79.万に一つ
「お嬢様…とりあえずお掛け下さい。主人に判断を仰ぎます」
固まって動けなくなっていた私の姿に異常を感じたのだろう。ローさんの動きは早かった。
しかし、とても静かだった。
あくまでも給仕係が出入りするかのように、あくまでもメイドが出入りするかのように、控え室には静かに人が出入りする。
そして彼もまた、普段と変わらぬ様子で控え室に入って来た。
普段と変わらぬカーソン一家を伴い。
「はぁ〜疲れた!私もう足がパンパンだわ!休憩しましょ、休憩!」
「僕もー…。心も体も擦り減った……」
「さすがに父さんも精神的にくたびれたよ」
一気に騒がしくなる控え室。
私は立ち上がって皆を迎える。
しかしここからは違っていた。
「…クレア、何があった」
ルーカス様の声を皮切りに、皆が私を取り囲む。
「ベゼル、変な人見たって?」
「クレアちゃん、何にもされなかった!?」
「ルーカス様…。シンシアさん、オリバー…。申し訳ございません、祝いの席を騒がせてしまって……」
「いいのよ。それより変な人って…」
ルーカス様が私を支えながらソファに座らせる。
「…8年ぶりに見かけた人間が、給仕係の姿をしていたのです。…あちらの飲食物のあたりで何かを」
私の指先に一度視線を送り、再び振り向いたオリバーが尋ねる。
「8年ぶり?よく覚えてたね。特徴的な人?」
特徴的…。そういう事では無いの。そうでは…
「…死んだ母の、恋人だったはずの人……」
私の言葉に、ルーカス様の眉間に皺が寄る。
「…母上の葬儀に現れなかった、例の……」
「ええ…。大事にして申し訳ございません。偶然が重なっただけかもしれないのに…。ただ、私……」
「…ベゼル、万に一つだよ」
「万に一つ…?」
「そんな偶然が起きる確率なんて、限りなくゼロに近い」
オリバーの言葉に、ルーカス様も頷く。
「ルーカス殿、乗組員名簿です」
ここでセドリックさんがルーカス様に声をかける。
「ありがとうございます。ロー、例のものを」
「はっ!」
今度はローさんがルーカス様に何かしらの冊子を渡す。
「クレア、君が見た人物がこの中にいないか確認して欲しい」
「…これは?」
「カーソン家が雇っているこの船の乗組員と、私が警備のために用意したエドワーズの人間たちだ」
「エドワーズの…?」
仕事仲間では無い?
「ああ、そうだ」
「こうして見ると、以外とストレートの髪っていないものね」
「確かにそうですね。私もこうして沢山の人の写真を見て初めて気付きました」
セドリックさんとルーカス様から渡された写真付きの名簿を私は2、3度見直した。
青い瞳と真っ直ぐな金髪の男性を探して。
その特徴を聞いたシンシアさんが『絵本に出てくる王子様みたいね』と言いながら一緒になって名簿をめくっている。
「2人とも今頃何言ってるんだよ。金髪で直毛なんて、すっごく珍しいに決まってるだろ!?」
「そうなの?」
「そうだよ!僕がどれだけ癖毛で苦労してると思ってるんだ!母さんだって朝から恐ろしい機械で髪の毛伸ばしたり巻いたり……」
「え、シンシアさんも?」
「実はそうなのよねー。オリバーったら顔はセドリックに似て地味でしょ、髪は私に似てクルクルで、苦労するわよねー!あはは!」
「あははじゃないだろ……」
シンシアさんとオリバーが揃うと、いつも雰囲気が賑やかになる。
その雰囲気を嗅ぎ取ったのか、乗組員に何事かを指示していたルーカス様とセドリックさんが私たちの周りにやって来て会話に加わる。
「女性でも真っ直ぐな髪は珍しいのかい?」
「あなたもまだまだねぇ…。モテたって言ってもその程度ってことね、エドワーズ様?」
「…なぜ私に話を振る。何の罠だ」
ふと頭によぎるものがある。
私はすごく珍しい特徴の人間に最近出会わなかった?
「…ねえ皆さま、統計学的に見て、偶然隣に座った人間と共通の知り合いがいる確率ってどのくらいあるのかしら?」
「「は?」」
ルーカス様とオリバーの声が揃う。
「…8年ぶりに見かけた人間が、偶然この部屋の給仕係をしている確率は万に一つだとして……」
「クレアちゃん?」
「偶然隣に座った女性と、8年ぶりに見かけた男性が、2人とも真っ直ぐな金髪と青い瞳を持つ可能性は……?」
全員が静かに息を飲んだ。
「天文学的確率……」
オリバーの呟きと同時に、何かしらの手元の紙をギュッと握り込み、ルーカス様が深い溜息をついた。
「…そして、毒物が出る……か」
ルーカス様の呟きを、オリバーとシンシアさんが驚愕の表情で、セドリックさんは深刻な表情で受け止めた。
私は……ああ、やはりか、と思った。




