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35 ハムハムトレーニング

第1.5章は全部で6話を予定しています。

 ◆◆◆



 俺の名前はハム(よし)。偉大なる竜の王から賜った名だ。



 俺は外の世界に旅立った偉大なる竜の王の代わりにこの森の守護に努めている。



 外敵なんぞはほとんどいないので、森の内部情勢の安定に注力すべきなのだが、偉大なる竜の王の存在そのものが抑止力となっており基本的に俺自身が出張って何かをするということはない。



 それに我が覇夢鼠(はむねずみ)の一族も偉大なる竜の王のもとに身を置くようになってからは、実力を高めることに専念し、この森で一定の地位を築くまでに至った。



 そのような状況で森の均衡を破るような事件が起きることはない。既にこの森で我が一族を軽んじるものなどいないし、もしいたとしてもソイツらは現状を理解することができない愚か者だ。取るに足らん。



 そういうわけで俺は今日も鍛錬に励んでいる。時間があれば基本的に鍛錬に費やし、それ以外の空いた時間では後進の指導もしている。最近では覇夢鼠(はむねずみ)護武燐(ごぶりん)、大蜜蜂以外の種族の指導をすることもあり、他の種族に負けぬよう我が一族はさらに強度を上げ鍛錬に励む……




 偉大なる竜の王に出会う前の我らは最弱の魔物であった。




 覇夢鼠(はむねずみ)……それが我が一族の呼び名だ。




 ()者となる()を見る()……




 それは生態系の中で最底辺の存在であり、常に他者によって侵され、奪われ、嬲られ、喰われてきた哀れな種族。ただひたすらに虐げられるだけの存在で慎ましく目立たずにいることだけが唯一の生き方。



 そんな救いようのない存在はいつの日かその呪縛から解放されるときを延々と待ち続ける。もしも叶うのならば他者を(ひざま)かせるような圧倒的な覇者になりたい……そんな叶うはずもない妄想を永遠と夢見る哀れな鼠……故に覇夢鼠(はむねずみ)



 誰がそんな呼び名を認めたかはわからぬが、誰もその名に疑問を持つことはない……そんな余裕があれば少しでも安全な場所へと逃げたい。そしていつのまにか我らはそう呼ばれるようになってしまった……



