99.馬鹿なふり
「お前な…顔色ヤバいぞ。ちゃんと寝たのか?」
「…………。」
「あー…なるほど。お熱いことで」
「…………そんな訳ないだろうが」
犯人はわかっている。
私が夕べ一睡も出来ずに邸を徘徊する羽目になったのは、あの侍女たちの仕業だ。
あの女ども…空き部屋という空き部屋に鍵をかけ、結局想像通りの部屋だけに寝床が準備されていた。
お前たちはクレアを姫と崇めながら、彼女の身体を何だと思っている。
「はー?なら何で寝不足なわけ?…仕事とか言うなよ。それは人としてどうかと……」
「…拷問」
「はっ!?」
「…寝る。着いたら起こせ」
「お、おお」
あれを拷問と言わずして何という。
あらゆる訓練を受けて来たと自負していたが、まさか自分の邸に落とし穴があろうとは…。
耐えた理由はただ一つ。
私は彼女の完璧な花嫁衣装姿が見たい。その一点のみ。
ドレスのデザインはほぼ固まっている。シンシア・カーソンに邪魔などさせん。
私の持てる全ての権力を使って……技術の粋をこらして……あのベゼルの刺客どもめ………
「おう、お前ら!揃って出勤とは仲良いな」
護衛とザックに囲まれて熟睡など出来るはずも無く、結局いつも通りの寝不足状態で出勤してみれば、朝っぱらから脳を波立たせる顔が目に入る。
「あ、局長おはようございます」
「…おはようございます」
「おう。何だルーカス、連休明けとは思えん顔だなぁ。恋煩いか?」
「全くもって違います」
「そうかー?まぁそっち方面は得意だからな。何でも相談しろ」
「謹んでお断りします」
「クックック」
「…ザック、笑ってないで行くぞ」
いくら仮面だろうが馬鹿の相手などできん。
そう思いながらスタンリー・クルーズの横を通り過ぎようとした時だった。
「お前ら2人、局長室に来い」
「「…は?」」
「…でっけえヤマだ」
ーーー!
前回この男が〝デカいヤマ〟だと言ったのは、あのアンダーソン商会の事件の時だった。
だから今回もそれに匹敵する何かがある。
唯一違うのは、前回が捜査局全員でことにあたったのに対して、今回はなぜか…私とザックだけが呼ばれた点だ。
「今回は、とても……おかしな話だ」
そう言ってスタンリー・クルーズがポケットから何かを数個取り出して、机の上に乗せる。
「…飴…ですか?」
ザックが問う。
「そうだ。おかしな話だろ?」
「「……………。」」
出勤して15分、すでに疲れを感じる。
「局長、さすがに朝っぱらからさっぶい親父ギャグはいりません。何なんですか、これ」
そうだ、早く要点を話せ。
「まあ聞け。俺は甘い物が好きでは無い」
「はあ…」
…そんな情報、脳内のどこにも残さないからな。
「だが嫁は太る太ると言いながら毎日何かしらの甘味を食べている」
「は…はあ…。女の人によくある話ですね」
「そうなのか?…いやそうでは無く、早く要件に入って下さい」
何なのだ、この回りくどい会話は。
「だから言ってるだろう。〝何かしらの〟甘味だと。うちの嫁ですら毎日同じ物は食べん」
……何かを察しろと言う事か。
机の上に転がる飴に目をやる。
「…見せて頂いても?」
「ああ。よく見ろ」
飴を一つ持ち上げる。
女性や子どもが喜びそうな色とりどりの包み紙にくるまれた乳白色の飴。
鼻を近づければ甘い香りと、ほのかにミントの香りがする。
包み紙には、どこか既視感のある模様が……
「ルーカス何かわかったか?」
スタンリーの言いようだと、飴にも何かしらがあるのだろう。
だが今明らかなのは…
「局長、棚の小皿をお借りしても?」
「ああ何でも使え」
局長室に備え付けられている小さなカップボードから小皿を取り出し、包み紙を外した飴を乗せていく。
「…お前、やっぱり几帳面だな」
ザックに言われずとも自覚はある。
机の上に直に食べ物を乗せるなど気持ちが悪い事この上ない。
飴を包んでいた包み紙の皺を一つずつ伸ばして机に並べる。
「…さすがに気づいたな」
スタンリー・クルーズがニヤリとする。
「なんだ、なんだ?」
ザックが並べた包み紙を覗き込む。
「ザック、この包み紙にはとある公爵家の紋章がデザインに使われている。上手く切り取って模様のように見せているが」
「…公爵家?」
私が見間違えるはずがない。
なぜならこれは今一番警戒する相手…
「レアード公爵家の…紋章だ」
「!!」
ならばこの飴の答えも導き出せる。
局長が偉そうに両腕を組んで私たち二人に告げる。
「ルーカス、お前とザックにこの件を任せる。いいな?…あくまでも、おかしな話、だ。さあ、お前ならどう絵図を描く?」
スタンリー・クルーズ……なぜ馬鹿なふりをする。




