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96.秘密の結婚

 豪華な晩餐のあと、盛大な見送りを受けて後にしたエドワーズ侯爵領。

 日帰りの強行日程ではあったが、不思議と疲れは感じなかった。

 戻った首都の侯爵邸でのドタバタを思えば、あちらでの出来事などそよ風のようなものだ。



 ルーカス様の動きは突風のように早かった。

 侯爵邸に戻ると、そこにはいつどのようにして連絡を取ったのか、貴族院の重鎮と紹介を受けた御仁がニコニコ顔で待っていた。

「はい、確かに書類をお受付しました。両名様、御結婚おめでとうございます」

「…ありがとうございます?」

「…ローウェル侯、何度も念押ししてすまないが、これは機密だ」

「はいはい、重々承知してございますよ。私が受付から決済まで1人でやらせて頂きます。…では次。クレア様の貴族簿への名入れと、復籍、爵位の継承ですな。こちらへ御署名を。…はい結構でございます。ではこちらをお二方ともエドワーズと併記…と。はい以上でございます。お疲れ様でございました」

「…ありがとうございました?」

 そそくさと足早にルーカス様の執務室から出て行くローウェル様の後ろ姿が消えた後、ようやく頭の中が騒がしくなって来た。


 …これだけ?これだけなの?

 何かこう…もっと重々しくて手が震えるような緊張感は?

 宣誓したり、心得を暗唱したり、何かこう……無いの?

「ふむ…なかなかに効率化が進んだいい部署だ」

 そ、それだけ?本当にそれだけなの?

「クレア、至急の事でこのような形にはなったが、手順はきちんと踏む。春、君が成人を迎えたらきちんと結婚式を挙げよう。段取りは出来てはいるが、衣装などはこれから……」

「ええと……お任せしますわ」

 とりあえず微笑んだ。

「そうか?ならば結婚式と披露宴に陛下への謁見、それからそれぞれの領地での披露目のパーティー、あとは爵位継承の儀式と披露目のパーティー……」

 や、やっぱり色々あるのね!?

「ル、ルーカス様、その時々でおっしゃって下さい!私きちんとお手伝いいたします!」

「そうか。ならば今夜はもう何もする事は無い。疲れただろう?何か軽く夜食でも頼もう」

「は、はい……」


 今の一瞬が一番精神的に疲れましたとは言えない。

 一瞬の出来事ではあったが、私と彼は法律上クレア・ベゼル=エドワーズ、ルーカス・ベゼル=エドワーズとなった。

 ……誰にも秘密で。


 ルーカス様に手を引かれ踏み入れた居間では、ザックさんがたそがれていた。

「…俺無理だわ。あんなフカフカのベッドで寝たら人間として駄目になる……」

 私はザックさんの気持ちがよくわかる。けれどルーカス様は冷たい。

「何も心配いらない。お前は元から大した人間では無い。たかが寝床が変わった程度で駄目になるなら再教育プログラムに代理申請しておこう」

「けっ、これだから根っからのお坊っちゃまは……。んで?そっちは無事に済んだのか?」

「ああ」

「さいですか。ならお邪魔虫は消えるかな。あー…ルーカスは明日通常勤務?」

「そうだ」

「了解。んじゃクレアちゃん、また…いつか」

「…?ええ、おやすみなさい、ザックさん」


 ザックさんを見送ったあと、お茶を飲みつつルーカス様に聞いてみた。

「ザックさんはしばらくこちらからお仕事へ?」

「そうだな。そのつもりだ」

「…奥様は?」

「ああ、今は国外だ。ザックがここを出る頃には戻るだろう。…盛大に祝ってやらねばな」

「まあ…!ふふ、お二人はやっぱり親友なのですね」

「…は?私とアイツがそんな気持ちの悪い関係の訳が無いだろう」

「…左様でございますか」

 彼は素直じゃない。


 ルーカス様が手に持ったグラスをじっと見つめながら、静かに口を開いた。

「……クレア」

「…どうなさいました?」

「君に……伝えねばならない事がある」

 とても話しにくそうな彼を見て、私は瞬時に理解した。

 おそらくこれからが今日一番の本題になるだろうと。

「…わかりましたわ。ここでは差し障りがございますでしょう?一度部屋で旅装を解いて参りますわ。お部屋に伺えばよろしいですか?」

「…そうだな。では部屋まで送ろう」

「ふふ、わざわざありがとうございます」

「いや、ついでだ」


 2人で私の部屋まで向かい、扉を開けて…また閉めた。

「どうした?」

「え?ええ…と、30分ほどお時間頂いてもよろしいですか?化粧なども落として参ります」

「わかった。私も準備をしておく」

「じゅ、準備…!?」

「え?」

「い、いいえ!それでは後ほど」

「……?」

 頭に疑問符が浮いているルーカス様に頭を下げて、そそくさと部屋に入る。

 部屋を見回すと……やはり無い。

 どこをどう見ても……

 …ベッドが無いのですが?


 ……侯爵邸には、まだ暴風が吹いている。

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