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91.外堀

「坊っちゃま、せっかくこうしてクレア様をお連れになったのですから、私どもも紹介してくださいな」


 豪華絢爛な居間で、ルーカス様とザックさんがとても場に似合わない小難しくて物騒な話を延々と繰り返していた最中、突如柔らかい女性の声が響いた。


「グレースか、久しいな。ローとリーを連れ出してすまない」

「いえいえ。主家に仕えるのが我らの本分。使ってやって下さいまし」

 う…麗しいご夫人ですわ!背景に薔薇が散っているかのような…!!会話の流れからしてこの方は……

「クレア、彼女はグレース…」

 ルーカス様の紹介よりも素早く目の前に迫った麗しのご夫人に、ガッと手を掴まれる。

「まあまあクレア様!ようやくお目にかかれましたわ!私坊っちゃまの乳母を務めておりました、グレースと申します。朴念仁で鉄面皮の坊っちゃまをバターに変えたと噂のお嬢さま!何とも春の女神のような方ではございませんか!」

「バ、バター…?女神…?あ、ええと…グレースさん、お初にお目にかかります。…もしかして、ローさんの奥様でいらっしゃる…?」

「ええ、ええ!ロードリックの妻でリーヴァイの母のグレースですわ!あぁ…何て事でしょう!あの坊っちゃまがこんな素敵なお嬢様を…!ううう…坊っちゃまは趣味が悪くていらっしゃるから、絶対に顔無しのマネキンか、へのへのもへじのいかんともし難い奥様をお連れになると………」

「………グレース…口を開くな」

「あらやだ、私ったらついつい興奮してしまいましたわ!クレア様、坊っちゃまに泣かされるような事がありましたら私にお知らせ下さいね!…コソ…最も効果的な報復をお教えしますわ……」

「…!」

 センブリ茶以外の武器…これは聞く価値のある情報なのでは…。


「前置きが長くなったが、この邸の女性使用人はほとんどが先ほどの私兵の妻や娘達だ。グレースには今は使用人頭としてここを取り仕切ってもらっている。…君の下に付く者達だ」

 ルーカス様の言葉が終わるや否や、総勢数百名はいようかという女性達がビシッと整列し、いっせいに頭を下げる。

 そしてグレースさんが先ほどまでの声音とは打って変わって落ち着いた低い声で口上を述べる。

「旦那様、ようこそのお帰り、一同お待ち申し上げておりました。そしてクレア様、御目通り叶う日を心待ちにしておりました。私ども皆クレア様の手足となり誠心誠意勤めて参る所存でございますので、何なりとお申し付け下さい」

「………!!」

 あまりの事に頭が真っ白になっていると、ルーカス様から声がかかる。

「…声をかけてやるといい」

「!!」

 声を…?私がこの方達を使う…?

 それでも動けない私の側にルーカス様が寄り添って耳打ちする。

「…私の妻となってくれるのだろう?…船で君から聞いたあの情熱的な告白は……」

「!!」

 ガバッと立ち上がって女性達の方を向く。

「…皆さまの温かい心遣い大変嬉しく思います。これからよろしくお願いしますね」

 …とりあえず今の私に可能な限り微笑んでこの場をやり過ごした。

 

 隣を見ればルーカス様がクックックと喉を鳴らして笑っていて、正面を見るとザックさんが私を可哀想な目で見ていた。

 やっぱりおかしいと思ったのよ!だってまだ私は婚約者の身だもの。

 …もしかして、これは外堀を埋められている…のかしら。

 そんな事しなくてもあと5か月ちょっとで…5か月たてば私は成人。成人する事の大きな意味は……。

「…ルーカス様?少々お伺いしたい事がございます」

「なんだ、怒ったのか?」

「いえ、わたくし…大きな見落としに今気づきましたの」

 ルーカス様が右手を上げ、サッと人払いをする。ザックさんが空気を読んで真っ先に部屋を出る。

 …かなりの処世術だ。

 

 私が昨夜から感じていた一つの不安。

 これほどまでにルーカス様が警戒心を持たなければならない相手に対して、恐らく彼はエドワーズ家だけで立ち向かおうとしている。

 ザックさんは仕事の関係者というよりは、個人的繋がりでここにいる気がする。

 だとするならば……

「正直におっしゃって下さい、ルーカス様。父の事件、それから昨夜の事件……エドワーズ家だけで解決されるおつもりなのでしょう?」

「……………。」

 ルーカス様の表情は変わらないが、私を見つめるその瞳が物語っていた。

「…勝算はおありなのですか?」

 ルーカス様が溜息をつく。

「…君に無用な心配をかけるつもりでは無かったのだがな。事を急きすぎたか……」

「そうではありません。私が言いたいのは……この件を、エドワーズ家に負わせるのはおかしな事なのではと…」

「…クレア、何もおかしな事では無いのだ。君が気に病む必要は……」

 私は首を横に振る。

 だって、命を落としたのは私の父と母でしょう?

「動くべきは…ベゼル家…では無いのですか?」

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