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90.侯爵家の人々

「前列左から順に、アダム、ベンジャミン、チェスター、ディーン、エリオット…………」

「は、はい、クレアです。皆さまよろしくお願いいたします」

「隊列入れ替え。次の列、左から順に………」


 エドワーズ侯爵領…グラント州西部の広大な緑地の中に、周囲を湖に囲まれた巨大な邸宅いえ、もはや城とも呼べる建物がそびえ立っていた。

 言わずもがな、エドワーズ侯爵家のカントリーハウスである。

 あんぐりと開けた口を閉じる事が出来ないまま、湖の中心にかかる跳ね橋を渡った先にある壮麗な城。

 ズラリと並ぶ使用人と思しき人々のアーチをくぐり足を踏み入れたそこは、御伽噺の王子様が片方だけ残されたガラスの靴を持って佇んでいるのではないかと思うような空間だった。


 しかし私を待っていたのはそのようにロマンチックな展開では無い。

 100名近くはいるだろうと思われる黒服軍団の紹介を受けている真っ最中だからだ。

 …ルーカス様がどう考えても爽やかスマイルの王子様という柄では無いから致し方ない。


「クレア、とりあえず一通り頭に入ったか?」

 ルーカス様が信じられない事を言う。頭に入ったか?…入るわけないでしょう!?もしこの短時間で頭に入るような脳をしてたら『可』のパレードなんてお見せしませんわよ!

「…ホホホ、どうでしょう?」

 微笑んで誤魔化してはみるが、ルーカス様の目がジトっとしている。

「…やはり無理があるか」

「ホホホ……」

 少し腹が立つが、その通りだから仕方ない。

「そうだな…。要はこの先君の前に現れる人間がいたとして、もしその人間が私に関わりがある素振りを見せたら今紹介した者以外は偽物だ」

「!!」

「あとはタウンハウスの使用人と、ローとリーの親子、あとは……」


 ルーカス様がそこまで言いかけた時、玄関ホールに大きな声が響いた。

「てめぇルーカス!一体何だってんだよ!風呂入ってる最中にこいつらに無理矢理車に押し込まれて……」

 上半身裸の茶色い髪の男性…。

 そしてルーカス様に対してこの遠慮のない物言い。

「…ザックさん?」

「あれ?クレアちゃん?…おいルーカス、説明しろ」

「クレアに変なものを見せるな。服を着ろ。それから言い直せ。勝手に私の部屋の風呂を使っている最中に、だろう」

「はあ〜!?俺の鍛え上げた体のどこが変なものだぁっ!?」

「汚物だ。目が腐る」

「こんの……!!」


 なんでしょう、このお二人は。

 同僚…よりは親密な関係のように思えるけれど…。

「まあまあお二人とも落ち着いてくださいまし。ザックさん、昨夜ぶりでございますね。それにしてもお二人は仲が良くてらっしゃったのね。一緒にお風呂に入られるなんて」

「「はっ!?」」

「…そういうお話では?」

「いや待て!何だその誤解は!!」

「おえええええっっ!キモい!キモすぎる!!」

 ……違ったのね。違ったのだわ。


「…ごほん、改めて紹介する。彼らはエドワーズ侯爵家に仕える私兵だ。護衛や…その他諸々を生業とする」

 ルーカス様が指し示す場には、相変わらずビシッと一分の隙もなく整列した黒づくめの男性達が並んでいる。

「君に付けているローは、正しくはロードリックと言って、私兵団の取り纏めをしている」

「まあ!私…そのような方を散歩に付き合わせておりましたの…!?」

 畏れ多い事この上無いのでは…!?

「構わん。今やこのエドワーズ家に君以上に守る価値のある人間などいない」

「で、ですが…」

「なになに、お前これだけの人数の面通ししようとしてるわけ?頭悪いんじゃねえの?」

「…何だと?」

「いや違うな。頭良すぎて馬鹿なのか」

「………ほう。ならば普通の頭のお前ならどうするというのだ」

 

 この二人は…親友…なのかしら。きっとそうね。ルーカス様もザックさんの前では遠慮なく素を出している気がするわ。

「こうするに決まってるだろ。はいはーい皆さん前列から順番にいきますねー。はい笑って笑ってー!はいパチリ、と」

「「!?」」

「あれ?みんな笑わない感じ?まあいいか。じゃあ次の列ー!」

「ザックさんって…すごく頭のいい方なのですね…!」

「……………。」

 そして上半身裸なのにカメラを持って来るところに並々ならぬプロ魂を感じる。


 ただ、ザックさんのおかげでとりあえずの急場はしのげたけれど、ルーカス様の心配は解消された訳ではない。

 …ちゃんと皆さんの顔を覚えなきゃ。私が足を引っ張るわけにはいかないもの。

 と決意したものの、結局私が皆の顔を覚えたのは、この場にいなかったオリバーよりあとだった。

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