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37 少年と少女

 ◆◆◆



 「あ、アリス……ひ、久しぶり。あはは」



 オレはアリスに声をかけた。1年ぶりの再会でどういう風に話しかけるべきか悩んだ結果、笑って誤魔化した。




 久しぶりに見たアリスは……




 なんだか……綺麗だった。




 見慣れていたはずの姿が妙にキラキラしているように感じる。特段何か大きく変わったというわけではないのに、前とは違う何かがあるように思う。



 その正体に勘づきながらも、オレはそれに気づかないふりをして平静を装うことに努めた。



 これも全部ノヴァス様のせいだな……あんなことを突然言い出すもんだから、どうしても意識してしまうではないか……



 そんなふうに内心でごちゃごちゃ考えていたのだが、アリスもどこか呆けたような様子で固まっていた。そしてハッと意識を取り戻したかと思ったら、オレの方に詰め寄ってきた。



 「ちょっと!? 今までどこに行ってたのよ! どれだけ心配したと思ってるの! っていうか帰ってきてたならなんで私に連絡しないのよ!」



 あ、なんかすごい恐い。たしかにオレは帰ってきてからすぐにアリスに会いに行かなかった。なんだかんだ先延ばしにしてしまっていたな。それにしても心配した、か……



 「あ、その、ごめん。えっと、ファリスおじさんには帰ってきた日に会ったから伝わっているかなと思って……それにアリスはオレのこと心配してないってきいたから、今度冒険者ギルドに行ったときでいいかなと……」



 オレがそう言った瞬間、もの凄い鋭い目付きでアリスが背後にいるファリスおじさんに振り返った。おう……なんか場の気温が一段階下がったような気がするぞ……



 「お、おい! アル! そ、そんなこといったら……」



 「お父さん……? やっぱり隠し事あったね……?」



 ファリスおじさんがすごく慌てている。それを実の娘であるアリスが射殺さんばかりに睨みつけている。一体どうしたんだ……?



 「ち、違うんだ! これも全部アリスのためを思って……」



 「うん、わかったからもうどっか行ってよ。衛兵さん呼ぶよ?」



 「グハッ……! おれが衛兵なのに……あ、アリスがグレた……おのれぇぇぇ! アル貴様ぁぁぁぁぁ!」



 今度はファリスおじさんがオレを射殺さんばかりに睨みつけてくる。なんで急にオレが……?



 「おいファリスッ! こんなところとは随分な挨拶じゃねぇかっ!」



 親父がカウンター内からこちらに話しかけてきた。ふと周りを見てみるとみんなこちらに注目している。随分目立ってしまったようだな。



 「うるせぇ! この酒場なんざこんなところで十分なんだよっ! それにそんなこと言ってる場合じゃねぇ! うちの娘のピンチなんだよ! お前はすっこんでろっ!」



 「いや今ピンチなのはお前じゃねぇのか……?」



 おっさん2人が仲良く喋っている。昔からの仲だからかな?



 「う、うるせぇ! そうだ……今ここでコイツを亡き者にすれば万事解決だな……」



 ファリスおじさんが手に持っている槍の穂先をオレに向けて構えた。いやオレがピンチになってね!?



 「くらえっ!」



 ファリスおじさんがオレ目がけて突っ込んでくる。今のオレは丸腰なので防ぎようがない……っていうか突然のことすぎてどうしていいのかわからないっ!?




 気付けば目の前に槍の先端が……あ、ヤバ……




 カキンッ!




 「あの……隊長。仕事抜け出して何遊んでるんですか……早く仕事に戻ってください……」



 突如、オレの目の前に1人の衛兵の格好をした男が現れてファリスおじさんの攻撃を受け止めた。危ねぇ……



 間一髪のところに颯爽と現れてオレを庇ってくれたのは、ニルヴァニアに帰ってきたときに街門前広場で出会ったファリスおじさんの部下の人だ。



 元(3等級冒険者)であるファリスおじさんの一撃を防ぐなんて……この人も相当な実力者だな……



 「あぁ!? お前こそ、なに持ち場離れているんだよっ! 邪魔するんじゃねぇ! ……って!? おい、待て! 腕を掴むな! 力尽くで引っ張るな! まだ、話は終わって……うおぉー!」



