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52 酒と花

 俺たちは今、見上げるほどに大きく神秘的な建物の目の前にいる。



 2枚の翼のようなマークが描かれた旗が建物から伸びて風に揺られている様は既に見慣れたような気がする。



 「着いたぞっ! ここがイルシプ最大の聖竜神教の教会……通称・アルハンドラ大聖堂だ!」



 アルハンドラ大聖堂……その建物はカーメリアにあった教会より遥かに大きく、華美な造りとなっていた。



 まず目を引くのは建物から伸びる2つの巨大な尖塔だ。周囲の建物よりも一際高く壮大であり、天まで届きそうに感じてしまうほどだ。あそこのてっぺんからならアルハンドラの全貌を見渡すことができそうだな。



 そして外観の至るところに精緻な彫刻が施されている。近くにまで寄らなければ気づかないような部分にまで行き届いており、その完成度には心底驚かされる。



 とんでもなく豪華な建物だが不思議と嫌味や下品に感じることはなく、上品かつ神秘的でいて荘厳な印象を受ける。まさに巨大な芸術作品といってもいいだろう。



 「これはすごいなぁ……」



 俺の口から思わず言葉が漏れた。



 「ハッハッハ! 初めて見る者は皆似たような反応をする! ノヴァスッ! お前も一緒であったな!」



 「いや、これはすごいだろ……聖竜神教ってめっちゃ儲かってるんだな……」



 「……あまりそういうことは言うものではないぞ?」



 「いや、これは本当にすげぇって……治癒魔術やら祝福やらやけに金がかかると思っていたが、こんなことに使っていやがったのか……そんなに余裕があるならもう少し安くしr……」



 「よしっ! 中に入るぞっ! それから中には多くの聖職者に信徒がいるからくれぐれも変なことを言うんじゃないぞ? ……変なことをしたら教えてやると約束したからな!」



 ドンさんが俺の言葉を遮って背中をグイグイ押してくる。迂闊なことが言えないように無理矢理建物内に押し込めようってか? ……ったく、冗談のつもりだったのに。



 俺は強引にアルハンドラ大聖堂に中に入ることになった。



 内部はこれまたすごいなぁ……造りは概ねカーメリアの教会と似通っているが、全体的にグレードを数段階上げたような感じになっている。



 礼拝堂になっているエリアはベンチや祈りを捧げている人の数も多く、奥の壁にはカーメリアの教会とは比べ物にならないくらいに大きく煌びやかなステンドグラスが施されている。壁の中央に刻まれた2枚の翼のようなマークの周りに展開されたステンドグラスは複雑な色彩が絡み合い、光となって室内に彩りを与えている。



 「あのステンドグラスとかいくらするんだ?あれ絶対に弱者救済に必要ないだr」



 「ノヴァス……その辺にしておかないと少し怒るぞ……?」



 「あ、ちょ……ごめんなさい」



 少し冗談が過ぎたようだな。悪気はなかった。だからそんな怖い顔しないでくれ。ほら、雛ラージイーグルも怖がって……



 「ピィィィィ!(怒られてやんの! ざまぁ!)」



 ……何故か喜んでいるな。うーん、見てると無性に腹が立つ。焼き鳥にして食ってやりたいところだが、王弟のイーシス殿下とかいう人に届けなければならないので仕方がない。許してやろう。



 なんとかドンさんに許してもらった後に俺たちは奥の方へと歩いて行った。



 奥の壁の手前の壮大な祭壇のような場所には、一層豪華な白い法衣に身を包んだ老人の聖職者がいた。ラウル神父みたいな立場の人だろうか?



 「おや……? あなたはたしか……ドン殿でしたかな。お久しぶりですね。そちらは……」



 老人聖職者がドンさんに気付き話しかけてきた。どうやら2人は顔見知りのようだな。



 「オルトノヴァク大司教! 久しぶりにアルハンドラに帰ってきました! ……こちらは今チームを組んでいるノヴァスです! ……ノヴァス、こちらはオルトノヴァク大司教だ! アルハンドラ大聖堂の責任者だ!」



 「ノヴァスとは……素晴らしい名だ……! おっと、儂はラファウス=オルトノヴァクと申す者。大司教の位を賜り、このアルハンドラ大聖堂の責任者にしてイルシプ地区の総責任者を務めております」



 ドンさんが紹介してくれた老人聖職者……オルトノヴァク大司教は髪も髭も真っ白もさもさの優しそうなお爺ちゃんだ。



 「俺はノヴァスだ。よろしく頼むよ、オルトノヴァク大司教」



 俺はそう返した。



 「ノヴァスよ……お前は言葉遣いを少し正した方がよいのではないか? まさか女王陛下にもそんな感じでいくつもりか?」



 ドンさんが心配そうにしながら俺にそう言う。いや、それを言うならお前だってラウル神父に対してめちゃくちゃタメ口だったじゃねぇか。



 「ふぉっふぉっふぉ、儂なら構いませんぞ。それにしても随分と元気になりましたな、ドン殿。あなたがまた誰かとチームを組むとは……それで、本日は治癒魔術ですかな?」



 なんか許してくれた。これなら問題ないな! ……そういえばこの人も以前のドンさんを知っているのか。それも1番荒れている時期を……ドンさんは複雑そうな顔をしていたが、すぐに切り替えてオルトノヴァク大司教に返事をしようとしている。