 体力もなければ、攻撃手段も碌にない、これといった特技もない……もちろん根性や誇りなどあるはずもない。




 我らは恐れているのだ……




 以前のような最底辺の存在に再び戻ってしまうことを……




 偉大なる竜の王によって加護を与えられた影響で目に見えて身体能力や魔力が爆増した。



 さらに圧倒的な超存在の加護を得たということが何事にも勝る自信となり、これを好機と捉えて徹底的に自分たちを鍛えた。



 そうして鍛錬を続けてさらに強くなった自分たちは少し増長してしまっていた。



 もはやこの森で自分たちに敵うものなど偉大なる竜の王を除いていないだろう、と。




 いたのだ。




 それはこの森で最上位勢力とされる5つの種族……紅蓮の翼、宵闇の翼、銀風の牙、勇猛な角、そして白き鱗。



 彼らは鍛錬を重ねた我が一族ですら敵わぬほどの強大な存在であり、我らが最も恐るべきこの森の生態系の頂点に長らく君臨していた捕食者たちである。




 我らは恐れた。




 所詮今の自分たちの実力など与えられた力に少しだけ毛が生えた程度のものにしか過ぎず、万が一敵対することになれば今までのように(むご)たらしく虐げられてしまう……



 少し対峙しただけでそれを理解してしまった。我らの心はまた最底辺の存在に戻ってしまっていたのだ。




 だが、同時に思ったことがある……




 そんなことは、




 断じて許されない。




 覇者となる夢を見るだけの鼠には決して戻りたくはない。




 虐げられるだけの存在になど戻りたくはない。




 自分たちの鍛錬の結果を否定したくない。




 そんな呪縛から解放されたい。




 ではどうするべきか? 答えはただひとつ……




 今以上に苛烈で過酷な鍛錬を徹底的にこなすことだ。




 それ以外に出来ることなどないからだ。




 所詮我らの世界は弱肉強食……強い者が生き残り、弱い者は糧にされるのみ。



 そんな理不尽な現実から脱却するには自らが強者になるしかないのだ。



 ではどうすれば強者になれるのか……鍛錬をするしかない。



 今までの鍛錬で届かないのであれば今まで以上の鍛錬を徹底するしかない。



 それでも届くかはわからない……だがやらなければそれ(すなわ)ち停滞であり、今以上の成長を見込めないのも事実である。



 ()くして我らは、決して以前のような情けない種族に戻らぬように徹底的に自分達を鍛え抜くことを種族としての至上の命題としたのだ。



 戦いの技術のような小手先のものではない……どんな状況にも耐えることができる圧倒的で不可侵な精神力を鍛えることを第一とした。



 これは死ぬほどキツい……だが死ぬことなど大したことではない。



 誇りを失い、他者に媚び、狭い穴蔵の中で平穏のときを待つ最底辺の存在に戻ることの方が死なんぞよりもよほど怖い。



 それに最近では5種族の(おさ)までもが偉大なる竜の王から加護を受けた。ただでさえ強大な存在がさらなる脅威へと変貌してしまったのだ。



 例え森が安定していたところで、それがいつまで保つのかはわからない。もしかしたら明日にでも再び血で血を洗う群雄割拠の時代に舞い戻る可能性だってある。




 故に我らは今日も鍛錬に励む。




 ひたすらに厳しくも(つら)いことに耐え続けるだけの精神が崩壊してしまうかのような苦行を……




 何者にも奪われることのない本物の強さを手に入れるために……




 ◇◇◇



 『……カハッ……!?』



 俺はどうやら気を失っていたようだ。周囲の状況を見るに短い時間であったようだが……たしかに意識を手放していた。



 『よおっ! 目が覚めたかっ! これは俺の勝ちで文句ないよなっ!』



 目の前には銀の毛並みに筋骨隆々な体格をもった巨大な人狼がいた。



 銀風の牙の(おさ)……キバ(よし)だ。



 俺は彼に組手の相手をしてもらい、その結果無様に気を失うほどの実力差を叩きつけられ敗北した。周囲では我が一族の者も見学している。情けない姿を晒してしまったな……



 俺の実力などまだまだこの程度というわけだ……



 『完敗だ……協力感謝する』



 俺は治癒魔法で回復を済ませてキバ(よし)に話しかける。



 『まあこの程度なら構わねぇぜ! それにしても覇夢鼠(はむねずみ)ごときがこれほどまでに強くなるとはなぁ……今度訓練について教えてくれよっ!』




 これほどの強さを持っていながら、まだ求めるのか……




 『わかった。その件については後日改めて話そう。今日のところは失礼する』



 『おう! 頼んだぜっ!』



 キバ(よし)が気安くそう言う。




 その姿には一切の疲れや傷は見えなかった。




 俺は見学していた一族の者たちを引き連れてその場を後にした。




 そしてしばらく走った後、真紅の楽園まで戻った。




 『見ていただろう。俺たちは弱い。加護を得た(おさ)ではあったものの……銀風の牙という種族に手も足も出なかった』



 俺は周りの覇夢鼠(はむねずみ)たちにそう言い放った。



 全員が暗く落ち込んだような表情をしている。



 それも仕方がない。俺が一族の中で最も実力があるにも関わらず、無様に敗北したのだから。



 『俺たちは弱い……それは(おさ)たる俺の責任だ。故に今からお前たちは俺に罰を与えろ。俺を囲み、意識を失うまで徹底的に痛めつけろ。何があっても止めるな』



 俺がそう言うと全員が戸惑ったような反応をしている。



 『もちろん、その後はお前たちの番だ。我らが弱いのは俺に責任があるが…お前たちにも責任がある。わかったら早くやれ。時間が惜しい』



 それを聞くと周りの覇夢鼠(はむねずみ)たちが腹を決めたかのように表情を引き締めて俺を囲み始めた。




 それでいい。




 一見、何の意味があるかわからないかもしれないが、精神を鍛えるためだ。少しでも嫌なことをしなければならないというのはとんでもないストレスになる。強靭な精神力を養うにはもってこいだ。




 俺は静かに目を瞑り身構える。




 これから自分に襲い掛かるであろう苦痛に顔を歪めそうになるのを無理矢理抑え込み、ただそのときが来るのを待った。




 そして罰が開始された。




 最初の頃に比べれば大分(だいぶ)慣れてきたが、不快であることに変わりはない。




 これと同じことを仲間にしなくてはならないことに心が痛むが、生き残るためと思えば仕方がないとも思えてしまう。




 余計なことを考えるのはこの辺で終わりにしよう。




 俺は意識を失う限界まで耐えられるように集中する。




 俺の名前はハム(よし)




 俺は今日も鍛錬に励む。



次回は久しぶりにアルが登場します。



この作品に興味を持っていただき、ありがとうございます!


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