83.誕生日の夜 前編
長い1日だった。
船上パーティーからエドワーズ邸に戻り、湯船に浸かりながらぼんやりと今日という日を思い出していた。
初めて出会った貴族たち。
そして王家に連なる公爵たち。
父があの世界で生きていたなんて今でも信じられない。
母は知っていたのよね……。私だけが知らなかった。
…知らされなかった。
でもその理由も今となってははっきりと理解できている。
オリバーが言っていた事は、恐らくほとんど正しい。
…私はこれからどうなるのだろう。どうすればいいのだろう。
マクミラン公爵の様子から察するに、ベゼル家が取り潰されたという雰囲気ではなかった。
父亡き今、ベゼルの家は誰が面倒を見ているの?
…父と母以外に親戚はいるのかしら。どうして誰も私の前に現れなかったのかしら。
誰も……そうね、だからあなたが現れた。
ルーカス様、あなたはどうしてこんなに私に良くしてくれるのかしら。
今日一日で起こった事だけを思い返してみても、私には面倒な荷物が山積みでしょう?
これをあなた一人が背負っていたのかと思うと、隠されていた事に対する怒りなんてものはわかなくて、ひたすら申し訳なかったの。
きっとあなたが抱える隠し事の半分は、父があなたに背負わせたのでしょう?
投げ出そうとは思わなかったの?
人は自分の人生を生きるだけでも大変なのに。
あなたとのお見合い話が来た時に心に浮かんだのは、『またか』ただそれだけ。
きっとお爺さんか…お爺さんに近い人だと思ってた。だから貴重な老後資金を私みたいな不良債権の固まりにつぎ込むことは無いと思って、資料だって作ったし、練習だってして臨んだの。…釣書を読めば済んだのに。
現れたあなたは想定の半分くらいの歳の男の人だった。
……実際にはもっと若かったのだけど。
にこりともせずに鋭い目を光らせて、楽しい話をするでもなく、じっと私の事を観察していた。
最後にあなたに告げた条件は…あなたにだけ、付け加えたの。
何としても断って欲しかった。
若いあなたと結婚したら、きっと何十年も家族ごっこをする事になる。両親が亡くなってようやく解放された虚しい家族ごっこをまた繰り返す事になる……そう思ったの。
考え事の途中で湯船から出て、夜着に袖を通しながらふと鏡越しに時計を見る。
今日もあと15分で終わり。…今日が……終わる?
「しまったわ。私としたことが贈り物を……」
彼に渡すのはあれだけでいいのだろうか。
今だからこそ、伝えた方がいい事があるのでは……。
常識外れな時間だとは思ったが、私の足は彼の部屋を目指していた。
彼女が私の私室を訪ねて来たのは、怒涛のカーソン家の船上パーティーから邸に戻り、ようやく今日が終わろうかという時刻だった。
眩いほどに美しかったドレス姿から、風呂上がりの濡れた下ろし髪と夜着姿に変わった彼女は、はっきり言って目に毒だった。
『夜分に申し訳ございません。私、お誕生日の贈り物をお渡しするのを失念しておりました』
そう言いながら扉の前に立っていた彼女。
彼女にとっては、両親の死の真相を知り、そして自らと友人家族の命の危険に触れた衝撃的な一日だったに違いない。
だから私はこの状況に理性を総動員しなければならないし、彼女からの祝いの品を受け取った後は彼女を部屋まで送らねばならない。
…はずだったのだが。
「まあ……何も物が無い?ルーカス様らしいですわね」
こうして部屋に招き入れた私は絶対に愚か者だ。
「何も無いわけではない。…目に見える所には置かない主義なだけだ」
「…ああ、すごく几帳面ですものね。私あんなに不思議なクローゼットは初めて見ましたもの」
「…クローゼット?」
「ええ。色別、形別に整然と並んだ……あ、秘密でしたかしら」
もしや…官舎の…例の着替えの時……
「秘密…では無いが、その前後の記憶は消して貰えるとありがたい」
羞恥心で心が折れる。
「ふふ、善処いたします」
「……………。」
「そうそう、お誕生日プレゼントですが、私の秘密を1つお裾分けに来ました」
そう言って微笑む彼女は、きっと何か様々な事を覚悟したに違いない。
…そういう眼差しをしていた。
「ルーカス様、私はあなたに隠し事をしない事に決めました」
出だしの彼女の言葉に戸惑う。
「…それでは不公平だろう。私は……」
「いいえ、私の事をあなたが知っていてくれればそれでいいのです。……それがあなたの秘密を守る事になりますから」
彼女の話はやや哲学的で、私にはこれから語られる彼女の話が全く予測出来なかった。
「ルーカス様は、父と同じ秘密を持っている。…父の秘密を守ってくださっている、が正しいのでしょうか。私はそれを知っている。その事は私の両親とは決定的に違う所なのです」
「母上……か」
「ええ…。残念ながら、両親の死には二人の不仲も少なからず関係したと思います。もちろんベゼルの家名の秘密が根本だという事は理解しております。…ですが、二人は、お互いの事をあまりにも知らなさすぎたのです」
淡々と彼女が語ったのは、あまりにも衝撃的で、ベゼル家の根幹を揺るがしかねない事実だった。