 「はい! やり残したことを……先程、着いたばかりなので治癒魔術をお願いします!」



 「あ、俺も頼む」



 「なるほど……承知しました。少々お待ちを……」



 そしていつも教会で受けてるように治癒魔術をかけてもらった。特に珍しいこともなく普通に終わった。そして相変わらず銀貨1枚だった。



 「ふぅ……これで治癒魔術は終わりです。……体に違和感はありますかな?」



 オルトノヴァク大司教がそう聞いてきた。別に違和感なんてないな。こっそり治癒魔法を自分にかけていたので、治癒魔術の効果とかどうでもいいしな。



 「問題ない。ありがとう、オルトノヴァク大司教」



 適当にそう答えておく。



 「うむ! いつも通り素晴らしい治癒魔術です! ありがとうございました! ……ノヴァス、少しここで待っていてくれないか?」



 ドンさんがそんなことを言い出した。



 「ん? あぁ、別にいいけど……どこか行くのか?」



 「少しな! ラージイーグルを頼むぞ!」



 そう言ってドンさんは鳥籠を俺に渡して礼拝堂から出て行った。



 しばらく礼拝堂内のベンチに座ってボーッとしていると……



 「やり残したことを……ということはこれからパトレイシア・クレストに行くということですかな?」



 オルトノヴァク大司教がゆっくりと俺に近づきながら聞いてきた。



 「あぁ、俺とドンさんで敵討ちに行くんだ」



 「まさかそんな日が来るとは……」



 オルトノヴァク大司教が遠くを見るような表情でそう呟いた。どこか懐かしんでいるように見える。



 「オルトノヴァク大司教は以前のドンさんを知っているんだよな? パトレイシア・クレストから帰還した時の」



 「もちろん……あのときのドン殿はそれはもう憔悴(しょうすい)しきっていて……その後逃げるようにアルハンドラから旅立たれてしまったのでそれっきりですが……その頃に比べると随分と元気になったようで何よりですな」



 1番ヤバいときを知っているからこそ、今のドンさんの元気な様子を見て安心したのかもな。



 「カーメリアで色々な人に励まされたおかげらしいぞ。まあ立ち直ったドンさんが凄いことに変わりはないけどな」



 「ふぉっふぉっふぉ、あなたも随分と頼りにされているではありませんか、ノヴァス殿」



 オルトノヴァク大司教がそんなことを言う。まあドンさんは俺の強さの片鱗を知っているし、頼りにされているというのは正しいだろう。



 「俺は強いからな。そりゃ頼りにされるだろう」



 「きっかけはそうだったかもしれません、ですが彼がまた誰かとチームを組むとは考えられませんでした。あなたと一緒にいるドン殿はかつての仲間たちといるときのように楽しそうでしたよ」



 そういえば最初は初心者冒険者の付き添い的な感じだったのにいつのまにかチームみたいになっていたな。今までチームを組まなかったのはドンさんの実力についていけるやつが少ないという以外にも、仲間を失ったトラウマってのもあるのかもな。かつての仲間たちといるときのように楽しそう、ね……



 「ってか、ドンさんは今どこに行っているんだ?」



 なんかむず痒くなったので、話題を変えてしまおう。



 「……かつての仲間たちに、会いに行っているのですよ。この大聖堂の裏の丘には墓地があるのです」



 そういうことか……



 「様子を見に行かれてはいかがかな? その鳥籠なら儂が見ていますぞ」



 「え? 俺が?」



 「敵討ちに行くのでしょう?」



 まぁ、そうだけど。俺はあくまでお手伝いなんだけどなぁ……ここで待ってるのも暇だし行ってみるかな。



 「わかったよ、ちょっと様子を見てくる。この鳥籠をよろしく頼む」



 「えぇ、お気をつけて。外に出て裏に回ればすぐにわかると思いますよ」



 「ピィー!(帰ってこなくていいぞー!)」



 俺は雛ラージイーグルをオルトノヴァク大司教に任せて礼拝堂を後にした。



 ◇◇◇



 そこは見晴らしのいい丘であった。



 アルハンドラ内でも高い位置にあるためか街の景色が一望できる。



 多くの石碑が並ぶこの場所は聖竜神教が管理している墓地だ。



 活気溢れるアルハンドラにおいてもここだけは静寂に包まれている。



 穏やかであり、どこか物寂しい……そんな空気がこの場を支配していた。



 今この場にいる人はほとんどいないが、奥の方に見覚えのある後ろ姿が見えた。石碑の前で1人の男が座っている。めちゃくちゃデカいはずのその背中が不思議と小さく見えた。普段うるさいくせに静かにしているせいかもな。俺はその人物に近づき声をかけた。



