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50 彼らの末路

 ◆◇◆



 「……やはり、浅層とは雰囲気がまったく違うな……」



 おれの口からそんな言葉が漏れ出た。



 おれたちが深層に入ってからもう3日は経つだろう。既に攻略があらかた済んでいる浅層と違って、今おれたちがいる深層は不穏な空気に包まれている。



 「浅層は地上に近い影響でうっすらと明るかったが、深層は真っ暗だからなぁ。ゴズの光源魔術がなければ諦めるところだったぜぇ」



 おれの前を歩くラーがそう返した。その表情はいつにも増して真剣だった。



 たしかに深層に入ってからは視界を保つにも精一杯な状況だ。ダンジョンのような危険な場所において視界の確保というのは必須だ。ゴズがいなければ早々に引き返しているところだ。



 「それに出てくる魔物も変だぞ! 浅層では地上と似たような獣系の魔物が多かったが、深層に入ってからは無機物っぽい岩の塊や死骸みたいな魔物が増えてきている。しかも強いぞ……!」



 最後尾を歩くギードがそう言う。彼の剣や防具にも傷や汚れが目立つようになってきた。



 既におれたちは深層に入ってからも多くの魔物と戦闘している。基本的におれとギードが前に出て戦い、ラーとゴズが後ろに下がり前衛の補助をするというフォーメーションだ。正直この配置で生き残ってきたので、無敵の陣形と信じているのだが……不穏な雰囲気蔓延るこの場所で連戦に次ぐ連戦により少し荒さが見えてきた。



 普段戦う魔物と違うタイプであることも要因だろうが、やはり普段とは異なる慣れない環境がおれたちの調子を崩しているように感じる。純粋に出てくる魔物が強いというのもあるが……



 「はぁはぁ……」



 おれの後ろを歩くゴズなんてかなりキツそうだ。ここまで消耗するなんて珍しいことだが、チームで唯一魔術に長けた男だ。その責任感もあって疲労感がいつもとは違うのかもしれない。そもそも彼はイルシプ人にしては運動が得意ではないというのもあるが。



 かくいうおれもいつもの冒険に比べて緊張感や疲労感が強く出ている気がする。表情には出していないつもりだが、正直かなりシンドい。



 なにより未だに財宝の一つも見つけることができていないのだ。一度出直したい気もするが、引き返すにはまだ余裕がある。もう少し進んで成果がなければ諦めることも検討せなばな……



 「はぁはぁ……うっ……」ガタ



 「ん……? ってゴズッ!」



 「おいっ! 大丈夫か、ゴズ!」



 体勢を崩したゴズをおれとギードが支える。既に限界だったのかもしれない。



 「おい! 見ろドンッ! 奥の方に(ひら)けた空間があるぞっ! あそこになら財宝があるかも……って!? ゴズ、お前大丈夫かぁ!?」



 先の方に何かを見つけたラーがこちらを振り返ると、体勢を崩したゴズを見て慌てたように駆け寄ってくる。



 「はぁはぁ……すまん、心配をかけた……おれ様なら大丈夫だ……早くラーが見つけたという場所まで行こう……」



 ゴズが辛そうな表情を噛み殺しながら無理矢理口角を上げてそう言う。



 「い、いや、だがなぁ……この状態で進めるのかぁ?」



 これにはラーも困っているようだ。仲間と依頼のどちらを優先するか問われているような状況だからな。



 「大丈夫だと言っているだろう……お前ら凡人と違っておれ様はエリートなのだ……おれ様の言っていることが正しいに決まっている……自分の体のことなら尚更だ……」



 「け、けどよぉ……」



 どう見ても大丈夫そうには見えないが、こういった危機的状況は初めてではない。おれたちはたとえどんな窮地に陥っても生還することができた。ゴズもそれをわかって言っているのかもしれない。



 ラーだってそれはわかっている。しかし、イルシプ最難関のダンジョンであり、その実情もほとんどわかっていないパトレイシア・クレストの深層でその選択をしていいのか迷っている、そんな風に見える。



 「ドンッ……! どうする? リーダーのお前に任せる!」



 2人のやりとりを見た後にギードがおれにそう言うと、残りの2人もおれの方へと顔を向ける。リーダーであるおれの決定に従うということだろうか。



 おれは悩んだ。



 非常に悩んだ。



 そして結論を出した。



 「ラーが言っていた(ひら)けた空間まで行こう。財宝があろうがなかろうが……そこで引き返す。異論はないな!」



 おれの言葉に3人とも覚悟を決めたように力強く頷く。



 「そうと決まればラストスパートだなぁ! ゴズッ! もう少しだけ我慢しな」



 「ハッハッハ! そうだな! なんなら軟弱者のゴズはここで座って待っていろっ!」



 「お前ら……おれ様を侮るな……それとギード……お前は後で必ず殴る……」



 「よし! お前ら、気を抜くなよ!」



 おれたちは気合を入れ直して、すぐそこにある広い空間へと入った……そう入ってしまったのだ……



 「これは……随分と広いなぁ」



 ラーがそう呟いた。



 ラーが何故見つけることができたのか少し不思議だったのだが、この空間に入って理解した。深層にしては若干明るいのだ。部屋の細部までは確認できないが、大体の広さは把握できる。とんでもなく広いな……



