一度気になってしまったからには確認せずにはいられない。俺は意を決して目の前の掛け布団を一息に捲った。
そこには……
「ムニャムニャ……」
イーシア2世がいた。
幸せそうな顔で涎を口の端から垂らしているイーシア2世が俺のすぐ隣で爆睡をかましていた。
は……? どういう状況?
なんでイルシプの女王が俺と2人っきりで同じベッドの上で寝てるんだ……
若い男女が同じ部屋の同じベッドの上。
他人がこの光景を目にしたら一体何を思うか。
もしかして……やってしまったのか……?
嘘だろ!? もしもそうなら何故俺は覚えていない……
前世でも守り続けてきたはずのあいつをこんな曖昧な形で失ってしまったというのか……!?
クソッ……酒なんて飲むんじゃなかった!!
神はいないのか……
「うぅん……ふぁぁ……む。おぉ、ノヴァスよ。目が覚めたか」
イーシア2世が目を覚ました。まだ若干眠そうな様子で俺に話しかけてきた。色っぽ……
「あの、もう一回お願いしていいですか?」
「ん? 何を言っておるのだ?」
「初めてを酔って記憶がない状態で終えるなんて、あんまりじゃないですか。お願いします。何でもするんで」
俺は土下座をした。それはもう自然に。潔く。
「よくわからんが何か勘違いをしておるようだな。お主は会場で酔い潰れてからずっとここで寝ていたのだぞ?」
「え……? じゃあ女王陛下は何でここに?」
「お主と少し2人で話したかったのだが様子を見に来たらまだ眠っていてな。それを眺めていたら妾も眠たくなってしまい……今に至るというわけだ!」
「……じゃあ、俺たちの間には特に何もなかったと……?」
「……であるな、シンディよ?」
「はい。ご安心ください、ノヴァス様。ずっと見ていましたが何もありませんでした」スチャ
「わぁ!?」
イーシア2世が呼びかけると、天井の一部がパカリと開いてそこからシンディさんが飛び降りてきた。ビックリしたぁ……
あんな場所でずっと監視していたのか。イーシア2世も無防備ではなかったようだ。それにしても何もなかったのか……そうか……
よくよく考えればお互いに服を着ているし、衣服や寝具が乱れた様子もない。なんか1人で盛り上がっていたようだ。俺はピエロか?
「じゃあもう一回寝るんで、おやすみなさい」
「何故だ!? せっかく目を覚ましたのに……」
「自分の空回りが恥ずかしすぎてシンドいので……ですよね? シンディさん」
「ゆうべはお楽しみではありませんでしたね」
やかましいわっ!!
◇◇◇
「少しは落ち着いたか?」
「まぁ、はい……すんません」
とりあえずは平常心を取り戻したので、二度寝は止めておくことにした。話がしたいということだし、イーシア2世をベッドに残して俺は椅子に座った。
「フフフ、案外初心なのだな。可愛いところもあるではないか、のぅ? シンディよ」
「女王陛下、その辺にしておいてあげてください。またノヴァス様が不貞寝してしまいますよ」
もうそれやめてくれ……
「それもそうか……では、シンディよ。席を外してくれ」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」ガチャ……
シンディさんが部屋を出ていった。今度こそ本当の本当に2人きりのようだが……いや、もうよしておこう……
「それで……話って何ですか?」
「ふむ、お主……【パトレイシア1世の悲劇】についてはどれくらい知っておる?」
【パトレイシア1世の悲劇】って……たしか……
「イルシプ王国初代女王パトレイシア1世を弟のパトレイシスがナイフで殺した……優秀な姉と比べられて狂った弟の凶行……」
殺されたパトレイシア1世の怨念のせいでパトレイシア・クレストがダンジョン化した……そんな感じの内容だったような……ドンさんから聞いた話ではそんなんだった気がする。
「まあ、概ね合っておる。ただし、それには続きがあるのだ」
「続き……?」
「あぁ、巷ではあまり知られていないのだがな……パトレイシア1世を殺したパトレイシスはそのままイルシプ王に成り代わろうとしたが……国民は敬愛する女王を殺されたことを知って怒り狂ったのだ。側近から平民まで、全てな」
だろうな。至極当然のように思うが……
「パトレイシスはどこへ行っても陰口を言われ、ときには面と向かって暴言を吐かれることもあった。そして誰もそれを咎めなかった。本来取り締まる立場である兵士も一緒になってパトレイシスを非難していたからな」
謀反人にはそれなりの処遇が待っていたというわけか。
「そしてそれは徐々に激化していき……暴力にまで発展した。最初の頃は足を引っ掛け転ばせる程度であったが、次第に直接蹴ったり殴ったり……果ては武器や道具を使うまでになったという」
それはエグいな。
「そして遂に一部の配下が王家筋のまだ幼い子を正統なる王位継承者へと擁立し、パトレイシスを正式に国家叛逆の賊として捕らえたのだ。国民は歓迎した。その後のパトレイシスの扱いはそれは酷いものであったようだ。罰としてアルハンドラの広場にて鎖で縛られた状態で放り出されて……民の手により散々痛ぶられた。傷のない場所など見当たらぬほどに……」
