第8話 とある伝説にて
先刻まで煌びやかなステンドグラスが彩っていた壁。それは一瞬にしてどこまでも続く澄んだ青空とうららかな風が吹く穏やかな空間へと変貌を遂げた。
「……貴様ら」
「マ、マーフィー先生」
ルカが怯えた様子で開かれたドアを見ると、ステンドグラスの割れる音を聞いて駆け付けたマーフィーが立っていた。しかし、その様子は怒っていると言うよりは呆気にとられたと言った方が正しい。
「誰がやった?まさかシャルか?」
「違いますよ。ルカです」
「ちょっと!……」
あっさりと自分を売ったレイモンドをルカは恨んだ。
「フェイマスが?首席とはいえ……いったいどんな手を使った?」
「どんな手っていうか、普通に窓掃除の魔法かけただけなんですけど……ここって保護魔法かかってるんじゃないんですか?」
「そうだ。到底新入生ごときに破れる魔法じゃない」
「俺はただここに書いてある魔法を使っただけで……ってあれ?」
ルカは使っていた魔法書をマーフィーに見せようとするが、その手には何も握られてはいなかった。
「さっきまで持ってたんですよ!?あれ!?」
「はぁ……まぁいい。お前たち、窓ふきの罰は終わりだ。俺では手に負えん。近いうちに学園長の呼び出しがある。それまで寮で大人しくしておけ。お前たちにはそれまで謹慎を命じる」
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「呼び出しを待てって言われても、授業にも出られないし暇よねー」
「……はぁ、兄貴たちになんて言おう」
「兄貴とかより寮の方が重要だろ。俺たち出て行けって言われたし……」
あの後ルカとアドラーが寮へ戻ると、マーフィー先生から事情を聞いたらしい寮長含めた幹部が授業中だと言うのにもかかわらず談話室で2人の帰りを待っていた。特に副寮長はそれはそれはもう鬼の形相で。
「なんだかんだ夏ってルールに厳しい人が多いわよね」
「入学早々これだけやらかしてればまぁ当然っちゃ当然だな」
2人から寮を追い出されたと連絡を受けてやってきたシャーロットとレイモンドに関しては絶望の表情を見せる2人とは対照的にむしろこの状況を楽しんでいるように見えた。
「寮長が居ないからって面白がって……」
「しばらく泊めてもらうからな」
「はいはい」
寮の規律を守るため、強制退寮を含めたあらゆる権限を持っている寮長が存在する他の寮と違い、今年新設された第0寮には2人以外の住民は居らず、シャーロットとレイモンドに関しては追い出される心配など無い。当然寝床を失った2人はしばらく第0寮に転がり込んだ。
「それにしても良かったなルカ。お前、この学校の伝説の仲間入りだぞ」
「え?何それ」
第0寮に向かう道すがら、レイモンドはルカにそう溢した。
「過去あのステンドグラスが壊されたのはたったの2回。そしてその張本人は2人共卒業後聖騎士隊長、つまり部署のトップまで上り詰めたらしい」
「あー確かに。それに今までもそれを真似して何人かあのステンドグラスを割ろうとしたけど実際割れたのはその2人だけって話よ」
「え?もしかして俺すごい?」
「校内で語り継がれるくらいにはね」
「へぇーそれなら悪くない……のか?」
すごいすごいと言われている聖騎士隊長へのジンクスを知ってルカはいくらか喜びの表情を見せる。しかし、やっぱりまだよくわからない。
「ん?聖騎士隊長ってアドラーのお兄さんだっけ?ナンバー1って2人もいるわけ?」
何言ってんだコイツ。
3人とも呆れたようにため息をつく。
「聖騎士には役割別に春夏秋冬って4つの部署があるの」
「あぁ、そう言えば時々第2寮のことを夏って呼ぶ人がいるけどもしかしてそれと一緒だったりするのか?」
「ライデンは元々太陽王家が運営する聖騎士養成学校だからな。第1寮から順に春夏秋冬になぞらえて作られてる。今でも寮分けはそれが基準だし、実際聖騎士として働く卒業生はほとんど寮と同じ部署に配属されるしな」
「凄い特色あるしね。分かりやすい例で行くと春は広報とか表の仕事をメインに扱う部署で、その証拠に第1寮は芸能人とか芸術系に特化した生徒が多いかな。そうでなくともみんな派手で美意識は女の私より確実に高いと思うわ」
「兄貴たち夏は警備とか所謂騎士って感じの仕事をやってる。第2寮は攻撃系の魔法得意なヤツ多いし、聖騎士と言えばって感じの部署だから希望者は毎年多いらしいよ」
「それで言うと秋は参謀だな。実際現場に立つ機会は少ないが、予算とか仕事の割り振りとか事務系を取り仕切ってる。なんだかんだ聖騎士が派遣される場合の作戦立案なんかもやってて、聖騎士の頭脳って呼ばれてる。第3寮は成績上位者が多いし、コンピューターとか魔法解析系統に強い生徒が多いな」
言われてみればそんな気もする、とルカは妙に納得した。
他の3人に言わせればそんな基本的なことすら知らずにライデンに来たこと自体信じられないのだが。
「じゃあ冬は?」
ルカが残りの1つの寮について聞こうとすると、3人は頭を抱えだした。
「え、なに?」
「いや……なんていうか冬って説明しづらいんだよな」
アドラーの言葉にシャーロットとレイモンドも苦笑いした。
「冬っていうのは言ってみれば何でも屋かしら。本当に太陽王の側近みたいなことをやってる人もいれば、完全に裏の仕事でスパイみたいなことをやってる人もいるし。はたまた人が足りないときは他部署のヘルプなんかもしてたりするよ」
「何をやるって明確に決まってる部署じゃないから、実力で言うとナンバー1だがオールマイティーな人間より何か1つ飛び抜けた才能を持ってる人が採用されてるイメージだな。第4寮はまさにそんな感じで少数精鋭。1番まとまりには欠けそうな寮なのに寮長は歴代バケモノレベルが揃うせいで何故かまとまるっていう感じだ」
やっとルカが納得したような表情を見せる。
「それで言うと第0寮って変な立ち位置だよな」
アドラーが探るように2人に問いかける。
「まぁ臨時って言うか俺たちは別に聖騎士を目指す人間でもないからな。特定の部署を意識した感じが無いのは当然だろ」
「じゃあそもそもなんでライデンに来たわけ?」
「学園長が言ってたでしょう?生徒が色々な人と関わることで視野を広げる1つのきっかけにって。これは所謂実験で、選ばれたのが私たちだったってだけ……あ、もうすぐよ」
シャーロットはそう言って何もない壁を指さした。