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92.成人する条件

「ベゼル家……」

 ルーカス様が呟いた。

「ルーカス様、あなたが私に出した婚約期間の1年間……あれは私の成人を待って下さっての事ですよね。私、あなたの下さった1年間の意味がもう1つある事にようやく気付きました」

「……そうか」

「ええ…。爵位の継承……ですよね」

 

 王宮に嵐が吹いているのも、構図は全く同じ。

 この国では中世と呼ばれる時代までは、国王陛下の権力は絶大で、王家を中心とする身分の差は、今よりもかなり厳格だった。

 官職は完全なる世襲制。だからそれを乗り越えて地位を手に入れるには、手っ取り早く王家と縁を結ぶ必要があった。

 ……婚姻によって。

 だから王宮には権謀術数がはびこり、何人もの王位継承者が暗殺され、即位する王はどんどん低年齢化した。

 結果、王妃の外戚が権力を握る時代が長くなり、王権はどんどん弱くなった。

 そこで王家の起死回生の策として打ち出されたのが……継承法の改正だ。


「100年前に改正された継承法…まさかそれが自分の身に関係するとは思いもしませんでした」

「…君はやはり賢いな。全てを理解したか」

「どうなのでしょう…。ルーカス様やオリバーなら、もっと早かったと思います」

 ルーカス様が溜息をつく。

「はぁ……。継承法がこんなにも面倒な法だとは考えもしなかった。実際には私の時もギリギリだったのだ。前エドワーズ侯爵…父が亡くなったのは、私が成人した翌週の事だ。私も君と同じで、何も聞かされず、何も知らされず、父は貴族なのだろう、その程度の認識で子ども時代を過ごした」

「!!」

「…王位と同様に、貴族の爵位も成人を迎えねば継承できない。君は何も心配しなくていい。君を子ども扱いした事は無い。無いが……ここは一つ私に守られてはもらえないか」

「ルーカス様……」

 

 ルーカス様の瞳がまるで何かを乞うように熱を持つ。

 彼の気持ちは本当に有難い。だけど…

「ルーカス様、あなたはご自分の立場がわかっていません」

「……似た様な事をつい最近聞いたな」

「ルーカス様、あなたの身に今何かあったらどうなさるのです。これだけの人を抱え、領地を守り、…国も守ってらっしゃるのでしょう?」

「それは……」

「ですから、ベゼルの家は何も出来ないのか聞いております。…私はベゼル公爵家について何も知りません。ですがルーカス様はご存知なのでしょう?ベゼル家は…あなたの役には立てないのですか……?」


 ルーカス様の瞳が揺れる。

 何かを激しく葛藤している事がわかる。

 そして、呟くようにこう言った。

「……ベゼル公爵家は、エドワーズ侯爵家よりも遥かに有能だ。攻守ともに」と。

 そうなのね…。

 ベゼル家は、あなたの役に立てるのね。

 であれば私の選ぶ道は一つ。


「ルーカス様、お願いがございます。…絶対に『はい』と言って下さい」

「…それはお願いとは言わない」

「『はい』以外の返事だったら泣きます。大声で」

「!?」

 大きく息を吸い、彼の左手を取る。

「ルーカス様、私と結婚してください。すぐに」

「は…?」

「『い』です。次は『い』!」

「い…いや、待て、なぜそうなる!あと5か月待たねばならんだろう!」

「いいえ」

「…いいえ?」

「ルーカス様は男性だからあまり考えた事は無いのでしょう?法律上は自分の署名だけで婚姻できるのは20歳以上です。ですが、女性には抜け道があります」

「抜け道…いやしかし、それには……」

「そうです。親の同意が必要です。しかし私のように親がいない場合、後見人がいれば可能なのです。…ルーカス様、結婚した未成年者はどうなりますか?」

 ルーカス様が目を瞑り、頭の中から何かを取り出している。

「……成年として扱われる。あぁ、そうか………」

「法律を逆手に取りましょう。私はベゼルを継げます。そして爵位は夫婦間で預け合う事が出来るはずです。…父に、そう習いました」

「……!」


 ルーカス様の灰色の瞳が瞬きすることなく私を見つめる。

「ルーカス様お願いです。ベゼル家の…父と母、そして私のために、あなただけが危険の矢面に立つような真似はおやめください」

 はいと一言おっしゃって…。

「参ったな……」

「!」

 彼が一つ大きく息を吐いた。

「私は…父の死により大学の卒業を早め、彼の後を継いだ。…正直に言えば、他にやりたい仕事があった。それはもうどうでもいいが、君にはせめて時間の許す限り自由な時間を過ごして欲しいと思っている。その気持ちには一切の偽りは無い」

「ルーカス様……」

「だが、君の申し出は、本当に、心の底から嬉しく思う」

 

 ルーカス様が私の頬を撫でる。

「…父上の最後の贈り物、そして君の人生の選択肢どころか、残り少ない少女時代までも奪ってしまう。…私を許してもらえるだろうか」

「許すも何も…私が望んでいるのです。それに、こういう時こそあの言葉ですわ。あれ……」

 ルーカス様の眉が下がる。

 そして今までに見た事のない柔らかい微笑みが私の瞳に映る。

「…君は本当になかなかの策士だな。…クレア、愛してる。私と結婚してくれ」

「……もちろんですわ」


 重なる唇は決意の証。

 2人で戦う、決意の…証。

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