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顔に出やすい美月さんとポーカーフェイスで勝負する

作者: 九官日食

誤字報告あれば教えていただけると助かります。


2024 7月15日 誤字報告 ありがとうございます

 寒い。

 とにかく寒い。


 玄関の扉を開けた俺は頭からつま先までそれを感じた。

 普段引きこもり主義の俺が何故朝早く家を出たか。


 それは昨日で冬休みが終わってしまったからだ。

 ちなみに昨日はやってない課題に追われ、寝ることができたのは今日の朝三時だった。


 起きたのは七時で寝れた時間は四時間ということになる。

 成長期真っ最中の俺にとっては少々手痛い。


 と言っても三日に一度はアニメやらゲームやらでこういう日が来る。

 某有名すごろくゲームの耐久をしたときはオールしたほどだ。


 現在時刻は八時。

 時間効率主義の俺は徒歩十分ほどでつく学校を選んだ。

 自称進学校なのでそれなりに勉強しないといけなかったが、捨てるところと取るところをはっきりさせていたので、なんとか滑らずに済んだ。


 それでも合格ギリギリだったのだが、終わり良ければ全て良しというだろ? そういうことだ。


 はあ、学校が見えてきてしまった。

 別に学校が嫌いなわけではない。ただ、家が快適すぎるだけなのだ。


「おはよ、かず」

「来たな、我が同志よッ!」

「うむ、おはよう」


 教室に入るとイケメンと中二病が挨拶してきた。

 こいつらとは中学からの腐れ縁だ。


「なになに、またアニメか?」

「いんや、今回は課題に追われてな。危うく死ぬとこだった」

「計画的にやるべきだ、我が同志よ」

「気が向いたらな」


 イケメンの方は性格が良くて、以下略。

 察することができると思うが神様の傑作だ。


 中二病の方は……謎。

 でも色々な意味で天才だ。


 この学校では新学期そうそう、席替えをする。システムは古典的なあみだくじだ。

 俺的には窓辺ならどこでもいい。


 理由は太陽光のおかげで昼寝の気持ちよさが倍増するからだ。

 そう呑気に語るが、俺はこの学校に入ってからどんなに眠くても寝たことはない。

 言い直そう。寝れたことがないのだ。


 頼む、今回は、今回だけでいいから……!

 俺はそう必死に願い、座席表を見る。


 よし! 窓側一番後ろ!

 おみくじは小吉だったのであまり期待はしていなかったが、新年早々言い滑り出しだ。

 と、喜んだのもつかの間、彼女の名前が隣に書かれていることに気づく。


 まあ、いつものことだ。

 これはきっと運命なのだ。どうしても神様は俺が授業中寝ることを許してくれないらしい。


 俺は指定された席へと向かう。

 その隣の席には一人の少女がいた。


 俺が席に近づくとやがて気づき、こちらの方を見る。

 整った顔だ。


「明けましておめでとう、滝波くん」

「明けましておめでとう、美月さん」


 軽く頭を下げ俺は自分の席へ着く。


 美月兎(みつきうさぎ)


