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88.変化の朝

 朝目覚めれば、彼の姿が無いであろう事は予想の範囲内だった。

 几帳面な彼らしく、無駄な物が何も無い部屋のベッドの上で身を起こし、次に彼に会えるのはきっとまた一月後だろうと思ったものだ。


 とても悪いことをした後の子どものような気持ちでコソコソと自分の部屋に戻り、何食わぬ顔で使用人の朝の声かけを待ってみた。

 …まあ、全てが筒抜けだった事はすぐに分かったけれど。

「クレア様、お支度手伝わせて頂きますね」

 いつもと様子の違う様子のメイドのエイダさんが珍しくニッコリと私に微笑む。

「したく…ですか?」

「ええ。私どももようやく堂々と主人に仕える事が出来て喜んでおります」

「え…?」

「さあさあ、まずは朝のお召し替えですよ。お前たち、クレア様の身支度を」

「「はっ!」」

 どこからともなく現れる二人の女性。

「お顔拭かせて頂きま〜す!パックは薔薇の香にしました!」

「えっ!」

「さあ、おみ足を。お体拭かせて頂きます」

「ええっ!?」

「ささ、夜着は取り去りましょうね」

 な、何が起こっているの…!?

「クレア様……もうお側に侍らせて頂いていいのですよね…?」

 立ち並ぶキラキラとした6個の瞳…

 これは…もしや……


「なーんだ、つまらないですー!」

「エドワーズ侯ヘタレですね」

「これお前たち、仮にも邸の主人に向かって何という言いようです。…しかし本当にいつまで待たされるのか……」

 どうにかこうにか皆さんを説得して、着替えは1人でさせてもらえる事にはなったのだが、いかんせん衝撃が強すぎて頭がまともに働かない。

「あの…エイダさん…」

「エイダと呼び捨てに。何でございましょう、クレア様」

「ええと、皆さまは…」

「私どもはメイドではございません。侍女です」

「侍女…」

「ええ。私ども3人はあなた様に仕える身。この邸にクレア様がいらっしゃった時に雇われたのです」

「え?」

「正式に御成婚となったあかつきには名乗り出ても良いという約束でしたが……」

「私たちもう待てないのです!今にも怒りのナイフが飛び出しそうです!」

「このままだとエドワーズ侯に媚薬を盛るしか……」


 …話が全く見えないけれど、この3人の女性は……

「エイダ…それから…」

「リンジーです!」

「ゾーイです」

「リンジー、ゾーイ…。あなた方は……」

「エドワーズ侯爵家ではなく、クレア様個人にお仕えする身でございます」

「ーー!!」



 そして驚く事というのは立て続けに起こる。

「ああ、おはよう。よく眠れたか?」

「ル、ルーカス様…?」

 次に会えるのは一月後だと覚悟していたはずの顔がそこにある。

「しばらくは邸で寝起きする。…常に顔を合わせておくのは難しいが、互いの状況はすぐに把握出来る様にしておこう」

 朝食の席でルーカス様がそう述べた。

 柔らかい口調ではあったが、相当な警戒心を持つべき危険な状況なのだと理解した。

「…わかりました。お心遣い感謝いたします」

 そう御礼を言えば、彼が微妙な顔をする。

「そういう意味では無い。…言葉の選び方が難しいな。そうだな…私が一日に一度は君の姿を見たいのだ」

「!!」

「元気だろうか、変わりないだろうか、そんな事を考えて過ごすくらいなら会いに帰った方が早い」

 何の躊躇いもなく、ルーカス様がそんな事を言う。


「ですが、お仕事は…?」

「ああ、私もそろそろ人を使う事を覚えねばならんと思ったのだ。…人を増やす」

「人を…?」

「ああ。パーティーの翌日ではあるが、体が動きそうならば今日一日付き合ってもらえないだろうか」

 返事は当然、決まっている。

「ルーカス様。私、だてに働き詰めだったわけではありませんわ。体力にはかなり自信がありますの」

 そう言って微笑めば、彼も少しだけ口角を上げる。

「そうだったな。では、そこで今にも私に飛び道具を仕掛けて来そうな女性陣に身支度を頼むといい。行き先は…エドワーズ侯爵領だ」

「!!」

 エドワーズ…侯爵領…!

「たくさん食べて頭に栄養を行き渡らせておくように。今日は本当に…記憶力が必要だからな」

「え」

「出発は…1時間で行けるか?」

 ルーカス様が私の後ろに控えるエイダさん達の方を見やる。

「当然。我らはプロでございます」

「ならばそのように。ではクレア、後で」

 そう言ってこめかみに一つキスを落として立ち去るルーカス様。

 何となくだけれど、彼の雰囲気が今までと大きく変わった事を感じながら、まだ見ぬ侯爵領へと私の心は旅立つのだった。


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