62.詩集
「本当に処分する気か?このまま保管しておけばいいだろう」
オリバーの件で荒れるエドワーズ様を無視して、当初の目的である片付けに着手した私に声が掛かる。
「…きっともう読む事は無いと思います。放っておけば本だって腐るでしょう?」
「……せめて希少本だけは仕分けよう。二度と手に入らないからな」
そう言って彼は箱の中の本の背表紙を指で追う。
「エドワーズ様は本が好きでいらっしゃるのですか?文字を読むのがとても早くていらっしゃいますよね」
「どうだろう。好きかどうかは考えた事が無いが、本はよく読んだ。本を読んでいれば誰からも話しかけられないからな」
「まあ…。斬新な考え方ですわね。私は本を手に持っていなくても、誰にも話しかけられませんわ」
「それでいい」
「……………。」
まあだからこそ、先日は異常だったのだけど。
レイチェルさんの件を彼に伝えるべきなのかは悩ましい問題だった。
もしかしたらただの古い知り合いでは無くて、その…これがきっかけで焼けぼっくいに火が……いえいえ、やめましょう。過去に嫉妬しても仕方ないわ。
過去……じゃなかったり……
だめだめ、オリバーにも言われたでしょう!思考誘導よ、思考誘導。
何となくだけれど、こうして秘密は増えていくのかも…などと思いながら本の背表紙を目で追った時だった。
「あら?この本……」
私の呟きにエドワーズ様が顔を上げる。
「何か気になる事でも?」
「え、ええ…。この本、父の遺品の中に同じものが……」
そう口にした瞬間だった。
「なんだと!?」
それは驚くべき速さだった。
端と端で作業をしていた彼が、あっと言う間に私がうずくまる箱の前まで来たかと思ったら、何の戸惑いもなく箱の中から一つの本を取り出した。
…もう今さら、なぜその本だとわかったのですか、とは聞かなかった。
「バーネット夫人の詩集……」
呟く彼の隣で頷く。
「ええ。正直に言えば、父と詩集が結びつかなくて何度も読み返しましたの。同じものを二つ揃えるなんて……。そんなに彼女の詩が好きだったのかしら」
父は軍記や歴史本が好きだと思っていただけに、死の間際に持っていた本には驚いた記憶がある。
彼が本をパラパラとめくる。
「…中身が……違う」
「え…?」
「中身は…隣国の戦史だ」
「…どういう事でしょうか。父はカバーをかけ間違えるような雑な人間では無かったと……」
それこそ、蟻の入る隙間も無いほど常に身辺に気を配っていた。
「あえて、だな」
眉間に深く皺を刻み、恐らくもの凄い早さで回転しているであろう頭の中を悟らせないように、彼が一言だけ口にした。
「本を…調べさせて貰いたい」
私も一言だけ返した。
「お手伝いしますわ」
わかっている。
調べた先には何かが出て来るのだろう。
それが良いことだとは限らない。
だけど私は知りたかった。
父のことを。
「まずは中身の戦史のカバーがかけられた本を探そう」
「ええ、わかりました。私は…あちらから」
言いながら窓側を指さす。
「正直……本が嫌いになるかもしれない」
そう言いながら、フッと彼の口元が少し緩む。
「エドワーズ様はここの図書館には何も隠さないで下さいね。…私、探しませんよ」
そう言って私も眉を下げる。
彼がこくりと頷く。
父が残した本は膨大な量だった。
この広々とした家具の無い応接に一体何箱置かれているのだろう。それよりも、屋敷から誰がどうやって運んで来たのか……。
せめてもの救いは箱が二段重ねで置かれていることぐらいだ。
息を一つ吐いて気合いを入れる。
…探し出してみせるわ。
二段重ねの箱を一段ずつに置き直し、箱を開けては背表紙の題名を指でなぞる。
トラウト戦史…トラウト戦史……無いわね。
次の箱。トラウト、トラウト…駄目ね。
次……
数十分経った頃、エドワーズ様から声があがる。
「あった!」
その声で頭を上げ、彼の元へと早足で向かう。
「中身は何ですの?」
また彼がパラパラと本をめくり、そして最初のページの題名を読む。
「『陽気な船旅』……小説だな」
「小説…。エドワーズ様ご覧になったことは?」
「大して面白くなかったという感想が浮かんだ」
「なるほど…。それは読んでますわね」
船旅……何かが引っかかるが、後回しだ。
「『陽気な船旅』探して来ますね」
「あちら側には無かったな…。先ほどの途中から再度だな」
え…今、なんと?
「エドワーズ様……題名を覚えながら…探していらっしゃる…?」
彼が首を傾げて、何を言っているんだ?という顔をする。
「当たり前だ。何度も同じものを目に入れるなんて無駄の極みでは無いか」
「…左様でございますか」
オリバーが言っていた『衝撃的』というのは、こういう事なのかしら……。
私は溜息をつきながら、また最初の箱の蓋を開けた。