 天井までの距離もかなりある。それに無数の巨大な柱が床から天井まで伸びておりその全貌はよくわからない。ただただ、とてつもない光景に圧倒されてしまった。



 「すっげぇな! ……って、おい! ところどころにお宝みたいのが落ちてるぞ!」



 「ん? おぉ本当だなぁ! こりゃすげぇぞぉ!」



 ギードが興奮気味に言うので足元を注意深く見てみると、そこには様々な宝飾品や(きら)びやかな工芸品のようなものが床に散らばっていた。ギードとラーはあちこち歩き回って確認している。あまり迂闊に動くなよ。



 財宝の価値については詳しくないのだが、この空間にあるものをかき集めれば一生遊んで暮らせそうな気がする。



 「ここまで辿り着いたのはおれ様たちが初めてかもな……」



 ゴズも感動したような声でそう言った。たしかにそうかもしれない。こんな情報は冒険者ギルドでも共有されていなかったからな。



 「そうかもな! だが、さっきも言った通りここで引き返すぞ! ゴズも疲れただろう?」



 「ふん……何度も言わせるな……自分の体のことな――」



 ん? ゴズが急に話すのをやめたがどうしたのだろうか。



 不審に思ったおれは後ろを振り返った。



 すると、



 そこには、















 首から上がなくなったゴズが血溜まりに倒れていた。



 どう見ても死んでいる。



 その奥にはゴズの首から上を手で掴んだ、1体の巨大な石像がおり、おれを見下ろしていた。



 その姿はまるでクレスト(巨大地下神殿)の守護者……おれたちという侵入者を決して生きて帰さないという強い意志を持って通路の前に立ち塞がっているかのようだ。



 その巨大石像が手に持つゴズの顔……その表情はまだ死んだことに気づいていないかのように穏やかだった。その瞳に光を宿していないことを除けば……




 「………………は?」



 おれは目の前で何が起きているのか理解出来なかった。



 何故ゴズが死んでいる? この石像は一体なんだ? コイツはおれたちをどうするつもりだ?



 頭の中で感情がぐちゃぐちゃになり、一種の金縛り状態にあったかのように体が動かなくなってしまった。



 巨大石像はゆっくりとおれの方へと向かってくる。その際にゴズの体を蹴り飛ばしていたが、もはや怒りも湧いてこない。ただただその存在が近づいてくるのを見ていることしかできなかった。



 そして巨大石像がとうとうおれの目の前にまでやってきた。そしてゴズの頭を適当に投げ捨て、その手をおれにゆっくりと近づけてきた。




 あぁ……おれはここで死ぬのか、




 「ドオォォォンッ!!!」ガキンッ!




 そう思った瞬間、目の前で火花が散った。



 「ボサっとするなっ! さっさと武器を構えろぉっ! ドンッ!」



 そこには剣を両手で構えたギードがおれの前に立っていた。間一髪のところで庇ってくれたのだ。



 おれは慌てて鉄の棍棒を構える。本来これほどの巨体を持つ相手はおれの役目なのだ。



 「す、すまないっ! ギードッ! ラーはどうした? ゴズはもうダメだ……本当にすまないっ……」



 「言っている場合かっ! 今はぼくらだけでも生きて帰ることが先決だっ! ラーならそこだっ!」



 ギードはそう言って顎でラーの居場所を示した。そこには財宝をかき集めた袋を持ったラーが目の前にいた。



 「おれたちが入ってきた通路にまで戻ればあのデカブツも追ってはこれないだろぉ? コイツを持ってあそこまで逃げ切ればおれたちの勝ちだっ!」



 「こんなときに財宝など……何を考えているっ!?」



 おれはラーの行動にイラついて思わずそう言ってしまった。



 「ドン、それは違うぜぇ? おれたちは冒険者なんだ。いつ死んだっておかしくないんだよ。ゴズのやつはそれが少し早かっただけだ。それに仲間の死を悼む余裕なんて今ないだろぉ? おれたちの内誰か1人でも生き残れば依頼達成だ! ……わかったらお前ら冒険証石をよこせ!」



 ラーはそう言って手を差し出してくる。



 「まさかゴズみたいな臆病者が先に逝っちまうとはなっ! だがラーの言う通りゴズの死を悼むのはここから脱出してからだっ! ドンッ! さっさと冒険証石をラーに渡せ! ……ラー、受け取れっ!」



 ギードが目の前の巨大石像から目を離さずに、冒険証石をラーに投げ渡した。



 たしかにそうかもしれない……リーダーであるはずのおれが最も冷静であるべきなのに、やはりおれはまだまだだな……



 おれも自分の首にかかっている銅の冒険証石をラーに投げ渡した。



 「これで全部だなぁ! ……そぅれぃ!」ブンッ!