 「えっと、皆さんお騒がせしました。自分たちはこれで失礼します。アリスちゃんもごめんね。」



 「いえ……タムさんも、いつもうちの父がご迷惑お掛けしてます……」



 「ははは……ではこれで」



 ファリスおじさんの部下……タムさんがオレの方にも一度会釈をしてから騒がしいおじさんを無理矢理連行していった。毎度お疲れ様です……ペコリ



 あ、さりげなく母さんがタムさんから金を受け取っている。迷惑料ってことか? 抜かりねぇな……



 「ふぅ、やっと邪魔者が消えたわね」



 「いや、邪魔者って……いいのかアリス? なんかファリスおじさん変だったぞ?」



 「変なのはいつものことでしょ? ……ってそんなことはどうでもいいの! アルは今までどこに行ってたのよ!」



 あぁ、そのことか。なんかその説明ばっかしてたからいい加減慣れてきた気がするな。



 「その話は長くなるからなぁ……こっちのテーブルで少し話さないか? 酒か飯なら奢るぞ」



 ついさっきまで似たような話をしていたしちょうどいいだろう。ガスさんとボブさんからしたら一度聞いた話で申し訳ない気がしないでもないが……そんなこと気にする人たちでもないよな?



 「ふぅん……まあそういうことならご一緒させてもらおうかな。あ、でもその人たち私が来て迷惑じゃないかな……?」



 アリスが不安そうに2人の方を見てそんなことを言い出した。たしかに少し考えなしな提案だったかもな……



 「おれは全然いいぜっ! つうか、野郎だけよりも可愛い女の子がいた方が酒も美味くなるもんよっ! なあ! ボブ!」



 「あ、アリスちゃんじゃないかっ! ゔっゔん……やあ、アリスちゃん! 是非こっちのテーブルに来てくれていいんだぜ☆」



 2人とも大丈夫そう……むしろ歓迎してくれているようで安心した。ってかボブさんは急に喋り方が気持ち悪くなったな。一体どうしたんだろう?



 「よかったです……それでは失礼しますね」



 アリスも安心した様子でそう言い、空いてる席に着いた。



 「とうとうアリスちゃんと一緒に食事ができる……なんか緊張してきた……ヤバい……!? 緊張のせいで今まで摂取したアルコールが急に体内を巡り始めたっ……! このままではっ……グハッ……!」バタリ



 ボブさんが急にテーブルに顔面を思いっきりぶつけてぶっ倒れ、意識を失った。さっきまで平気そうに見えたけど……既に限界だったのかな? まあ結構酒飲んでたしな。



 「あれ? この人もしかしてボブさん? どうして急に倒れたのかな?」



 「心配すんなっ! アリスちゃん……だったか? そいつはただのアホだからな。たった今、今日のお代は全部そいつ持ちになったことだし好きなものを好きなだけ頼んじまえ! ちなみにおれはガスっていうんだ! よろしくな!」



 「そうですか……ふふっ、気遣っていただいてありがとうございます。私はアリスです。よろしくお願いしますね、ガスさん」



 心配そうなアリスに対してガスさんが親しげに話しかけた。互いに自己紹介もして少し緊張感のようなものが緩んだ気がする。打ち解けるのも時間の問題かもな。



 それじゃあ、さっそくアリスに今までのことを説明するかっ!



 「実はだな……」



 ◇◇◇



 「……ということなんだ」



 オレがそう話を締めくくるとアリスが思わずといった感じで頭を抱えている。ガスさんは一度聞いた話だからかほぼ無反応で酒を(あお)っている。ボブさんは相変わらず机に突っ伏している。



 オレがみんなの様子を伺っているとアリスが顔を上げジロリとこちらを視線で射抜いてきた。なんか恐いな……



 「アンタがこんな嘘をつくような人じゃないのは知っているから、本当のことなんだろうけど……一体どれだけバカなの……?」



 どうやらアリスは2人と違って積極的に信じようとしてくれているみたいだ。その上でオレをバカと罵ってくる。そんな反応に少し嬉しく感じている自分がいることに若干のむず痒さを覚える。



