84.誕生日の夜 後編
父には秘密があった。
少しずつ解けていく、沢山の秘密が。
だけど母にもやっぱり秘密があった。
永遠に、葬られるはずの秘密が……。
「湖で……私が話した事を覚えていらっしゃいますか?」
「…ああ」
あの日、彼に話した母のこと。
「私は、何も例え話をしたわけではないのです」
「…え?」
「私は8年前、誰にも内緒で、あの湖の家に母に会いに行きました。……思春期に差し掛かり、色々と女親が恋しい時期だったのですわ」
肩をすくめると、彼が少し決まり悪そうな顔をする。
「あ、ああ」
「そこで、少女のようにはしゃぐ母と、その隣で母に笑いかける、あの恋人を見たのです」
サラサラの金色の髪を風になびかせる、青い瞳の彼を…。
「母は……お腹が…大きかったのです。やや、ですが」
「!!」
「…あまりにもショックで……行かなければよかった、知りたくなかったと、何年も何年も後悔して……」
それから私は母と会話する事を拒否した。
ふとルーカス様を見ると、驚愕で顔が凍りついている。
「…ルーカス様はよくご存知ですよね。例え母のお腹の子の本当の父親が誰であれ、生まれて来た子は…父の子どもになる事を。私はまだ幼くてそんな事一つも知らなかった。ただ怖くて、悲しくて……父にも話さなかったのです」
ルーカス様が蒼白な顔で言葉を絞り出そうとしている。それも当然だと言える。
ベゼル家が貴族であるとして、仮に母が生んだ子が男児であったなら、爵位は……爵位は、男子優先、だから。
「そ…その子は………」
ようやくルーカス様から言葉が発される。
私はゆっくりと首を振る。
「生まれなかったのだと思います。私、その3か月後の新年の挨拶で母に会ったのです。お腹が薄くなった……」
「生まれなかった………」
思い出の中の、完璧なのにどこか悲しそうな母の笑顔を脳裏に浮かべる。
「母は少女のような人でした。花が似合う、まさに御令嬢といった…。ですが、娘の目から見ても幼い人でした。父と母が夫婦としてどうだったのか、子どもの目線からだけでは分からない事もあります。ですが…少なくとも父は…母に…関心が無かったのだと思います」
「…クレア」
「大切なものを守るために、隠し通さねばならない事もある。だけど、その隠し事のせいで全てが土台から崩れたら何の意味も無い。今日…そう思ったのです」
愉快な話では無いし、死んだ人間の過去を明らかにすることほど品の無い事はない。
ただ…あなたが父を慕ってくれていて、彼を完璧な人間だと思っているのなら、そうでは無い父を知っておいて欲しい。
父のように一人で全てを抱え込んで、本当なら味方であるはずの人間に、足元を掬われるような事にはなって欲しく無い。
そう、ここまでは頑張って平静を装っていたのだけど、そろそろ色々限界だわ……。
なぜ私は彼に抱きしめられているのかしら。
だいたい今の彼は、もう本当に、こう、理想をぎゅっと詰め込んだ感じなのよ。
お風呂上がりの無造作な髪、少しクルっと巻いた毛先、そして極め付けは…眼鏡!
そんな彼の腕の中は、温かくて、いい匂いがして……
「はっ!ル、ルーカス様、そろそろ離して下さいませ…!」
「断る」
「こ、ことわる…?ですが私もう色々と…主に脳と心臓が…」
「何ならもう少し密着したいところだ」
「…!!」
「…が、今夜は自重する。君にとっては心に負荷のかかる1日だった。…申し訳なかった」
「…なぜ謝られるのです?」
「船でも言ったが、私は選択を誤った。誤った結果、君を、カーソン一家を危険に晒した。自分一人で何でも出来ると自惚れていたのだ。…実際には、君が皆を救い、そして…一人傷ついた。…私の判断ミスだ」
「ルーカス様…」
「君の贈り物は私に大切な事を教えてくれた。私が忘れてはならないのは、何のために秘密を守るのか、だ」
「…それでは、私に話してくださるの……?」
「そうだな……」
ルーカス様がじっと私を見つめる。
「ルーカス様…?」
「…よく考えたら、秘密はもう無い」
「え」
「残っているのは約束だけだ。約束は守らねば」
「……………。」
なるほど…。
彼は常に一枚上手という事ね。
「はぁ……。わかりましたわ。おそらくその面倒な約束をした相手は、とても性格に難があるのでしょうね。…そんな人間の残した品などお嫌でしょうが、こちらが本物の贈り物ですわ」
私はガサゴソとポケットから小さな包を取り出し、ルーカス様の手の平に乗せた。
「…これは」
包を開いたルーカス様が少し驚いた顔をする。
「父が残したネクタイピンですわ」
「…大切なものではないか」
「全く。私がネクタイをする機会などございませんし、おそらくそれには…ルーカス様の大好きな秘密が隠されていますわ。でもお教えしません」
「!!」
「ああ…私は秘密を持たないと言いましたわね。秘密ではありません。…謎解きですわ」
「ほう…仕返しか」
眼鏡の奥で彼の瞳が妖しく光る。
「あいにくだな。…私は何事も守るより暴く方が得意だ」
「え?」
ルーカス様が私を横抱きにすると、スタスタとベッドまで運んでトスっと落とす。
「え!?あの、今日は自重すると…」
「何をどこまでとは言っていない」
「!?」
「…さあ、始めようか」
眼鏡を外して妖しく微笑む彼は、なるほど、鬼だった。




