1 拝金主義、ボスを倒す。
地獄の沙汰も金次第、そんなお話
この世界は金によって回っている。金が肉となり、金の流れは血の流れ。金のやり取りはそれすなわち命のやり取りで、戦いとは命と金のぶつかり合いだ。
「ぐっ、見事。」
「強かったよ、あんた。」
そういって膝をつき沈黙する甲虫人の姿に俺は敬意をもってそういった。
「くくく、うれしいものですね。百年ぶりの踏破者があなたのような強き人というのは。」
もはや動く気力もない甲虫人は最後にそういってゆっくりと崩れていく。そしてその残骸には輝くダルが何枚もあった。
「白ダル7つ、噂通りのバケモン集団だったな。ダル」
一つ一つを確認するように拾いながら袋に詰める。
ダルとはモンスターからドロップする希少金属で、この世界の通貨となる。この輝く白ダルは10000ダル、通常のダルは、人間界で流通している10000チルに値する。ちなみに1チルで串焼きやパンが一つ買える。水などを含めて20チルもあれば庶民レベルなら豪華な生活ができる。1ダルでも手に入れば一年は遊んで暮らせる。それが白ダルならどうなるという話だ。
「や、やったのか。」
すべてのダルを回収し、その上で甲虫人のチリが風ですべて流された程度になって、やっと後ろから声がかかる。
「ああ、終わったぞ。これで7階層も踏破したことになる。」
「ふふふ、拝金主義者のくせにやるじゃないか、ゴール。」
身の安全が確保されたのか、もともとの高慢な態度で俺に話しかけてきたのは雇い主のヨワールだ。むっちりした筋肉に身に包むのは一級品の装備、それなりに見ごたえがあるはずなのに立ち方がなっていない。というか震えている。小物感が半端ないなこいつ。
「まあ、俺様が出るまでもなかったってことだな。露払いご苦労。」
「へいへい。」
「お前、ヨワール様に対してなんたる態度だ。」
適当に返事をしたらお付きの騎士様が噛みついてきた。ミカゲ、というヨワールの腰巾着。これまた立派な体躯に輝くフルプレートの鎧を着こんでどでかい剣を背負っている。ほんとに使いこなせるのかそれ?
「まあまあ、下賤な拝金主義者には露払いがお似合いですわ。ダンジョンの踏破はヨワール様が行えばいいんですわ。」
そういってヨワールにしなだれかかり艶っぽく笑う女の1人が窘める。キャバットというヨワールの愛人。魔法使いようの装具とローブを着ているがどう見ても情婦にしかみえない。これで国では有数の魔法使いというのだから程度が知れる。
「ヨワール様がこのダンジョンを踏破して、次期王となる。これで我が国も安泰です。神様も祝福されることでしょう。」
顔の前で手を結び何やらぼそぼそと言っている僧侶。もといヨワールの愛人2号は相変わらず何を言っているかわからない。
ほんとクズみたいなやつらだが、金払いはいい。それだけの理由で依頼を受けたことを俺は若干後悔していた。
レベルSダンジョン「試練の塔」 魔族の運営するダンジョンの中でもトップクラスの難易度とその特異性ゆえに世界でもっとも有名なダンジョンと言われている。
それは通常のダンジョンとは異なりボス階層が連続して7つしかないという点だ。普通なら罠なら迷路なりがあり道中にモブモンスターが出現する。だが「試練の塔」では、ボスしかいない。7体のボスを順番に倒し、無理そうなら途中でリタイアできる。遊びがなく実力がものをいう、ノーリスクでボスと戦えることはいいが、ボスを倒せなければドロップ品も得られない。もちろんどのボスも一筋縄ではいかず最高ランクのS認定を受けているこの世でもっとも困難なダンジョンの一つだ。
ちなみに俺ことゼムドは雇われ傭兵だ。報酬次第で基本的になんでもする。ペット探しから冒険の補助、戦争への介入やバカの護衛となんでもござれ、ただし報酬はそれなりです。だから、「拝金主義者」とか「金の亡者」とかいろいろ言われてんだけどね。気にしたら負けだ、お金は大事。お金は命だ。
そんなわけで、このくそ生意気なヨワールとかいう王子様のダンジョンアタックのサブメンバーとして雇われた俺だが、こいつらは完全に素人だった。鍛えられているような身体は魔道具と薬によるドーピングで豪華な装備はつけて歩くだけで息切れをした。試練の塔までの道中は馬車による移動だが、野営の仕方はおろか見張りの概念すら知らなかった。なんでわかるかって、そりゃ自分たちの見張りの時間におっぱじめてたからな。おかげで道中で雇われていたほかの傭兵もポーターも愛想をつかして現地につくころには俺しか残っていなかった。もうね、報酬の額が額じゃなかったら、こいつは曲りなりにも王族で契約自体は公式なものでなかったらはったおして俺も帰っていただろう。
当然、ダンジョンに入ってからも戦うことはおろか、ボスの前に立つことすらしなかった。追加契約でボスからのドロップ品は俺のものということにならなかったら戦わなかったよ。わりに合わないもん。