 「えーっと、おっしゃる通りで……考えなしの行動には反省しています……」



 「もう絶対にそんな軽率なことするんじゃないわよ……まったく……嫌な予想は粗方したつもりだったけど、まさか帰らずの森に行っていたなんて……」



 「ほ〜う? アルの話を信じるなんて随分信頼関係ってのが築けているんだなぁ! ガハハッ!」



 「ちょっとガスさん……! 私は別にそんな……ただアルがそんな器用な嘘をつけるようなヤツじゃないって知ってるだけで……!」



 ガスさんがアリスを揶揄(からか)っている。それに反論するアリスを見ていると、だんだんと疑念が確信に変わってきた。




 コイツ、オレのことマジで好きかもしれん……




 意識して観察してみると他の人との対応や反応の差がハッキリとわかるような気がする。そうだったのか……妙にオレに口うるさいというかおせっかいというかそんなふうに思っていたが……



 ノヴァス様にもしっかりしろと言われたしな……



 今までずっと考えていたけど……やっぱりオレもアリスのことは好きだ、と気づいたからな。きっかけはよくわからないが……なんとなく今の関係性は心地よく感じるし、アリスとなら上手くやっていけそうな気もする。



 お互いに好きなら、勇気を出すべきは男の方だろう! 絶対にうまくいくはずだっ!




 ノヴァス様……! オレに勇気をっ……!




 「なあ、アリス……」



 「……もうガスさんったら、そんなんじゃないっていうのにっ! ……ん? どうしたの、アル?」



 「お前が好きだ。結婚しよう」



 「…………………………ん!?」



 オレが思いをぶつけると、アリスが固まった。ガスさんがなんか面白そうなものを見るような風にこちらをニヤニヤ観察している。こっちを見るな……



 「いや、アリスもオレのこと好きだろう? オレもお前が好きだから結婚しよう!」



 「ちょ、ちょっと待って……! 私がアルを好きって……なんで急にそうなったの!?」



 あれ? 思っていた反応と違う……オレの予想ではアリスが涙を流して喜ぶと思っていたのだが……



 「え? だってそうだろ。オレにいつもおっせかいな感じとか気安い態度とか。オレが好きだからじゃないの?」



 「いや、私はアルのことは出来の悪い弟のように思っていたけど……べっ別に嫌いとかでは全然なくて……むしろ……あ!? いや……ゴニョゴニョ」



 つまりアリスはオレのことを弟のように思っているわけであって、男としては見ていないってことなのか。



 ってノヴァス様!? これは一体どういうことなんですか!? ……そういえば自分のこと1、2歳とか言っていたなぁ……もしかしてマジのガキンチョだったのか!? 歴戦の上級者かと思ったら、恋愛方面では初心者だったのかよ……!? クソッ……! すっかり騙されちまった!



 「いや……だからいきなり結婚とかは……お互い1年以上も離れていたし……もう少し時間を重ねながら、ゆっくりと進んでいけたらいいなぁ……なんて思ったり……」



 アリスがなんか喋っているがおそらくオレを傷つけないようにやんわりと断りの言葉を連ねているのだろう。やべぇ……どうしよう……



 ふと周りを見ると全員がこちらに注目している。オレらの行く末が気になっていたり、ただただ面白がって酒の肴にしようとしていたりさまざまな思いの乗った視線でオレたちを見ている。



 親父もなんかニヤニヤしながらこちらを見ているし、母さんはめちゃくちゃキラキラした期待のこもった目で見てくる。




 オレは現在の状況をしっかりと認識した上で一つの結論を出した。




 あ、死のう。




 これだけの視線の中、オレの勘違いで告白は盛大に失敗し、晒し者になっているこの現状……恥ずかしいなんてものではない。どう考えてもここからの挽回は不可能なので……帰らずの森に行ってノヴァス様に介錯してもらおうか? いやあの方はオレを殺さないか……そうだ!



 「ちょっと赤竜の間に行ってくる」



 「……やっぱり結婚を見据えるなら、今から酒場のお手伝いもした方がいいわよね……って!? どうしたの急に!? もう絶対にそんな軽率なことするなって言ったでしょう!」



 「おい! アルを止めろっ! 何故か自暴自棄になっているぞっ! こいつマジで行く気かもしれん!」



 「ったく……我が息子ながらにアホすぎる……」



 「アル! この状況で逃げるなんて母さん許さないわよっ!」



 赤竜の間に行こうとしたオレを店内にいる人たちが総動員で止めたことでなんとかオレは命拾いをした。そしてオレの誤解が解けるのはもう少し後のことだった。



 ◇◇◇



 「えっと……早とちりしてごめん……」



 「まったく……何から何まで極端なのよっ……」



 オレとアリスは今、向かい合って座っている。同じテーブルに2人きりで。



 店内はオレが暴走する前の状態にまで一旦戻った。他の人たちも聞き耳を立てていたり、チラチラ見ていたりするもののさっきまでのように露骨に注目するようなことはやめてくれたようだ。ボブさんに関しては一向に起きる気配ないけどな……