 「よっ、ドンさん」



 「ん? ……おぉ! ノヴァスか! すまん、遅くなってしまったようだな!」



 ドンさんはこちらを振り返りながらそう言った。その表情は……別に普通だった。感傷的な気分になっているわけではなさそうだな。



 「いや、遅いから呼びにきたわけじゃないぞ? あのジジイが見に行ってこいって言うから仕方なくな」



 「オルトノヴァク大司教をジジイ呼ばわりとは……お前は本当に怖いもの知らずだな!」



 俺にも怖いものはたくさんあるぞ? 別にオルトノヴァク大司教が怖くないだけだから。あんなジジイ怖がるのなんて時間の無駄だろ。



 「そんなことより……その墓か?」



 俺はドンさんの体の先に並んでいる3つの石碑を見ながらそう言った。それぞれの墓には銅色の冒険証石がかけられていた。



 「あぁ、そうだ! おれの仲間たちだ!」



 ドンさんは俺に紹介するかのように手のひらで示す。左から『ゴズ』、『ギード』、『ラー』という名が石碑に刻まれていた。かつてのドンさんの仲間たちの墓ということだ。



 「ここに座って少し昔のことを思い出していたのだ。……ゴズは普段は斜に構えた態度なのだが、案外寂しがりで怖がりなヤツでなぁ、それをお調子者のギードがことあるごとに揶揄(からか)ったりして2人はいつもケンカしていたのだ。それを仲裁するのはしっかり者で頼りになるラーの役目だった。俺なんかよりよっぽどリーダーらしいヤツだった。それぞれ癖が強いヤツらだったが、みんなおれの大切な仲間たちだ。それは今も……これからも、ずっと変わることはない」



 「いい仲間に恵まれてたんだな」



 「あぁ! だが今更後悔などはしていないぞ! おれは今一度決心を固めるためにここにやってきたのだ! コイツらが望んでいるかはわからないがな。そんなくだらないことするな、と言いそうな気もするが……やると決めたからな! ノヴァス、お前にもついてきてもらったことだしな!」



 なるほど、一応敵討ちだもんな。ドンさん的には仲間達とのことは乗り越えたんだろうが、もし可能なら敵討ちをしたい。そして俺と一緒なら出来そうと思ったんだろうな。



 「まぁ、唯一の心残りはあの冒険の後にコイツらと酒盛りが出来なかったことだな……」



 ふぅん、そういうことだったら……



 「ちょっと待ってろ」ゴソゴソ



 俺はカバンの中に手を突っ込むふりをしながら空間収納から目当てのものを取り出す。



 「これは……酒か?」



 それは帰らずの森のゴブリンとミツバチの合作のハチミツ酒だ。飲みたくなるかもと思って持ってきていたのだ。



 「あぁ、これは俺の故郷でつくったハチミツ酒だ。味は大したことないが、なかなか悪くないぞ? ほら、盃だっ」ポイッ



 そう言って5つ分の盃をドンさんに投げた。ドンさんは慌ててそれをキャッチする。



 「おっと……今から飲むのか?」



 「一杯だけな。これから王弟に会うことだしな。俺の故郷では故人の傍らで敬意を込めて酒を飲むことで魂を慰めるという風習があるんだ。……それにドンさんの仲間たちだって酒なんて久しぶりだろ、たまには飲みたいんじゃないか?」



 俺は盃にハチミツ酒を注ぎながらそう言った。本当は日本酒がいいのだろうが……真紅の楽園アレンジということで許してくれ。



 「あとこれも添えてやろう」ゴソゴソ



 「これは……花か。不思議な見た目だな」



 俺が取り出したのは、彼岸花だ。真紅の楽園が恋しくなったとき用にこれも持ってきていた。



 これから酒を飲むというのに、この場は少し味気ないからな。実際に墓に供える花として彼岸花はよくないのだろうが……ここは異世界だ。前世の常識なんて無視してしまえ。真紅の楽園アレンジなのだ!



 「これも俺の故郷の風習だ。花を供えることで心を清めるためらしいぞ。それにこの綺麗な花を見ながら酒を飲むなんて、(おもむき)があるだろ?」



 「お前は本当に不思議なヤツだな……だがそういうことなら是非付き合おう! こいつらにとっては久しぶりの酒だ! 美しい花を見ながら、大切に頂くことにしよう!」




 そして俺たちは酒を飲んだ。




 味わうようにゆっくりと。




 ドンさんにとっては彼らが心の支えだったのだろう。だからこそここで決心を固めたに違いない。




 そういうことならばと俺も彼らの墓に向けて心の中で語りかけた。




 ドンさんとともに必ず生きて帰ってくるよ。




 俺はドンさんのかつての仲間たちの前で、改めてそう決意したのだった。




この作品に興味を持っていただき、ありがとうございます!


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