そんなストレスを感じながらボスたちとの闘いはどれも歯ごたえがあった。フロアーを埋め尽くさんばかりの巨体を誇るロックスネークに、水中を高速で移動するマーメイド、打撃に雷撃を織り交ぜるオーガー、こいつらは正攻法で正面からぶつかり倒した。闇に潜むアサシンドールや毒手使いのリザードマン、炎の身体を持つエレメントゴーレムには申し訳ないが絡めてで倒させてもらた。
そして最後、今倒したばかりの昆虫人はひたすら強かった。剣を弾く頑丈な甲殻に可動域が人間のそれをはるかに凌駕する関節と筋力。どれをとっても化け物だがそれにおごることなく研磨されてきた技の切れの数々。自信を持って言えることが勝てたことが誇らしいと思える相手だ。
だからこそ、俺も死力を尽くした、持てる技も手札もすべて使い、回復用のアイテムも使い切った。お気に入りの剣が真っ二つにされたときは心がおれそうになった。予備の剣と盾にヒビを入れながら打ち合った結果の辛勝である。うん、相手が回復ポーションの一本でも使っていたら負けていた。
ともあれ満身創痍で立っているのもやっとだけど、それでもヨワールの一味が束になっても今の俺より弱いだろう。ほんと7つの階層を突破することがクリア条件でよかったと思う。最後の一戦と分かっていたから俺は頑張れた。まあおかげでボスのドロップ品で30万ダル近く稼げたしな。
「よし、じゃあ最後の階層へ向かうぞ。おい拝金主義者、さっさと歩け。」
ここまで来て、まだビビりなヨワールにうんざりしつつ、俺は新たに出現した階段へと足を向ける。
「さすがに疲れたな。」
思った以上に重い身体を引き釣りながら俺は最後の歩みを進む。あとはダンジョンマスターに会ってクリアーの景品をもらうだけだ。ヨワール達はダンジョン踏破の名誉を、俺は報酬をもらっておさらばだ。
「くく、さすがの拝金主義者もお疲れのようだな。」
「そりゃ、お前らの分まで働いたからな、これは報酬上乗せしてくれないとわりにあわないよ。」
「ふふふ、そうか。なら特別にボーナスをやろう。」
「まじか。」
こいつにそんな甲斐性があるわ
突然わき腹に走った衝撃に俺は顔をしかめる。
「っち、くそが。」
振り払おうとしたが、疲労で思った以上に動けない。それに
「ははは、これは王家に秘蔵されていたパラライズソードだ。お前のようなやつにはもったいない一撃だ。ありがたくもらっておけ。」
そんなしょうもないものを秘蔵するなよ。耐性があるモンスターには効かないし、俺だって万全なら聞かない。ただそういうリソースも使い切った状態では無様に倒れるしかなかった。
「ははは、バカが、馬鹿正直に働きやがって。王になる俺に役に立てたんだ。その名誉だけで十分だろ。」
「くそが。」
ゲシゲシと人の事をけりながら痛がってんじゃねえよ。
「ヨワールさま、まずはダルを回収しましょう。」
「は、そうだった。お前らの報酬だからな、きちんともらわないと。」
ヨワールは思い出し方のように俺の腰に縛ってあった革袋をひったくり中身を見て下品に笑う。
「ははは、これだけあればしばらくは遊んで暮らせるぞ。そして戻ればおれは王様だ。」
高笑いをするヨワール。だがそれは許されないことだ。
「てめえ、それにてを出すな。」
「ははは、何言ってんだ、これも俺様に仕えられたことへのお礼金ってやつだ。」
そのままげしげしとヨワールは俺をける。全財産、200万ダルぐらいは入っているその袋は俺の生命線だ、あきらめるわけにいかない。
「俺の金を持ちだすんだな、クズ。」
「はっ、クズだと。このド底辺の傭兵風情が。」
気づけば残りのメンバーも俺をけっていた。それでも俺には予定通りだ。
「はは、息切れしてるぞ、ヘタレ王子。ご立派な足さばきだ。」
「このド底辺が。」
渾身の一撃にオレの身体は今度こそ転がった。
「はっ造作もない。」
勝ち誇るヨワールだが、正直腹立たしいほど弱い。なにせ
「ここまで転がるのに、それだけけらないといけないからな。」
ダンジョンにいくつかあるピットホールと言われるトラップ、その上に俺は転がる。
「なっ、おまえ。」
「ヨワール、それは貸しだ。必ず返してもらうからな。」
ヨワール達が気づいたときにはもう遅い。発動した落とし穴の下へと俺は落ちていった。
「ばかが、助かるわけないだろ。」
落ちながら聞こえるのは負け推しみの高笑いをするヨワールたちの声だった。
正直、しゃべる気力もない。落とし穴の下がどうなっているかわからないし、助かる見込みは低い。
(それでも、金は取り立てる、利子もつけてな。)
そろそろ限界を迎える意識を手放しながら俺は、取り立てを誓ったのだった。
設定とか前振りが長すぎてしまった。次回からちゃんと物語を進めます。