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80.海風

「向こうは…君に気づいていた?」

「…わかりません。彼が私を知っていれば…あるいは」


 控え室でこれからの進行を話し合うというカーソン一家から離れ、私たちは控え室の扉から甲板へ出て密談を交わしていた。


「私は厄病神のようなものですわね…。楽しいパーティーだったのに……」

 自嘲気味に呟くと、ルーカス様の顔にはわかりやすく怒りが浮かんでいた。

「…二度とそのような事を言うな」

「え…?」

「皆君に感謝することはあれ、責める人間など1人もいない」

「……………。」


 煌めく星空と目の前をゆっくりと過ぎる夜景の中で、彼が何かを決心したように言葉を発した。

「私は君に隠し事をしている。…たくさんの、隠し事を」

 ルーカス様の横顔をじっと見つめながら、彼の独白にも近い言葉を聞いていた。

「君を守りたい、ずっとそう思ってきた。君から全てを遠ざけて、安全な所にさえ置いておけば守ってやれると思っていた」

「ルーカス様……」

「だが今回の件ではっきりと分かった。…君は何も教えられなくても、些細な違和感から危険を感じ取る。君は何も聞かないけれど…何も気づいていないわけじゃない」

「…………。」

「最初から正直に言うべきだった。最初から君に協力を仰ぐべきだった。かえって…君の身を危険に晒してしまった」


 ルーカス様の瞳が昏い色をたたえる。

「毒物は…まだ成分までは特定できていない。だが私には確信がある」

「確信…」

「ああ。君の気づきが無ければ、カーソン家には命の危険があった。もちろん君にもだ。…細心の注意を払っていた。船上の飲食物は厳格な検査の上、信頼できる者に給仕をさせた」

 

 ああ…やはりそうだった。

 ようやく確信に変わった。

 どうして彼が私に父の事を隠すのか、どうして私の事をこんなにも過剰に守ろうとするのか……

「…毒物は、水から……いえ、もしかしたら…氷から出たのですか?」

「そうだ」

 はっきりとした口調だった。

「父と母は……殺されたのですね………」

「………そうだ」

 

 体中に海風が吹き付ける。


「このような場で伝えるべきことでは無いと重々承知している。だが…敵にはそのような情緒も見境も無い。もはや場を選んでいる状況では無いと判断した」

 ルーカス様が私を見つめる。

 鋭い灰色の瞳では無く、力強く、炎がたゆたうような瞳で。

「私は、君のご両親を亡き者にした人間を追っている。…そしてその人間は、自分の権力が及ばない存在を闇に葬る。私は絶対に負けられない。泥を舐めても、地面を這いずり回ってでも、必ず勝たなければならない。…君を泣かせてでも」


 頬をいく筋もの涙がつたっていく。

 だけどこれは悲しみの涙では無い。

 ようやく訪れたこの瞬間への、歓喜の涙。


「ずっと…ずっと待っておりました。両親の死を…事故ではなかったと言ってくださる人が現れることを。理不尽さを受け流し、悲しみも悔しさも飲み込んで参りました。父の教えをひたすら守って参りました。……微笑めと」

 ルーカス様が私をぎゅっと抱きしめる。

「…私は君に父上と同じ事をさせる。身を守り、敵を欺くために微笑むんだ。微笑んで…心を凍らせるんだ。私が…必ず、溶かすから。たくさん泣かせるだろうが……」


 不器用だけど、とても素敵な…言葉だと思った。 


「…それは、たくさん甘やかして下さるという事ですの?」

「あま…?やかした記憶は…」

「私…甘やかされたいですわ。これからは今までよりも完璧な淑女の微笑みで戦います。ですから……」

「…やり方を教えてもらえれば」

「………ふふ」

「なぜ笑う。ここはかなりシリアスな場面だろう」

「ザックさんならば素晴らしい記事に仕上げて下さるかしら」

「創作だ。あいつの書く記事は………まさか」

 ルーカス様の顔が驚愕に染まる。

「私は…他人からはああいう風に見えている…?」

「どうでしょう?私はそういうあなたしか知りませんもの」

「!!」


 ルーカス様は、しばらく肩を震わせて恥辱に耐えるような素振りをしていたけれど、ハッと何かに気づいたらしい。

「何だ、何も問題ないではないか。私は君にはこの様にしか振る舞えないし、君はそれを望んでいる。利害は完全に一致している」

「利害………」

 

 そうね、確かに利害は一致している。

 ルーカス様、あなたの婚約の申し出を受け入れた時の言葉を覚えているかしら。


『私にあるのは事情だらけですわ。お互いに、あまり人には言いたくない事情を抱えたもの同士、利用し合うというのはいかがでしょう?』

 

 私はどうしても知りたかった事にようやく手が届く。

 ……あなたを利用した事になるのかしら。


 だけどあの時とは全く違う。

 もう絶対に婚約を解消したいなんて思わない。

 あなたが私を必死に守ろうとして来たことを、砂つぶほども疑ったりしない。


「ルーカス様、こういう時に相応しい言葉がありますわ」

「何だ?」

「相思相愛というのです」

「!!」


 例えこの先利害が対立したとしても、あなたといたい。

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