74.ドレス
鏡に映る自分を何と例えたらいいのだろう。
この国ではたいして褒められる事の無い榛色の髪はこれでもかというほどに編み上げられ、普段はあまり見せたくないおでこは全開になっている。
そしてあまり好きでは無い髪と同じ色の瞳も全開で、何をどうしたらこんなに目が大きくなるのかわからない化粧で縁取られている。
「さ、あとは紅を引いて…。クレア様、できましたよ。お美しいですわ」
ニッコリと微笑むエドワーズ邸のメイドたちにぐるりと囲まれ、気分はピエロである。
鏡台の椅子を引かれ、立ち上がるように促される。
そして鏡に映し出される姿に愕然とする。
「あ、あの皆さま方、こ、これは…過剰ではございませんか?」
現実が受け入れられずにそう問えば、きょとんとした目が返ってくる。
「いいえ?お隣のカーソン夫人の指示書通りでございますよ?」
「こ、これが指示通り…!?ですが、背中が、背中が…!」
この際化粧はもうどうでもいい。
今朝一番に運び込まれたこのドレス!
煌めく濃紺と銀のグラデーションが目に眩しい…
「本当に美しいマーメイドラインのドレスですわ…。私どもも滅多にお目にかかれない見事なお仕立てで…」
「ささ、旦那様もお帰りになっております。お姿見せて差し上げてくださいませ!」
「旦那様どんなお顔なさるかしら!」
盛り上がる女性陣を前に、私は言葉が出なかった。
自室を出て、玄関ホールに続く階段を下りる。
実はあの本探しの日以降、エドワーズ様には会えていない。
彼はとにかく忙しそうとしか言いようがなく、今日の今日になっても姿が見えなかったのだけど…
「あ…」
階段の踊り場に差し掛かった所で、相変わらずきっちりまとめられた黒髪の後姿が目に入る。
歩き慣れないハイヒールで転ばないように、一歩一歩絨毯を踏みしめながら階段を下りる。
目の端に私を捉えたのだろう。エドワーズ様の鋭い目がこちらを…鋭い目が…鋭い目は……?
「クレア…嬢?」
「ご、ごきげんよう、エドワーズ様。ご無沙汰しております……」
「あ、ああ。こちらこそ長く留守にして……」
「い、いいえ、お仕事お疲れ様でございます」
いつもの鋭い目ではなく、はっきり言えば皿のように丸くなったエドワーズ様の視線に耐えかねて、差し出された手を取りながらそのまま俯くしかできない。
「旦那様、旦那様!仕上げでございますよ!」
そこに侍女から声がかかる。
「あ…ああ、そうだった。クレア嬢、私からの贈り物だ。…受け取って欲しい」
「…贈り物?」
その言葉にふと視線を上げると、侍女がニコニコしながら平たい化粧箱を捧げ持っている。
エドワーズ様がそれを受け取り、パカっと蓋を開けた瞬間、今度は私の目が皿にならざるをえなかった。
中から現れたのは、どれだけの技術が詰め込まれたのか、繊細な加工が施された網の目のようなネックレス。
網の目とは言っても、チェーンなど見えない、全てが…ダイヤモンドでできた……
「エ、エドワーズ様!これは…とても受け取れませんわ!こんな、こんな高価な……!」
「何を言う。今夜のドレスに合わせて用意したのだ。これが無いと仕上がらない。さ、後ろを向いて……」
そう言ってくるりと回転させられた瞬間、エドワーズ様が叫んだ。
「な…な…何だこのドレスは!!せ、背中!背中が!!」
「えっ!?やっぱり変なのですか!?開き過ぎだとは思ったのですが…」
「誰だ!?勝手に注文を書き換えたのは!!……はっ!」
「「……………。」」
あれから着替えさせろと慌てふためくエドワーズ様を、邸中の人間が『お時間でございます!』『船が出てしまいます!』『往生際が悪うございます』などと追い立てて、結局一緒に車に乗せられてしまった。
「…あのご夫人には一度痛い目に合って頂かなければな……」
完全に目が据わるエドワーズ様。
「あの、似合って…おりませんか?」
確かに私には背伸びしたデザインだと思うのだけど…。
「…似合うも何も、こんなに美しい人間がこの世にいたのかと我が目を疑うほどに似合っている」
「は…それは…言い過ぎというものでは……」
「だが背中は別だ!なぜ他人の目に触れさせねばならん!私だけが知っていればよいのだ!」
「さ…左様でございますか……」
エドワーズ様、以前そんなに狭量じゃないとおっしゃいませんでした…?
ミラー越しに運転手さんのヤレヤレといったような目線を感じて、何だか少し居た堪れない気持ちのまま、夕暮れの街を走る車に揺られていた。