 文武両道、容姿端麗など、そういう意味の言葉はだいたい彼女のことを指すだろう。

 ようするにクラスの人気者だ。


 俺はそんな美月さんと今までずっと席が隣だったりする。

 三か月に一回の頻度なので入学式からのことを考えるとこれで四回目だ。


 そして学年が上がるまではずっとこの席だということがさっき確定した。

 つまりは一年間ずっと隣の席だったわけだ。


 嬉しいとは思う。

 だがそれは、美月さんとずっと隣だからではなく、話し合いの時に慣れている相手だから助かる、というだけのことだ。


 むしろ、少々面倒くさい。

 美月さんのことではない。むしろ努力家という一面を尊敬しているまである。

 彼女は何故かそれを隠すが。


 面倒くさいのはその副産物である。


 今朝は席替え初日なのでなかったが、登校時間が遅いとだいたい俺の席は女子生徒たちによって占領される。ある意味「お前の席ねぇから!」を体験することになる。


 また、ヘイトを買う。

 先ほども話した通り美月さんは人気者だ。


 何かアクションを起こすと自然と注目を浴びる。

 そしてその発生源が俺の場合、俺が注目を浴びることになるのだ。


 目立ちたくない俺にとってそれは都合が悪い。……少し慣れてきてしまっているが。


 あえて美月さんのことで一つ困ることを出せと言われたら、俺は「分かりやすいところ」と答えるだろう。

 喜怒哀楽がはっきりしているというか、なんというか。


 顔に出やすいと言うのが一番正しい気がする。

 おそらくババ抜きをすれば俺は全勝できるだろう、間違いなく確実に。


 それの対応が一番疲れる。


「疲れるって何が?」


 しまった、口に出ていたらしい。

 俺は本を広げ、何ともなく言う。


「別になんもない。気にしないでくれ」


 文庫本を読んでいる、が、隣の膨れ上がった顔のせいでまともに集中できない。


「なんで教えてくれないの」

「……はぁ、これだ」

「えっと……つまり?」


 彼女は分かりやすく疑問を浮かべた顔をする。

 それである。

 いや、少し違うか。それであり、それでない。


 俺は基本先ほどのイケメンと中二病意外とは関わらない。

 自分が愛想がないし口下手だと理解しているからだ。


 たいていの人はここで引いてくれるのだが、美月さんだけは違う。

 今みたいに怒ったり、悲しそうな表情を浮かべるのだ。

 それもとても分かりやすく。


 三回目の席替えまでは俺にも、いつも通りの優等生で清楚なお姉さんのようにふるまっていたのだが、ずばりこんな男に気を遣うことはないと思ったのだろう。


 脱線したが、俺は鋼の心でできた冷徹人間ではない。ここで無視しようとするとちゃんと罪悪感に襲われる。


 よって俺は美月さんと会話することになるので読書ができず、帰宅後の貴重なアニメとゲームの時間を削らないといけないのだ。


「つまりは美月さんも読書をすべきだということ」

「なるほど、じゃあそれの一巻貸してよ。それを読みます」


 これは少しセンシティブな描写があるラノベだ。

 本を破られては困る。先に見せておこう。


「こういうちょっと過激な描写があるが平気か?」


 見せた途端に美月さんは顔を真っ赤にさせる。


「こ、こういうの好きなの……? ふ、ふーん、滝波君はエッチなものが好き……なんだ」


 これだった。

 恥じらっていることが手に取るように分かる。

 女子がそんな風に振る舞ったら一応俺も男なのでドキッとしてしまう。


 だが、俺はきょどりにきょどりまくった挙句、ストンと恋に落ちてしまうようなことにはならない。それはプライドが許さんからだ。


 なので俺は表情を崩さない。

 あいにく、仏頂面は得意な方だ。


 意識していれば何ともなしに返せる。


「いや、アニメとかラノベとかこういうの当たり前だからな。そして俺を変態のように言うな」


 露出度多めのキャラなんて王道アニメにだって出ているが……なるほど、現実世界の話だと変わってくるか。


「そうだよね、ごめん」

「……いや、謝る必要はない。むしろ美月さんは正しい。俺みたいにこの光景が当たり前になったらだめだ」


 すごい申し訳なさそうな顔をされる。

 冗談のつもりだったのだが……失敗したか。


 とにかくだ。俺は彼女と関わると自分のペースが大いに崩れる。

 滝川和人(たきがわかずと)の生き様である「ダラダラ」をすることができない。


 結論を言おう。

 美月さんが俺の隣の席になるということは俺自身のモットーの封印、そしてポーカーフェイスで勝負することを意味する。


 視界が少しぼやけ、視線は下へ向いている。

 少し考えをまとめすぎたらしい。うん、少し寝てしまおう。



「──みくん」


 ……もうちょっとだけ寝かせてくれ。


「──きなみくん」


 いい声だな、相変わらず。

 重たい瞼を開け時計を見る。おい、ふざけるな。ホームルームまであと五分あるじゃないか。


 もう一度瞼を閉じようとすると今度ははっきり声が聞こえた。


「滝波君。そろそろホームルーム始まるよ」


 近い。

 少し横には心配そうに俺を見る美月さんがいた。


「……まだ五分前だ」

「もう五分前だよ。今起きないと絶対先生の話聞けないって」


 別に教師の話などどうでもいい。きっと聞いているのは優等生の美月さんだけだ。

 そう言うと無駄なコミュニケーションを取らなければいけなくなりそうなので、素直に起きる。


