67.男たちの夜
「ベゼル……眠りましたか?」
「ああ。…疲れただろうしな」
部屋に送っていったクレア嬢の悲しみに歪んだ顔を思い出すと、心臓がズキッと痛むような気持ちがした。
彼女は、ハワード殿からの手紙を何度も何度も繰り返し読んでいた。
何度も読んでは、文字を追う目がある一行で止まる。
そして内容を確認するためにもう一度読み直す。
何が引っかかっているのかは……すぐにわかった。
『エドワーズ様、この手紙…読んで下さいませ。そして…燃やしてください』
彼女はそう言って、アレックス・シモンズの料理本と、そこから出て来た小さな箱、そして……ハワード殿からの手紙を私に手渡した。
驚く私に彼女は2つ尋ねた。
『エドワーズ様、ベゼル家とはなんなのですか?これは……話せない事ですか?』
ハワード殿にしては何と迂闊な手紙…そう思った。
しかし、彼は間違いなく娘が成人する前に自らがこの世を去る事を想定してこの手紙を書いている。
ハワード殿が生きていれば、成人した彼女に対して真実を告げるのは彼自身のはず……。
結局私は彼女に対して、「そうだ」と一言だけ告げた。
「なんか……凄い経験しました。まるで物語の中のような……」
オリバーがこぼす。
「…巻き込んですまなかったな。本当に助かった。今夜は泊まっていくといい。こんな時間に家人を起こす事もあるまい」
「あー…そうですね。お言葉に甘えさせて頂きます」
そう言ってクルクルとした髪を掻く。
「……一杯付き合ってもらえないか。頭の中が騒がしくてかなわん」
そう言って彼にグラスを一つ渡す。
「…いいですね。きっとエドワーズさんのお勧めはいいお酒でしょうし!」
「どうかな。いつもその辺に飾ってある酒を適当に……」
コレクションボードから適当にブランデーを取り出す。
「何を飲んでも酔えないからな。嗜む程度だ」
「へー…強いんですねって、そのお酒!ヴィンテージもののめっちゃ高いヤツ!!これ…適当に飲むんですか……?」
「何をそんなに驚く事がある。我が家の家訓は、〝生きている間に高いものから使え〟だ」
そして…欲しいものはすぐに手に入れろ……だ。
「ああ……なんとなく、わかります」
「………そうか」
オリバーのグラスにブランデーを注ぐ。
グラスに口をつけた後、その液面を見つめながら彼が口を開いた。
「エドワーズさんって、ベゼルのどこが好きなんですか?」
「…何だ、もう酔ったのか?」
「違いますよ!純粋な疑問です。あなたの回りなら綺麗な女性はたくさんいるでしょうし、もっと大人の女性も……いるでしょう?」
なるほど…。これが失言というヤツか。
「そうだな…。普段の私なら君の首でも刎ねるところだが……」
「ひっっ!!」
オリバーが首を手で押さえる。
「冗談だ。君は今夜の立役者だからな。大目に見る事にする」
それにしても、どこが好き……か。
この手の質問をストレートにされたのは初めてだな…。
若者らしい事だ。
いやしかし、どこ…どこ…どこが…どこだ?
「まさか……答えられない……とか」
「いや待て。そういう事では無い」
どこが…とかそういう事では…。
そう、彼女の瞳……あの、瞳。
「……欲しくなった、だな」
「えっっ!うわー…エドワーズさん、大胆……」
「…そういう意味では無い」
…若者が。
グラスから一口ブランデーを喉に流す。
「…これは彼女には絶対に秘密なのだが………」
「秘密が多いですねぇ?」
「…否定はしないが、これは本当の秘密だ」
私はなぜ彼にこんな話をしているのか…。
疲れているのか、探し物が見つかって安心したのか、この青年が絶対にクレア嬢を裏切らないという信頼感なのか……
「彼女の事は、ずっと前から知っていた。……写真の中だけで」
「…何ですか、その淡い話は。全然似合わないですね」
「君は目上の人間とは酒を飲むな。…まあいい。とにかく、今日の探し物の主役である彼女の父上が、いつも手帳に写真を挟んでいた」
「へー…。何かさっきの手紙からは想像つかないですね」
「ああ。まさに…溺愛と言った様子だったのだがな」
だから…あの淡白な手紙は少し意外だった。
まあベゼル家の人間は、大事なことは追伸に書くという証左にはなったが。
「写真の中の彼女は微笑んでこそいるものの、とても…冷たい目をしていた。ガラス玉のような…まるで、人形のような目だ」
そう…だから初めてその目から涙が零れるのを見た時に衝撃を受けたのだ。
彼女は…生きようとしているのだと。
1人残された絶望の中で、人間に戻るのだと…。
私とは全く違う道を選ぶのだと。
「最初は彼女の瞳に映ってみたかった。…それがいつの間にか映して欲しいに変わって、今は………」
他のものを映して欲しくない、だな。
「何かいいですね、そういうの。是非本人に話してやって欲しいです。…そしたらもう変な事で泣かないと思いますよ」
普段の私なら絶対にこんな話を他人にするはずが無かった。
だけど彼…オリバー・カーソンは、クレア嬢にとってだけではなく、私にとっても得難い人物となっている事は確かだった。