 「結婚は確かに(きゅう)すぎたよな……でも、ちょっと言わずにいれなかったというか……」



 「うぅ……流石にビックリしたわよ……せっかく無事に帰ってきたんだから焦ることもないでしょ?」



 どうやらアリスは完全にオレを男として見ていないというわけではなさそうだ。今まで弟のように思ってたオレがいきなりあんなことを言って驚いたようだ。



 「そうだな……その通りだ。よしっ! アリスッ! もう一度チャンスをくれっ! 今すぐ返事はしなくていい! いつかオレが一人前になったときに改めて返事を聞かせてくれっ!」



 オレはアリスの目を見ながらそう言い放った。



 そもそもオレはまだ未熟者だしな。冒険者としても見習いだし酒場も手伝いくらいしかしていない。こんな状態で結婚を迫るなんて相手にも失礼というものであろう。いつか自分に自信を持てる日が来たらそのときこそ……



 「……ふふっ。以前に比べたら十分大人っぽくなったかと思えば、まだまだ目が離せないわね。もう少し時間をかけて一緒に成長していきましょう。……結婚云々(うんぬん)はとりあえず保留で……」



 アリスが若干頬を染めながら柔らかい表情でそう言った。その表情は出来の悪い弟を見守るかのように優しく、ただどこか期待がこめられたかのように輝いて見えた。



 これは頑張らなくてはな……! 早く冒険者業に復帰するためにも森に関するレポートをまとめなければ……ってそうだ。



 「そうだ、アリス。さっきまでの話をレポートにまとめて冒険者ギルドに提出しようと思っているんだけど……手伝ってくれないか? 他に頼れる人がいないんだ……」



 アリスは冒険者ギルドで事務員のような仕事をしているので、文章の整理や要点をまとめることはオレよりも得意だろう。手伝ってくれると助かるのだが……



 「はぁ、まったく……やっぱりアルには私がついていないとダメみたいね……いいわよ。手伝ってあげるからさっさと終わらせましょう」



 よしっ! これで一気に進めることができるはずだ。冒険者ギルドに何か聞かれたとしてもアリスが窓口になって対応してくれるならこっちもやりやすいしな!



 まあこんな感じで頼りきりなところが少しでも改善できるようにオレも努力しなければな……!



 周りを見てみると全員がなにやら暖かい目でこちらを見ている。「ヒューヒュー!」「お熱いねぇ!」とかいう野次もチラホラ……親父やガスさんなんかも便乗している。母さんに至っては感動して涙を流している。なにやらみんなが祝福しているように感じる。さっきまでの光景とそこまで変わっていないのに不思議だ。




 ひとまず一件落着、か?




 ふと遠い森へ思いを馳せる。




 ノヴァス様……さっきは心の中とはいえガキンチョとかいって申し訳ありません。過程はどうあれ結果的には一歩前進できたような気がします。あなたに指摘されなければこうはならなかったかもしれません。



 次に会うときにはもっと成長した姿で……それに親父や母さん、アリスのことも紹介させてください……




 「アリスッ! 改めてよろしくなっ!」




 「アル……そうね、改めてよろしくっ!」




 少年と少女。2人の関係性は幼馴染のままで終わるのか、それともさらにその先に進むのか、もしくは瓦解するのか……




 それはまだ誰にもわからない。そう、神のみぞ知る……いや……




 ……偉大なる竜の王のみぞ知る……かもしれない……










 ◆◆◆



 「…………お前、起きてんだろ……?」



 「………………気付いていたのか……我が宿敵よ……」



 「お前もあの子好きだったんだろ? いいのか?」



 「…………見てみろ……あの表情を……」



 「……そうか。今日のお代はおれとお前の2人で折半だな。好きなだけ飲んじまいな。忘れろとは言わんが……今日のところはな……」



 「ぐすっ……ありがとう……我が宿敵よ……アル……彼女を頼む……そしてアリスちゃん……君の幸せを心から願う……!」




〜某所〜



「グブルァアハァァァッッ……!」バタリ



「隊長が急に倒れたぞ……どうしたんだ……?」



「どうせ大したことじゃねぇよ、放っとけ」



――――――――――――

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