 ホームルームでは偶然、庶務係である俺の仕事内容が伝えられた。

 おそらく、起きた直前の頭ならすっぽりと抜けて言っただろう。


「ほらね、起きててよかったでしょ」


 美月さんは得意げに言う。

 明らかに褒めてほしそうだったが代わりにお礼を述べると、子供のように嬉しそうに笑い、

「どういたしまして」

 と言ってきた。


 冬休み前と変わらずおそろしい破壊力だ。

 素直に可愛いと思ってしまった。だが、表に出てなかったらノーカンだ。

 誰にも認知されないので、滝波和人が美月さんにときめいているとは誰も解釈しないだろう。


 そんなことを考えて、ふと横の机を見ると言文の教科書が置かれてた。

 おかしいな、一限目は確か現国だったはずだが。

 時間割を確認したところやはり現国だ。


「美月さん、次現国だよ」

「あ、そっか。危なかったぁ」


 もう一つ俺のモットーがあるなら、「奢られないし、奢らない。借りは返すし、貸しは取り立てる」だろう。


 今のもそうだ。

 でなければわざわざ席を立って、遠く離れた時間割表を見には行かない。


 ちなみに俺はその日の授業の持ち物をリュックにすべて入れるので、例え現国でも言文でも困りはしない。


「ありがとね、滝波くん」

「うむ」

「じゃあ、これ。昨日お姉ちゃんから貰ったお土産の飴。一つ上げるね」

「……いや、いい」


 危ない危ない。つい受け取ってしまうところだった。

 ここだけの話だが、美月さんも借りは作らない主義らしい。


 今回はもう貰わない。借りを返さなければいけないからな。


「そっか……。美味しいから食べてほしかったんだけどな……」


 やめてくれ、そんな悲しげな表情をしないでくれ。これではまるで俺が悪いことをしているみたいではないか。もう、受け取って──いや、駄目だ。落ち着け。ここで受け取ったらまたループするぞ。


「美味しいのに……」

「…………わかった。一つ貰っとくよ」


 美月さんの表情がぱぁと明るくなる。

 本当に単純だな。


 袋をあけ、口に放り込む。

 なるほど、これは確かに美味しい。


 イチゴ味で口に転がせば転がすほど甘さが広がっていた。

 その直後、教室の扉が開きチャイムが鳴る。


「じゃあ、授業始めるぞー……おい、滝波。なにか食べているのか」


 そういえばもう授業が始まるんだったな。

 俺は飴を数回噛んで飲み込んだ後、国語教師にこう言う。


「異常ありません」


 隣の美月さんがものすごく笑いをこらえている。

 他はほぼ全員笑っていた。


「いや、明らかにがりがりって聞こえたぞ。……できるだけ五分前行動を心掛けろー」


 善処します。


 教室内が笑いで少し和んでいたこともあり、今回は何も罰は受けないようだ。

 数分後、さっきまでとは打って変わって教室に静寂が訪れる。


 だが、そんな中ノートをきっちりとっていると思わせて、笑いをこらえている人間が一人いた。

 美月さんだ。


 そんなに面白かったのだろうか? 


「じゃあ、次の段落を……美月。読んでくれ」

「はい」


 切り替えが早い。

 声、声量、発音、スピード、どれをとっても花丸が付くだろう。


 聞き入るとはまさにこのことで、さっきまでこそこそ話していた女子は黙り、寝ていた男子は起き聞いている。


 だが俺はその適応外だったらしい。

 気づけば視界は黒に染まり、声は聞こえても何を言っているのかは聞こえなくなっていた。


 次起きたのは少しの振動を感じてからだ。

 どうやら美月さんが起こしてくれたらしい。


 表情は……明らかに不満げだ。


「まったく、滝波。お前よく寝れるな」


 飽きられるように先生が言う。

 少し注目を集めすぎた。皆が納得する回答は……。

 

「心地が良すぎて眠ってしまいました」


 周りから「なるほど」や「そういうことね」と共感の声が聞こえる。


 これには先生も面を食らったらしい。

 一本取られたとばかりに苦笑した。


「じゃあ、美月の続きを頼む」

「はい……どこ読むんでしたっけ」


 また苦笑された。



 授業が終わり、次の科目の準備をしていると美月さんがジト目でこちらを向いていることに気づいた。


 そういえば寝てしまったのだった。


「私の音読の時寝たでしょう」

「心地が良くてな」


 そう言うと少しニヤニヤしだした。

 本人は隠せていると思っているのだろうか。


「ふーん……そういうことなら許します」


 よし、許しを得た。

 全教科インリュックの俺と違い、美月さんはロッカー保管しているので一度彼女は席を離れる。


 そこで一つため息が出た。

 ……はぁ、本当にこの人には狂わされる。


 結局音読の後はやっぱり寝れなかったし、話し合いの際もちゃんと自分の意見を考えるように促されたし……なんで俺なんかに褒められて嬉しそうにするんだろうか。

 

 俺は窓に反射した自分の顔を見る。

 少し嬉しくて笑みがぼれてないかと思ったが、それは杞憂でそこにはやはり仏頂面の俺がいた。




 


 

 










 

読了ありがとうございました!

少しでも「面白い!」「続きを読みたい!」「主殿、更新ファイト!」



と思ってくださたならブックマーク、広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれると嬉しいです。




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