……まぁ、人間らしいと言えば人間らしいな。
「そんな毎日が続いたが、ある日……パトレイシスの姿が消えたのだ。鎖は引き千切られ、どこかへと逃げたらしい。イルシプ兵も鎖の状態を碌に確認していなかったようでな。抜け出すのはそこまで難しくなったというのが当時の見解だった。国民もそれを知ったときは猛烈に怒ったらしいが、時間が経つにつれ忘れられていった……」
「……それでパトレイシスはその後どうなったんですか?」
「後に調査隊が組織されパトレイシスの足取りを調べた結果……ある場所でその消息は絶たれたのだ。そこが……パトレイシア・クレストだ」
それって……
「あぁ、おそらく命からがらパトレイシア・クレストに逃げ込み……そこで息絶えた。誰からも相手にされなかったパトレイシスはその最期のときまで誰にも理解されずにこの世を去ったのだ」
なんとも悲しい最期だな。
「それが市井では知られていないのは?」
「あまり聞こえのいい出来事ではなかったからな。都合のいいように変わっていったのだろう。……が、代々王家ではこれを戒めとして語り継いでいるのだ。ちなみにだがイルシプが君主を女王しか認めないのはこれが原因なのだ」
どんな国にも後ろ暗い過去はあるもんだろう。ただ今まで出会ったイルシプ人を知っている身からすると、少し意外だったけどな。まぁ、当時のヤツらと今のイルシプ人は違うのかもしれないがな。
「【パトレイシア1世の悲劇】についてはよく分かりました。……それで、その話を俺にしたのは何故ですか?」
結局のところイーシア2世が何をしに来たのかはわかっていない。まさか、その話をするためだけに来たわけでもあるまい。
「ノヴァス、お主の実力を見込んで頼みがある!」
「頼み……?」
「あぁ! 妾もパトレイシア・クレストに連れて行ってくれ!」
……は!? 何を言っているんだ、この女王様!?
「いや無理でしょ! そもそもなんで女王陛下がそんな危険な場所に行く必要が……」
「結局調査隊も奥の方まで調べることはしなかったようでな……もしかしたら誰もたどり着いたことのない場所にパトレイシスの遺物でもあるかもしれないからな! 妾が自分の目で直接確かめたいのだ!」
「そんなもの確かめて一体どうするんですか……」
「妾とイーシスもよく比べられることが多くてな……パトレイシスが死の間際に何を思っていたのか興味があるのだ……もしかしたらイーシスとの仲を改善する手掛かりになるのではないか、とな……」
うーん……それを聞くとなんか断り辛い……
「でも、本人が行く必要は……」
「その場にいなくてはわからぬこともあるだろう?」
むぅ、随分と強情だな。
ただ行ったところで大して手掛かりはないかもしれないし、そもそも本当にパトレイシスがそこで息絶えたのかもわからない。無駄足になるかもしれない。
「仮に、俺が連れて行くことを認めたとして……周りの人間がそれを認めないでしょう?」
「それなら問題ない! 策があるからな! お主が連れて行ってくれるのならばどうにでもできるのだ! 頼む……! 妾に出来ることならなんでもしよう!」
ほぅ……なんでも……
いや、イルシプの女王陛下相手に下手なことしたら他のヤツらに何をされるかわからないか……パトレイシスの話を聞いた後では尚更な……
決心は固いようだな。仕方あるまい……
「まぁ、そういうことなら……別に俺はいいですよ。なるべく大事にせず、穏便に抜け出してくださいよ……」
俺は折れた。
「おぉ! 本当か! ありがとう、ノヴァス! ……そうと決まればこうしてはおれん! 夜が明けたらさっそく出発するぞ! 準備してくるので、また後でな!」
イーシア2世がハイテンションでそのまま部屋を爆速で出ていった。夜が明けたらって……せっかちすぎるだろ。まぁ俺もイーシス殿下に命を狙われているから早々にここを立ち去れるなら都合がいいか……
そこまで時間がかかったわけではないが、イーシア2世の話は密度というか重みがあって少し疲れたな。ドンさんにもイーシア2世がついてくることを伝えなくてはならないが……夜が明けるまではまだ時間がある。やっぱ怒るかなぁ……
女王陛下を連れ出すなんていかにもトラブルが起きそうだが……
やっぱりもう一度寝るか。
面倒なことは明日の俺が何とかするだろう。そのときに困ればいいのだ。
せっかくだからこの質のいいベッドをしっかりと堪能しておこう。酒も大分抜けたことだしな。
俺は今度こそ二度寝をしようとベッドに入り込んだ。
しっかりと掛け布団も掛けることも忘れずに。
徐々に眠くなってきたな、って……
あ、なんかいい匂いがする。
俺は一瞬にして覚醒し、結局朝まで一睡もすることはなかったのだった。
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