56 お手合わせ
俺は今、アルハンドラ宮殿内の広場の一画……王宮の裏にある演習場の中心にて腕を組んで立っている。手合わせの相手が現れるのを待っているのだ。
この演習場で普段はイルシプ兵たちが訓練をしているらしいが、今は俺の実力を見定めるために大勢のイルシプ兵が俺の周囲を囲んでいる。このイルシプ兵による囲いが今回の手合わせの舞台ということだな。
そしてちょうど俺の右手側……これから始まる手合わせが1番見やすいであろう場所にイルシプの女王……イーシア2世が若干豪華な椅子に座って俺の相手が決まるのを待っている。ワクワクしたような表情でこちらを見ているのだが……そういえば冒険者とか冒険譚みたいなのが好きってドンさんが言っていたっけな。こういう荒事は大好物ってわけか。
そんなイーシア2世を挟むようにルサール侍従長とシンディさんが並んで立っており、ルサール侍従長の横にドンさんが立っている。なんかこう注目を浴びると少し緊張するな……
そんなことを考えていると俺の正面の群衆から1人のイルシプ兵がゆっくりと歩いてきた。そして俺の目の前まで来て、立ち止まった。どうやらこいつが相手のようだな。
手合わせのルールについて一切何も聞いていないので何人倒せばいいのか、どこまでやっていいのかなど不明な点が多いのだが……まぁかかってくるヤツを片っ端から無力化すれば十分だろう。
俺は目の前のイルシプ兵を見据える。これから戦う相手だからな。……って、こいつなんか見覚えがあるな…
「やはり、また会ったな……ノヴァス!」
えーっと……
あ! こいつあれだ!
俺がアルハンドラ宮殿に来たときに門番をしていた兵士だ! なんか意味深なことを言っていたので、辛うじて記憶の片隅に存在していたのだが……まさかこいつが手合わせの相手になるとはな。
「おぅ、さっきぶりだな。門番の仕事はいいのか?」
「フッ、せっかくのお前と戦える機会を逃すわけにはいかないのでな……バッチリ、サボってきたぞ!」
こいつすげぇな……
こんな大勢の注目を集める場所でそんな迂闊な発言をするとは……なによりこの場にはイルシプの最高権力者であるイーシア2世がいるんだぞ……怖いもの知らずか?
「ふむ、あの者は門番の仕事を舐めておるのか? 当分の間は給料と休日を没収し馬車馬のように働かせよ。さらに2度とふざけたことをしようと思わないほどにキツい罰を与えておくのだ。……ルサールよ、任せたぞ」
「承知いたしました! あのようなふざけたやつには追加で儂直々に鉄槌を喰らわせてやることにしましょうぞ!」
当然全ての発言をしっかりと耳にしたイーシア2世が無慈悲な処分をくだした。そしてルサール侍従長がさらに余計に罰を追加した。
「フッ、わかったか……? このおれの覚悟を……」
こいつそこまでして俺と戦いたかったのか……
これほどの覚悟を見せられたら俺も適当な戦いはできない。全力で迎え撃つことにしよう……だから、その前に涙で溢れそうな目をちゃんと拭っておけ……
そして俺たちはいつでも始められるように間隔をあけて対峙した。
「両者、準備はよいな……それでは始めよっ!」
イーシア2世の合図によって手合わせは始まった。
「来るがいい! ノヴァス!」
門番だった兵士がそう言って槍を構えた。そしてそのままの体勢で動かずに俺をジッと見据えている。俺に先手を譲るというわけか?
実を言うと、俺は森を出てから今までの戦闘で先手をとったことは一度もない。基本的に毎回相手が先に攻撃を仕掛けてくるので、それに対してカウンターを合わせるというスタイルでこれまでやってきたのだ。
俺のファイトスタイルはアルとハム吉の特訓を横目で見ていたものを参考にしている。剣を持ったアルよりもハム吉の方が余裕で強いので俺も武器を持たずにハム吉のスタイルを真似しているのだ。
逸ったアルをハム吉が冷静に対処するという展開が多かったので、自然と俺もそのような戦い方をするようになったのだが……これは自分から攻める戦い方を試すいい機会かもしれないな。
さて、どうしようか……思い切って正面から殴りに行くか? 馬鹿正直な攻め方というのは防御やカウンターをされやすい気もするが、だからこそ試してみる価値はありそうだよな。
そうと決まればあとは実践するのみだ!
