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82.二人の公爵

「本日は我が家の叙爵を祝う会に御足労頂き、誠にありがとうございました。私は、カーソン商会会頭セドリック・カーソン。以後お見知り置きを」

「同じくシンシア・カーソンですわ。よろしくお願いいたします」

「オリバー・カーソンです。よろしくお願いします」


 カーソン家の笑顔は完璧だった。

 さすがは生き馬の目を抜く商売人の世界を駆け上がって来た人達だ。

 本当に完璧。相手は序列でいうならばこの国の最高位。

 現国王陛下の兄上……王兄だ。


「いやはや主催者に出向かせて悪かったのぉ。アラスター・レアードじゃ」

 にこにこ顔で名を名乗る公爵に全員が困惑したが、顔には出さずに頭を下げた。

「それにしても素晴らしいパーティーじゃ。流石はカーソン商会よ。エドワーズも目の付け所が違うのお!」

 アラスター・レアード公爵。いかにも好々爺と言った感じの恰幅のいい老紳士。

 ルーカス様の言葉を借りるならば、私たちは喧嘩を売りに来たはずだった。あくまでも穏やかに…そう、知恵比べの延長として。


 ここに来る前の控え室で、ルーカス様はこう言った。


『皆さんには、見極めて頂きたいのだ。…違和感を』

『違和感ですか?』

『そうです、セドリック殿。私は長く貴族として生活してきたばかりに、貴族同士が交わす挨拶や社交辞令に慣れてしまっている。おそらく、皆さんよりも違和感に対する感度が低い』


 …でもきっと今の状況にはルーカス様の方が違和感を感じていらっしゃるわよね。

 だって、公爵閣下が先に名乗られるなんて……。

 

「レアード公爵、こうしてご挨拶させて頂くのは初めてですね。ルーカス・エドワーズです。もはや改めて述べずとも全てご承知と見えるが、エドワーズ共々カーソン商会を是非ともよしなにお願い申し上げます」

「わかったわかった!我が家もその方とは喧嘩しとう無いからな。是非とも仲良くやろうではないか」

「ええ」

 二人がガッチリと握手を交わす。

 そしてレアード公爵の視線が私に向く。

「今夜はまた美しいおなごを連れておるのぉ…。なんじゃ、その方の連れ合いか」

「ああ…いえ、婚約者です」

「ほう…!エドワーズは何処ぞのおひい様を娶られるか。こりゃ別嬪じゃ!さすがよのお!いやはやめでたい!」

「ありがとうございます」


 何事も無く、ただひたすら和やかに終わったレアード公爵への挨拶。

 和やかすぎて、戸惑っていた。

 ふとオリバーと目が合えば、彼が肩をすくめて見せる。

 私もよ、オリバー。…まるで何もわからないわ。



 次に挨拶に伺ったのはマクミラン公爵。彼は陛下の従兄弟にあたる。

 はっきり言えばレアード公爵とは対照的だった。

 纏う雰囲気は陰気そのもの。痩せ型で神経質そうな中年の男性。

 カーソン商会の挨拶の後に、ルーカス様はしっかりと名乗って、胸に手を当て頭を下げた。

「ルーカス・エドワーズです。若輩ながらカーソン商会の後見を務めさせて頂いております。以後、よしなにお取り計らい下さい」

「ああ…噂は聞いている。若いのにやり手だと。…さすがはカーソン商会。時勢を読む力に長けている」

「お褒めに与り光栄です」

 セドリックさんの台詞を聞きながらも、マクミラン公爵の視線は私から一切離れなかった。

「……………。」


 一瞬沈黙が場を支配する。

 その雰囲気を保つようにルーカス様が静かに口を開いた。

「マクミラン公爵、こちらは私の婚約者です。是非ご挨拶させてください。…クレア嬢」

「は…はい!」

 初めての正式な挨拶だった。

 あの控え室から出る時に、『君が名乗るべき時は合図をする』と耳元で囁かれてはいた。

 だけどそれだけじゃない。本当に、このパーティーが始まってから初めての挨拶だ。

 心臓がトクトクする中、スッとドレスを両手で摘み、腰を落として目線を下げる。

「…クレア・ベゼルと申します。以後お見知りおき下さい」 


 大丈夫かしら…不手際は無かったかしら…そんな考えが頭の中をよぎっていくが、いつまで待っても返らない言葉をさすがに不思議に思う。

 チラッと見上げたマクミラン公爵の顔は、まさに蒼白と言った言葉が相応しく、茫然自失といった状態だった。

「……お、お直り下され!非礼をお詫び申し上げる!誠に申し訳なかった。私はイライアス・マクミラン。まさかベゼル公の御息女にお目にかかるとは夢にも思わず……」

 ベゼル…公、ベゼル公…?

 公爵……?

 父は……公爵…だった…!?

 

「あ、いえ…お気になさらずに。父をご存知なのですか?」

「あ、ああ、もちろんだとも。まさか…エドワーズ侯爵とベゼル公の御息女が御婚約とは、これはまた……」

 マクミラン公爵の狼狽ぶりはかなりのものだった。

 ルーカス様が辞去の挨拶を述べる際にも、『また改めてご挨拶させて頂きたい』と繰り返し繰り返し口にしていた。

 微笑みながら踵を返す私の肩を、ルーカス様はずっと優しく支えてくれていた。


 結局母の元恋人の姿は見つけられず、どちらの公爵のところへ消えてしまったのかは分からず仕舞いだった。




 最大の山場を終えホッとした顔のカーソン一家の面々は、このあと最後の主催者挨拶までをやり切り、豪華絢爛な船上パーティーは人々の大喝采と、打ち上げ花火をフィナーレに終幕した。

 私とルーカス様は、メインホールで鳴り響く雷鳴のような拍手と、目の前で打ち上がる花火の音を聞きながら、ただただ黙って光の舞を見ていた。

 私たちに立ち塞がる困難を少しだけ忘れて、夜空に咲く光の花を見ていた。

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