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課題2.実験動物の食事を改善できるか

「うーん、栄養状態は悪くないが、少し運動不足気味であるなあ。健康のため運動時間はしっかり身体を動かすように」

 健康診断の結果を見ながら、トレートは至極しごくまっとうな忠告をする。

 それを聞いた恰幅かっぷくの良い中年の男が、殺意に満ちた視線をトレートに向けた。


 アマルガルド国王。もはや実態を失った名ばかりの称号が彼の呼び名だ。


「フン、健康だと? 貴様らに軟禁された身の上で、そんなものに気を遣ってなんになる」

「モルモットの健康状態は良いに越したことはないのである。アマルガルド王家は魔力量の多い血筋だし、使いみちは色々あると思うなあ」

 自分の都合ばかりのたまうトレートに、国王の目付きがますます厳しくなる。


「我々に価値があるというのなら、せめて国民達だけでも解放してもらいたいものだな」

「そんな勿体無い。人間1人が育つのにかかるコストを考えたら、既に育っている人間という貴重な素材を捨てるような真似はできんなあ」

「貴様ァ……!」

 拳を振り上げた国王の腕を、硬質な黒い手が掴む。


「やめておきなよ国王陛下。別に僕はトレート様が殴り倒されようと、そのせいで国王陛下がろくでもない報復を受けようと構わないのだけどね。残念ながら魔王様が僕に刷り込んだ行動規範アルゴリズムが、魔王軍幹部への危害を見過ごすことを許してくれないんだ」