俺は右拳を握りしめて手の甲が下になるようにゆっくりと脇の下まで引きつける。それと同時に右足を後ろに滑らせて腰を落とす。
そして狙いを定めて……地面を思いっきり蹴った。身体強化魔法で底上げされたパワーによって、一瞬で相手の構えをすり抜けて懐に入り込んだ。目の前にガラ空きになった鳩尾を捉えた。
「え……?」
相手の兵士は突然目の前に現れた俺を見て間の抜けた声を出した。悪いな……これからとてつもない罰が待っているお前を殴ることに少しだけ罪悪感が芽生えるが……いや、やっぱ芽生えないな。よしっ! 本気で行くぞ!
十分引きつけた右拳を相手の鳩尾目がけて思いっきり打ち込んだ。
ゴンッ!!
「カハッ……」ズドドドォォォッ
俺の拳が鳩尾にめり込み、そのまま腕を振り抜いた勢いで後方に吹き飛ばされていった。そして地面に叩きつけられ大の字になって倒れた。当然意識は失っている。
先ほどまでザワザワとしていた周囲の兵士たちが水を打ったように静かになった。そして、数秒を要した後に……
「い、今何が起きた!?」「あいつが一瞬で移動して殴り飛ばしたんだ!」「す、すげぇ……何者だ、あいつ……」「負けたやつが弱かったんじゃねぇの?」「いや、門番を任されるほどの男だ。結構強いはずだぞ」「まじかよ……次誰が行く……?」
堰を切ったようにどよめきが起きた。どうやら殴り飛ばされた門番の兵士は結構な実力者だったようだな。これで俺の実力は証明できたのだろうか?
俺は右手側を振り返る。そこには目立つ集団がいる。腕を組んで満足そうに口角を上げるドンさん、興味深そうに俺を観察するルサール侍従長、特に表情が変わらないシンディさん……そして、感動するかのように震えながらこちらを一層キラキラした目で見てくるイーシア2世がいた。
「す、すごいぞ! あんな身のこなし見たことがない! ほら、もっと実力を見せてみよ! ……早く次の者っ! 出てくるがいい!」
イーシア2世が立ち上がって周囲のイルシプ兵にそう命じる。まだ足りないようだ。仕方がない、イーシア2世が満足するまで戦うとするか……
「お、おい……どうする?」「いや、あれ勝てねぇだろ」「うっ……ちょっとお腹が……おれはパスで」「今どきの白って強いんだなぁ」「ここはやはり近衛兵に行ってもらおう……」「え!? 流石にキツいって……」「やべぇ、どうする……?」
何やらさらにザワザワし始めたが、俺は気にせずに次の相手が現れるのを待つ。そして……
「ふん、仕方がない……根性なしどもめ。このエリートであるおれがお相手しよう……」
そう言ってイルシプ兵の人垣を割って1人のローブを着たイルシプ人の男が歩いてきた。こいつは一体……
「おぉ! お前はアルハンドラ宮殿の近衛兵最強と言われている魔術師ではないか!」「お前ほどの男が出てくるとは……」「あいつも流石に厳しいだろう」「よしっ! これでイルシプ兵の面子は保てたな!」
近衛兵最強の魔術師か……おそらくこの場にいる者の中で最強クラスの男が出てきたということだろうか? こいつを倒せば実力の証明としてはきっと十分なはずだ。
「次の相手はお前か?」
俺は次に戦うであろう男に尋ねた。
「そうだ! 最強かつエリートであるこのおれが格の違いというやつを教えてやる!」
そう言ってエリート魔術師は身の丈に迫るほどの長さを持つ杖のような棒を構えた。
「うむ! 両者、準備はよいな……それでは始めよっ!」
イーシア2世の合図によって再び手合わせは始まった。
魔術を使う人間と戦うのも初めてだな……魔法ほどの脅威はないと思うのだが、油断は禁物か。今度は相手に先手を譲ることにしよう。
俺はオーソドックスにファイティングポーズを構えて、相手の攻撃を待つ。
「……何だ、来ないのか? ならば、こちらからいかせてもらうぞっ!」
そう言ってエリート魔術師が俺の方に杖の先を向けた。魔術を放ってくるのだろうか? 俺は攻撃に備えてそのときを待った。
「【火に命ずる、眼前を、貫く、矢となれ】!」
エリート魔術師がそう詠唱すると杖の先から炎が発生して鏃のように形成され始めた。そして完成すると……勢いよく俺の方に放たれた。
炎の鏃は通った空間が歪んで見えるほどの熱量を持ってこちらを貫こうと加速している。
一見、恐ろしい魔術なのだが……紅蓮の翼の火球魔法を見慣れている俺からしたら特に何の感慨も湧かないな。目の前にまで迫ったそれを見ても俺は酷く冷静であった。
それに今俺が着ているローブは俺の牙や鱗を素材にしてつくられたので、常に疑似的な防御結界を張り巡らせているようなものだ。この程度の魔術なら恐れる必要がない。
なので俺は炎の鏃目がけて、思いっきり右ストレートをぶち込んでやった。
パァンッ!
