第42話:逃避
「…………。つけてくる車はないようですね」
俺は沈黙に耐えきれず、とうとう助手席に座るオウにそう話しかけた。
俺とオウはツバキ市から、合星国総領事館のあるフヨウ市に向かっていた。
ツバキ市からフヨウ市までは車で三時間程度であり、すでに中間点程度までは来ていた。
ボアが監視を送り込むのではと警戒していたがどうやらそのようことはなさそうであった。
オウが亡命する覚悟を決めてから、亡命を決行するまではあっという間であった。
オウが公安局長を解任されたニュースは、ツバキ市中を騒然とさせた。武装警官内でも動揺が走ったであろう。
オウは、次の日から淡々と副市長の仕事をこなしていた。もちろん、その裏で、テイを中心に亡命の計画と準備を行っていたのだが。
亡命自体は、簡単な計画だった。オウは今日、教育現場を視察するとして外出する。そして、俺が車でピックアップして、フヨウ市に向かう。それだけだ。
この五日間、最も警戒していたのはオウの暗殺だ。
勢いでオウを首にしたのはいいが、自分の秘密を多く知るオウが裏切らないか、その不安を解消するためにボアが暗殺を差し向けるのでは。
それが最も懸念するリスクであった。
だか、どうやらそれは杞憂に終わったようであった。
「……そうだな」
オウは静かにそう答えた。亡命する時間が迫ってきて、ナーバスになっているのだろうか。
俺はチラリとオウを横目に見た。
オウは流れる景色を見ていた。
最後にこの華の景色を記憶にとどめようとでもしているかのようであった。
「…… シー様は、どこまでこうなることを想定していたのだろうか」
ポツリとオウは俺に答えられないような疑問を呟いた。
「分かりませんが、シー様の様子は、まるで最初からこうなることがわかっているかのようでした」
俺はあの時のシー様の無表情な顔を思い出しながら正直に自分の思ったことを話した。
「ルー、あの時、君は 言わされたのだろう。この計画を」
「…… おそらくですが、そうです。シー様が私に話を振る直前、シー様は、私に思力を向けてました。シー様は、画面越しでしたが、私にはあの場にシー様もいるように見えていました。そして、気付いた時にはあのように話しておりました」
「そうか。私には、そのようには見えなかったな。圧倒的に思力差があると、画面越しでも思力を向けられるというのは、まー、あるのだ」
「そうなのですか……?」
「ああ。もちろん直接思力を向けるのとは雲泥の差だがな。支配者が放送を使って民衆を扇動するのによく使っているよ」
「そうだったのですか」
「シー様は、最初から私を引き入れようと計画していたのだろう。テイを送り込んで、どうやって私を懐柔するか探っていたのだ。そして、偶然、ターニャ様の事件が起こった。それでテイは、私が現場に戻るよう仕向けたのだろう。あの日のシー様は底知れなかったな」
「そうですね。シー様は思力の強さはオウ様やボアのように感じられないのですが、何か別の強さがあるよに感じます」
「フフッ、ハハハ。ルー、同感だか、お前、テイに同じこと言うなよ。だいぶ失礼なこと言っているぞ」
「す、すみません。もちろん、そんなつまりは……」
「いや、いい、いい。ここには私とルーしかいないのだからな。焦って事故らないようにしてくれよ」
「はい」
先程までの沈黙が嘘であるかのように、オウと俺の会話は弾んだ。
「そうだ。ルー、約束は覚えているか」
「え、約束ですか?」
「ハハハ、欲のないやつだな。稽古をしたとき言っただろう。終わったらご馳走してやると」
「は、はい。思い出しました。しかし……」
「まあ、そう暗くなるな。まだルーがボアに一泡ふかせることが出来るのかわからないが、私はルーを信じるよ。だから、フヨウに着いたらいいものを食おう。私だって、華の国での最後の食事だ。付き合え」
「はい、あ、ありがとうございます。しかし、オウ様、服装が」
そう言って、俺はオウの服を見た。オウは男の清掃員が着るような作業着姿であった。
オウは、市庁舎から出る時に、変装していたのだ。
オウと落ち合った時、俺は驚いて、変装の理由を聞いてみた。
オウなら変装なんかしなくてもいくらでもやりようがあるのだから。
「隠密行動と言ったら変装だろう。一度やってみたかったのだ」
オウは、あっけらかんとそう答えた。
「私の場合、現場に駆けつけて、思力でドカーンだろ。隠密の仕事なんてやったことなかったからな。少し憧れていたのだ」
そう言ってオウは豪快に笑った。
これから亡命するにも関わらず能天気だとその時は思ったが、それは、自分を奮い立たせる誤魔化しであったかもしれない。
いずれにせよ、そういう訳で、俺の服装はともかく、オウの服装では高級なレストランには入れそうにもない。
俺の指摘にオウはしばし考えこんだ。
そして、キラキラした笑顔を俺に向けてこう言った。
「ルー、私とデートだ」
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今回はルーとオウのドライブの回です。
とうとう、うだつの上がらない下っ端警官が、超絶美女を助手席に侍らせるまで、成り上がりました。
そひて、最期はまさかのデートのお誘いを受けるという。
なんと羨ましい。
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