78.流れる記憶
オリバーが言っていた。
今夜の招待客は、基本的にはカーソン商会に友好的な人々だと。
ただし、名目上叙爵の祝いであるため、首都にタウンハウスを持つ貴族家にはもれなく招待状を出したし、各商会の後ろ盾になっている大貴族にも招待状を出したとのこと。
そしてシンシアさんが隣で愚痴っている。
「半分くらいは不参加の返事の予定だったのよ。たかが新参の準男爵家が開くパーティーよ?……何でこうなったのかしら………」
それは彼女が、カーソン商会の影響力を全く見誤っているからだろう。
カーソン商会は、これほどの数の高位貴族を集められる、今や第三勢力の筆頭なのだから……。
「ベゼル…僕はもう疲れたよ。本番前に燃料切れだ……」
「オ、オリバーしっかり!リーさんに何か貰いましょう!」
「クレアちゃん…私しばらくドレスはいいわ…。もうお腹いっぱい……」
「シ、シンシアさん!次からはきっとハイジュエリーが見られますわ!頑張りましょう…?」
「ルーカス殿、商売もやり過ぎると大変ですなぁ……」
「確かに。この眺め…王城の晩餐会のようです。お手伝いします。…乗り切りましょう」
「「「はー……めんどくさ………」」」
仲のいいカーソン家の溜息が揃ったところで、いよいよ彼らの今夜の山場が始まった。
とにかく数が多い伯爵家。叙爵された時期が古い順に格が高い。比較的新しい伯爵家から、波はどんどん押し寄せてくる。
これを覚える?いえいえ、無理でしょう。
目の前に並ぶフレミング伯爵家4人の内、覚えられそうなのは…眉毛がない奥様だけだわ。
チラリとオリバーを見ると、ニコニコと挨拶しながらシンシアさんに何か耳打ちしている。
…あれは覚えているわね……。
そして隣に立つルーカス様は、セドリックさんにこそっと何かを伝えている。
…こちらも間違いなく覚えているわね。
おそらく勝負は1人負けのようなので、割り切って面白い人だけ覚えましょう。そうしましょう。
ふと気づけば、何名かの貴族の方々と目が合う。
そうよね、私ルーカス様の隣でぼんやり立っていていいのかしら。……挨拶した方がいいのかしら。
そもそも私1番最初に名乗るべきなのでは無いかしら…?
チラリとルーカス様を見ると、穏やかな顔で挨拶を受けている。もしかして、こちらが本物のルーカス様…?あの怖い顔は擬態だったりして。
まあ、マナーに問題があれば彼から注意があるはずだし、気にしなくていいのかしらね。
貴族の世界は小難しい。
明文化されていない細かな決まり事が沢山ある。
例えば彼らが向き合えば、必ず爵位の低い方から挨拶する。これがこの国の文化。
爵位は家名と一致するから、家族単位で同じ扱いをする。
他にもある。
その場で1番高い爵位の人間は名乗ってはいけない…違う、その場で1番高い爵位の人間に名乗らせてはいけない、が正しい。
……ルーカス様はいつ名乗るのかしら。
「ルーカス様、あの」
「どうした?」
ルーカス様が私へと目線を移す。
「い、いえ、申し訳ございません」
「ああ…やはり退屈か。こちらへ」
そう言ってなぜか腰を抱かれる。
「控え室に行くか?」
「控え室?」
「ああ。次の侯爵家からの挨拶を受けたら、カーソン一家と向かう。ローを付けるから、先に行くといい」
やっぱりいるのね、ローさん…。見つけられなかったわ。
「わかりました。では少し休ませて頂きますね」
ここにいても出来る事がないものね。
カーソン一家の皆さんに軽く会釈をして、踵を返そうとした瞬間、肩口に柔らかく唇が落ちて来た。
「!?」
「虫除けだ」
「む、む、むし!」
「ああ。虫は出る前に駆除するに限る」
な…何を言っているの、この人は…!
きっと私の顔からは湯気がのぼっていたに違いない。
立派な夜会服を着て、完全な紳士姿で周りに溶け込んだローさんに連れられてやって来たのは、主催者のカーソン家のために用意された控え室。
摘みやすいように小さく美しく作られたオードブルや、沢山の種類の飲み物が用意されていた。
給仕係であろう男性が直前まで準備をしていたのか、私たちの入室に気づくと軽く頭を下げて出て行った。
30代後半から40代前半かしら。サラサラの金髪を後ろで結んだ……青い瞳…。
突然、頭の中に映画の早送りのように映像が流れ出す。
「……ローさん…」
「いかがされましたか、お嬢様」
「今の給仕の男性を、追いかけて頂けませんか…?」
「…………カイ!レン!」
「「は!」」
ローさんが、突然現れたどこにいたのかもわからない男性たちに合図を送る。
「私はお嬢様の側を離れる訳には参りませんのでな」
そう述べるローさんにただ一度だけ頷いて、私はその場に立ち尽くしていた。
頭の中に、何度も何度も彼の映像を流しながら。