そして炎の鏃は跡形もなく霧散して消えた。
「なっ!? 馬鹿な……このおれの必殺の魔術が……」
うん、たしかに生身の人間がこの魔術を使えるという事実は驚くべきことなんだろうが…如何せん相手が悪かったということだな。そして……
「パンチ!」バキッ!
「ぐわぁぁぁぁっ!!」ズドドドォォォッ
もはや細かく描写する必要もないほどにあっさりと顔面をぶん殴って無力化した。身体能力自体はそれほどでもなかったようだな。先ほどの門番の兵士と仲良く並んでぶっ倒れている。
周囲の兵士もこれにはもう黙る他ないといった感じで、ただただ目の前の光景を見つめている。まあ俺的には予想の範疇の結果なのだが、白がこの事態を引き起こしたということはこの世界の常識的には理解し難いのかもな。
「見事だっ! これほどのものを見せられたのでは認めるしかあるまい……気に入ったぞっ! ……ノヴァスッ! お主の実力……このイーシア2世が保証しようっ!」
イーシア2世が大満足といった様子で高らかに宣言した。これにて手合わせは終了みたいだな。イーシア2世の言葉を聞いた周囲のイルシプ兵たちが徐々にどよめき始めた。
「おい! あの女王陛下が……!」「すげぇ……女王陛下に認められるとは……」「おれは只者ではないとわかっていたぜ!」「アイツとドンならやり遂げるかもしれんぞ!」「歴史的な瞬間に立ち会うかもしれん……」「女王陛下、万歳!」
よくわからんが他のヤツらにも認められたみたいだな、よかったぜ……イルシプ人が単純で。いや、女王陛下の威光のおかげか。
「久しぶりに面白いものを見たぞっ! 今日はとても愉快な気分だ! そうだ……! これから王宮内の大部屋にて歓迎会を兼ねた宴会を開くぞっ! ルサール、シンディ! 準備を任せる! 皆の衆も遠慮せずに参加するといい!」
「しかし女王陛下! 儂もノヴァスと戦いたいのですが……!」
「ルサールよ、お主はもう若くないのだ。いい加減落ち着くがよい! いいから宴会の準備をせよっ! 妾は早く酒が飲みたいのだっ! ……なぁ? 皆の衆もそう思うであろう?」
「そうだ! そうだ!」「おれも酒が飲みたい!」「ジジイは引っ込んでろー!」「早く準備しろー!」「女王陛下、万歳!」「女王陛下、万歳!」
「ぬぅ……仕方がありませんな。シンディ! さっさと準備を済ませるぞっ! ……それから貴様らも手伝えっ! 手伝わない者には宴会の参加権を与えないぞっ! それでは行くぞっ!」
「かしこまりました、ルサール様」
「「「「「「うおぉぉぉっ!!!」」」」」」
ルサール侍従長が少し残念そうにこちらを振り返ったが、すぐに気を取り直してシンディさんや他のはしゃいでるイルシプ兵たちを引き連れて中央の王宮へと戻っていった。
その場に残ったのは俺とドンさんと女王陛下のみ……あと俺がぶっ倒した2人もいるが、彼らのことは放置していていいのだろうか……?
「フフフ、ノヴァスにドンよ! 後でお主らの話も聞きたいのでな……妾たちも戻るぞっ!」
イーシア2世が俺たちにそう言って、王宮へと戻っていった。
なんか凄い勢いで物事が進んでいったので若干置いてけぼりにされているような気もするが……
「ノヴァスよ! 流石だな! やはりお前は底が知れない……着いてきてもらったのは間違いではなかったと確信したぞ! さあ、おれたちも行こうぞ!」
ドンさんがそう言って俺の肩を軽く叩いて、そのままイーシア2世の後を追って王宮へと走っていった。
ひとまずは一件落着か?
まさか歓迎会をしてもらえるほどに気に入られるとは思わなかったが……嫌われるよりは全然マシだろう。皆行ってしまったし俺も早く向かうことにしよう!
今一度振り返る。やはり、ぶっ倒れている2人のイルシプ兵……門番だった兵士とエリート魔術師だ。こいつらのおかげで認められたようなもんだし、置いていくのも寝覚めが悪いな……仕方がない……
俺は手合わせをした2人をそれぞれ両肩に担いでから、他の者と同様に中央の王宮を目指して走り出した。
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