 ラーはおれたちの冒険証石を袋に入れ、その袋の口を縛り、そのまま巨大石像の足の間に思いっきり投げつけた。



 袋はうまく巨大石像の足の間をすり抜け、おれたちが入ってきた通路にまで到達した。



 「よっしゃぁ! 成功だぁ! あの袋には財宝とは別にゴズの分も含めたおれたち全員の冒険証石が入っている。生きてあそこまで辿り着いたやつがあれを持ち帰るんだ! ……自分だけが生き残っても決して振り返らずに逃げろよぉ?」



 ラーがそう言った。いつのまにゴズの分の冒険証石まで回収していたのか……やはりラーには敵わないな……



 「まぁ! お前らみたいな弱虫じゃ厳しそうだから、ここはぼくが受け持ってやるとするか!」



 「抜かせ、ギード! お前らみたいなバカにはそんな立派なこたぁ難しいだろうし、おれがやってやるかなぁ?」



 2人がそんなふうに言い合う。頼りになるやつらだ……きっとこうすることで自分たちを鼓舞しているのかもしれない。絶対に生きて帰る、仲間を生かして帰すために互いに奮い立たせているのだ。



 「それならおれが抑えててやるから、お前たち2人が無事に送り届けるといい! リーダーのおれの役目として相応しいだろう?」



 おれも2人に続いた。今が命をかけるべきとき……心の底からの本心でそう言い放った。



 「はっ! それなら3人で生きて帰るかぁ?」



 「ハッハッハ! 帰ったら間抜けなゴズの墓場の前で酒盛りでもしようぜ!」



 「絶対にここを突破するぞ!」




 おれたちは覚悟を決めて、巨大石像に向き直る。




 必ず生きて帰ると誓って……




 そう信じて……




 だが、そうはならなかったのだ……



 ◆◇◆



 「……その後のことはあまり覚えていない……とてつもない猛攻の末におれは意識を失い、目が覚めると通路の奥の方へと吹き飛ばされていた。……そしておれは振り返ることなく目の前に落ちていた袋を抱えて入り口まで走り続けた……これがおれたちのチームの末路だ」



 隣を歩くドンさんは真剣な表情でそう締めくくった。



 俺はその話を聞いて何と言っていいかわからなかった。



 ただただ、凄かった……



 妙に俺らの周囲だけが底冷えしているかのような感覚に囚われていた。



 正直参考になったかどうかも判断がつかないぐらいの衝撃に呆然としてしまったのだが……



 「……話してくれてありがとう、ドンさん」



 俺はなんとかそう感謝の言葉を伝えた。



 「ノヴァス……おれの話し方が下手でよくわからなかったところもあるだろうに……最後まで遮ることなく聞いてくれて、こちらこそありがとうな」



 ドンさんは穏やかな笑みを浮かべた。



 俺たちがこれから向かう場所……パトレイシア・クレスト。実際どんなもんかは行ってみなければわからないのだが……少し気を引き締めようと思った。



 「おれはお前をこんな場所に連れて行こうとしている……ノヴァス、お前は無謀だと思うか?」



 ドンさんもまだ不安なんだろうな。まあそうか、話を聞く限り冒険者のチーム数人でどうにかなるような存在ではなさそうだしな。だが……



 「いや、大丈夫だ。ドンさん、あんたの敵討ちは成功するよ」



 俺はそう言い切った。



 「俺は最強だからな」



 そう、俺は偉大なる竜の王・ノヴァス。



 帰らずの森の支配者にして最上位の存在。



 そんな化け物がついているのだ。大丈夫に決まっているだろう。



 「……お前は本当に不思議なやつだな……よしっ! 頼りにしているぞっ! ともに巨大石像に打ち勝ち、生きて帰ろう!」



 「あぁ!」



 まだまだ目的地は遠い。中継地点であるアルハンドラまでも。



 しかし、俺は今一度決心した。



 何があってもこの男を生きて帰そうと、



 そう誓ったのだ。



この作品に興味を持っていただき、ありがとうございます!


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