課題1.狂科学者に仕事をさせられるか
【アマルガルド王国】の王城に、3年前に設けられたばかりの真新しい区画がある。
その中の一室、異様に広い部屋。
手術用の器具とベッドが整然と並び、魔術的処置を行うための器材も揃えられた、【涜聖のトレート】専用の実験室だ。
そのベッドの一つにゴブリンの死体を横たえ、解剖を行う男がいる。
白髪頭、白衣、不健康に蒼白い肌、と白さの目立つ外見。
若いような、老いているような、妙に年齢の分かりにくい顔立ち。
名を、トレート・アレートという。
魔王軍に侵略されたアマルガルド王国の、現在の主である。
「んんん……やはり遺伝してないなあ。レッサードラゴンの竜肺を移植してブレスを吐かせるまでは成功しても、子孫に遺伝しないのではゴブリンでやる利点がなあ……」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、トレートは腑分けされたゴブリンの死体を調べている。
勤勉な解剖医に見えなくもないが、残念ながらそんな殊勝なものではない。
はあ、と疲れたように息を吐き、トレートは血まみれの手袋を外して振り向いた。
「それで? 魔王様はわがはいに何の用事かなあ」
「気付いていたならもっと早く声をかけてくれても良くないかい? というか、よく僕が魔王様の遣いだと分かったね」
呆れたように顔をしかめたのは、トレートも見知らぬ奇妙な女だった。
いや、女というのは正確ではない。
一糸纏わぬ姿のそれは、関節が球体になった等身大の人形だった。四肢は黒を基調とし、体は紫のレオタードのような配色になっている。
容貌の特徴は水色の唇、水色のショートヘアに赤のメッシュ、左右の目元に泣きぼくろのようにあしらわれたハートと星のマーク。
中性的な顔立ちと平坦な胸部で分かりにくいが、くびれのある華奢な体つきから女性型として造型されたのだろうと分かる。
「明確な自意識を持って受け答えし、違和感のない滑らかさで動く魔導人形。魔王様以外に作れるとは思えないなあ」
「そんなものなのかい?」
「少なくともわがはいでは、言いつけ通りに動く雑用係の人形を造るのが精一杯であるなあ」
へえ、と自分の手を見た人形は、指をキリキリと動かしたり関節を360度回転させたりする。
「……おっと、失礼。まだ挨拶もまだだったね」
ハッとした人形は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
相変わらず魔王様は凝り性だ、などと考えているトレートに気付かず、人形は恭しく一礼する。
「僕の名前はレファイ、お察しの通り魔王様に命を頂いた魔導人形さ。以後お見知り置きを、【涜聖のトレート】様」
「ん、お勤めご苦労。で、用件は何かなあ? もしかして新しいお仕事でも?」
トレートが首を傾げると、レファイと名乗った人形はため息混じりに頭を振った。
「むしろ古い仕事の話だよ。トレート様、あなたが3年前に魔王様から仰せつかった仕事はなんだい?」
レファイは硬質な足音を立ててトレートに詰め寄ると、糾弾するように指を突き付けた。
「それは勿論、この国を負の感情で満たし、【闇の邪宝珠】を生み出すことであるが……」
「その通り。だがこの3年、あなたから魔王様に色好い報告が一向に届いていないと聞いているよ?」
硬く滑らかな材質の指先がトレートの額に当たり、キュルキュルと回転し始める。
「い、いや、ちゃんと進めてはいるとも。邪宝珠の侵食率は47%、最近はペースが落ちているがこの調子なら5年後には……」
「他の国々を任された幹部達は4つ目、5つ目の宝珠に取りかかっているよ。あなただけが突出して仕事が遅いんだ。やる気がないのかい?」
「そ、そう言われても、そもそもこの仕事はわがはい向きではないと思うなあ! 負の感情などと言われてもどうしていいのか分からんのである! とりあえずマズい物を食うのは嫌だろうなあと思ったから、全国民の食事は味の悪い栄養食のみを配給するように……」
トレートの言い訳にもならない抗議に、レファイの語気が荒くなる。
「人間というのはね、味なんて食べてる内に慣れてしまうんだよ! いっそ毒の一つでも仕込んだらどうなんだい!?」
「モルモットの健康状態を無意味に損なうなんて勿体無い! 毒を与えるなら経過観察してデータを……」
「好きなだけ取ればいいから何かしら効果の出ることをしなよ! モンスター弄って遊んでないでさあ!」
「そっ、そんな曖昧なことを言われても、わがはい技術者畑の人間だからそういう企画立案みたいなことは専門外であるからして、適材適所とは言えないと思うなあ!」
あまりに頼りない泣き言に、ガシャンと膝をついて崩れ落ちるレファイ。
「魔王様……何故この人に一国を任せたんだい……?」
「わがはいも変であるなと思ったけど、てっきり仕事は名目で今までの貢献の報奨なのかなあ、と」
「使える人材を遊ばせておくほど魔王軍が暇だと思うのかい?」
「思わんので、中々次の仕事が来ないのが不思議であるなあ、と」
「大雑把すぎる!」
レファイは両手で顔を覆って天井を仰ぎ、糸が切れたように脱力する。
「あー……そういうわけであるから、魔王様には人事異動の提案をしてもらえると……」
「そうもいかないよ。僕は魔王様からこのように仕事を仰せつかっている」
億劫そうに立ち上がったレファイは、胸に手を当て芝居がかった身振りで魔王の声真似をする。
「『トレートにこの仕事ができぬはずがない。魔導人形レファイよ、トレートの目付役としてアマルガルド王国に赴任し、奴が仕事をするようせっついて来い』、とね」
「ええー……魔王様、過大評価はなさらん人だと思っていたんであるがなあ」
「残念ながら僕に拒否権はない。文句があるなら魔王様に自分で上申するんだね」
「わがはいが『できません』と言って魔王様が聞いてくれたことは一度もないなあ」
トレートは諦めたように肩をすくめた。
「仕方ない、少しは考えてみるかなあ。おーい! ここ片付けておくのである!」
と、トレートが手を叩いて呼び出すと、部屋の隅から筋肉質な大男がのっそりと立ち上がった。
「……うわっ、なんだいあれ?」
レファイが顔を引きつらせたのも当然だろう。
並の成人男性の倍近い巨躯、血の通っていない死人のような色の肌、全身に残る継ぎ接ぎの縫い痕。
そして左脇から生えた女の腕と、尻尾のように生えた2本の左脚。
何より不気味なのは頭部だろう。胴体の大きさに対して一回り小さく、右半分が男、左半分が女のもので、真ん中で縫い合わせた痕がある。
「何って、雑用の魔導人形である。君の仲間とも言えるかなあ?」
「やめてくれないか! あれと一緒にするのは!」
「ええー。そりゃあ君ほど出来が良くないから、自意識もないし動きもぎこちないであるが」
「そこじゃない!」
魔導人形の気持ちは分からないなあ、と首を傾げるトレート。
あまりにも冒涜的な外観の魔導人形と、それになんの感慨も抱いていなそうなトレートを見比べて、レファイは苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。
「……あなたが仕事ができなかった理由と、魔王様ができると言った理由が少し分かってきたよ」