 傍らに控えていたレファイが、子供を諭すような表情で国王を制止する。


「ぐっ……地獄に落ちろ、魔王軍め」

「僕に限ってはご期待に添えそうにないね、落ちるべき魂がない」

「そうかなあ? それだけ高度な自意識があれば或いは」

「ええい、用が済んだら出ていけ!」

 国王に追い出され、居室を後にするトレートとレファイ。

 内側から施錠の音が聞こえるが、トレートは城のマスターキーを持っている上、扉を破壊するのをためらう理由も無いので無意味である。


「では次は一番下のお姫様を……」

「あのさ、トレート様? 色々と突っ込みたいところがあるんだけど」

 人形にはあり得ない頭痛を感じながら、レファイは疑問を投げかける。


「王族の健康状態なんか細やかにケアする必要があるのか、とか」

「貴重なサンプルが病死しても勿体無いし……」

「王族にあんな良い部屋を与える必要があるのか、とか」

「部屋を遊ばせておくのも勿体無いし……」

「そもそも使いもしない王族を生かしておく意味があるのか、とか」

「使い途が色々あるのに勿体無いし……」

「王族に限らず国民の扱いが手ぬるすぎないか、とか」

「労働力兼モルモットを使い潰しても勿体無いし……」

「ならせめてモルモットらしい実験にでも使ったらどうなのか、とか」

「今は特に人間使う実験も仕事も無いし……」

 人体では不可能なほど長いため息を吐くレファイ。


「無いなら作ったら良いじゃないか。とにかく人々を苦しめるなり痛めつけるなりして、負の感情を国中に満たすような実験を」

「だから、そういう無から企画を立案するような仕事、わがはい向いてないのである。君こそ何か妙案は無いかなあ?」

「僕は所詮指示(コマンド)待ち人形だから、そういう能動的な提案の機能はちょっと」

 2人はお互いの視線から「使えない奴だ」という意思を読み取る。が、どちらも一々抗議したりはしない。


 ぐだぐだのやり取りの間に、2人は目的の部屋へ辿り着く。


「定期健診の時間である」

「きゃあ!?」

 予告もなしに扉を開け放たれ、ベッドに腰かけていた姫が悲鳴を上げる。

 頭の左右で赤毛を縦に巻いた少女で、豪奢なドレスが微妙に大きくてサイズが合っていない。


「の、ノックぐらいしなさいよこの変態親父!」

「その程度で体調を崩すほど人間のストレス耐性は低くないから問題ないのである」

「デリカシーの話をしてんのよ!」

「貴様は解剖用のカエルのプライバシーを尊重するのであるか? そこまで高度な変態は魔王軍にもおらんなあ」

「誰が解剖用のカエルで高度な変態よ! 大概にしないとぶっ殺すわよ!」

「貴様らが国を挙げても我らを殺せなかったから今こうなっているのであるが」

「こいつ……! いつまでも勝者の立場が続くと思わないことね……!」

「まあ、そうであるなあ。数百年の栄華を極めたアマルガルド王国も一度の敗北でこのザマであるし」

 ああ言えばこう言うトレートに、赤毛の姫は噛み付かんばかりの表情で戦慄わなないている。


「トレート様、キリがないから哀れなお姫様を煽るのは程々にしておきなよ?」

「……?」

「自覚はないんだね……うん、そんな気はしてたよ……」

 頭を抱えるレファイを尻目に、トレートは検査データの書かれた紙を取り出す。


「えーっと名前は……そうそう、スカービリア・I・アマルガルド。年齢は15、いや先月で16歳であるな。やや栄養失調気味で体重も減少傾向と……食欲不振であるか?」

「こんなもので食欲が出るわけないでしょうが!」

 スカービリア(赤毛の姫)は怒りに任せて緑色の棒状のものを投げつけた。トレートの眼前まで飛んできたそれを、レファイの手が横から掴み取る。


「なんだいこれ……堅焼きパン? なんだか青臭いけど」

「うむ。モンスター開発の副産物で生まれた植物を練り込んである。栽培が楽で栄養価が高いので重宝しているのである」

 レファイは目をすがめ、緑色のパンをちぎって口に入れる。


「君、嗅覚とか味覚とかあるのであるか?」

「大気分析機能と毒見機能の延長でね。……うわっ、不味マズいねこれ。何がひどいって、あくまで食べれる範囲で不味い。食事を栄養補給と割り切ってる人間を10人集めたら、3人ぐらいは常食することを選んで、その後しばらく後悔しそう」

「人間への共感性が人形離れしとる感想であるなあ」

 トレートとレファイのとぼけたやり取りに、苛立たしげに足を踏み鳴らすスカービリア姫。


「3年間、なんとか耐えてきたけどもう限界よ! アマルガルド王国の王族として、全国民の食事の改善を要求するわ!」

「あんまり食が進まないようなら無理矢理ねじ込ますのである。じゃ次」

「なんでこういう時だけスルーしてくるのよ!」

 きびすを返しかけたトレートは、面倒臭そうにスカービリア姫に向き直る。


「貴様らの食事に手間をかけるメリットがわがはいに無いのである」

「食事をボイコットするわ! あんたのモルモットが餓死するわよ!」

「無理矢理ねじ込ますなり、血管から栄養を入れるなり、なんとでもできるのである」

「こ、心を病むかも知れないわ! 自分で言うのも難だけど、こちとら13歳まで甘やかされて育った末っ娘お姫様よ!」

「んんー、まあ確かにそれは少し勿体無い気がせんでもないであるが。壊れるなら実験の結果壊れてほしいのである」

「トレート様、自分の仕事を忘れてないかい?」

「ああそうか、多少心を病んでもらうぐらいの方が丁度良いのかなあ。いや待て、少しぐらいまともなものを与えて慣れすぎないようにする方が総合的には負の感情は増すかも知れんのである……しかしそのためにわざわざ大量の食材を用意する労力が……造るかなあ」

 不意に、トレートの眼に妙な光が宿った。


「楽に増やせる味の良い食品……そういえばこの間エナメールからもらったアレがあったなあ……しかし増やすには時間が……いや問題は魔力の方か……」

「おーいトレート様? 急に自分の世界に入らないでもらえるかな」

 レファイの声が聞こえた様子もなく、トレートは虚空を見上げている。


「だがこんなことに使い潰すのは勿体無い……ああ待て、逆の発想なら……しかしそれで味が落ちないものか……」

「ひっ!?」

 不意にトレートと目が合ったスカービリア姫が短い悲鳴を上げた。

 明らかに人間を見る目つきではない。食材を見る料理人の目、或いは宝石の原石を見る研磨職人の目。


「仮に失敗した場合の損失は……ほぼ無いなあ……うん、やるか」

 パンッ、と大きな音を立てて手を叩くトレート。

 と同時に、部屋の外からドタドタとやかましい足音が聞こえてくる。


「あっ……まあ、構わんであるか」

「何!? なんなの!? 何が来るの!?」

 恐怖に耐えかねたスカービリア姫が叫んだ時。

 部屋の扉を破壊して、扉より一回り大きい継ぎ接ぎ怪人が現れた。


「扉のサイズが足りん部屋に呼び出したのは失敗だったのである」

「見れば見るほど冒涜的な造型だね、この雑用人形」

 眉を寄せる程度で済んでいるレファイと違い、スカービリア姫は真っ青になって尻餅を突く。


「嫌ァァ! ばっ、ばっ、バケモノ!」

「魔導人形をバケモノ呼ばわりは酷いのである。レファイに謝りたまえよ」

「いやだからアレと僕を一緒にしないでくれるかい? 魔王様謹製の強靭な心も傷つくよ?」

「傷つく心なんて繊細な代物をわざわざ搭載する辺り、魔王様の凝り性は筋金入りであるな」

 ズレた受け答えをしながら、トレートは破壊された扉から部屋を後にする。


「さ、そこの素材を運んでくれたまえ、丁重にな。楽しい実験の時間である」

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