60.二つの顔
「ウォッホン!」
オリバーが咳払いをする。
「エドワーズさんには、二つの顔がある」
私は頷く。
「仕事の時の顔と…」
「私生活の顔…でしょう?」
「ブッブー。外れ。侯爵としての顔、だよ」
オリバーが指を2本立てる。
「彼を理解するには、二つの顔をきちんと理解しなきゃならない」
「二つの顔……」
「そう。ベゼル、彼はどちらを主に使ってると思う?」
「え…ええと…そうね、いつも仕事をしているから仕事の顔…じゃないかしら」
「違うね。いいかい、これはすごく重要な事だからよく覚えておいて。彼は対外的には常に侯爵として行動してるんだ。その肩書を例の仕事にも活かしてる…といったところなんじゃないかな」
肩書を仕事に活かす…。
オリバーが手元のコーヒーを見ながら、少し話しにくそうに言葉を選ぶ。
「……君とお見合いすることになったのは、もしかしたら仕事の一貫だったのかもしれない。それは……否定しきれない。そんな話した事ないから」
「……そうね。今思えば、お見合いに至る過程も不自然だったもの」
「…ショック?」
「…不思議とそうでもないわ。ただ、その後の彼の振る舞いも仕事なのだとしたら…」
「まあ、そこは大丈夫。…じゃなくて、大切なのは、侯爵である彼が、君に、結婚を申し込んだっていう事実だよ。最初のきっかけは何にせよ」
侯爵である彼が…結婚を…
「待って、オリバー。それは……」
「男爵や子爵じゃないんだ。侯爵だよ?そこらの貧乏な女の子とホイホイ結婚できると思ってんの?」
「待って…待ってオリバー!それじゃあまるで…」
「君だって本当は少し気づいてるだろう?平民で役所勤めの人間にあの屋敷を維持できる?5人の家庭教師は?君が通った女学校の学費は、マーリン大の4倍だよ?」
「………違うわ」
「違わない。僕は入学式の日からそう思ってた」
「違うわ!誰も…誰も…父でさえ、娘の私にそんな話……」
亡くなったあとだって、誰も知らせに来なかったのよ…?
そんな事がありえるの?
「…だから、エドワーズさんの顔、だよ。彼の仕事は、おそらく国家レベルでの秘匿事項だ。エドワーズさんは、仕事内容が……彼の身分と君の身分に密接に関わるから、侯爵である事を君に隠してた。……君にだけ、隠してた」
「!」
「君のお父さん…エドワーズさんと同じ仕事だったんだろ?」
「そんな…わけ…じゃあ必死になって私を助けに来てくれたのは、レイチェルさんの言う通り父の娘だったから?邸に置いておくのも、それが…仕事だから…?」
彼は私には微笑んだりしない。でも…特別だって…思ってた。
私…間違ってた…の?
きっと私の顔からは表情というものが消えていたのだろう。
オリバーが私を見て首を横に振る。
「なんて顔してんだよ。……はぁ。君の今日唯一の褒められた判断は、僕に相談した事だね。君は今、レイチェルさんの思考誘導の通りになってる」
「…あ」
「エドワーズさんね、君がいなくなった10日間、凄まじかったんだよ。何をどうやったらあそこまで物事を動かせるのかわからないんだけどさ、僕も父さんもすっかり惚れ込んでね……」
「…………。」
「愛の力って偉大だよね……」
「愛の…力?」
「そうだよ。恥ずかしい事二度言わせないでくれる?とにかく!その…愛の力の前では、たかが恋の病じゃ太刀打ちできないんだよ」
「待って、病になってるのは誰なの?まさか…私?」
「………今回の件における登場人物のうち、女性全員」
「!!」
「話を戻すけど、エドワーズさんが君と結婚したい理由と、君が仕事の関係者である事は、おそらく別の次元の話。だけど…きっかけが一つだった…のかな」
一つのきっかけが…二つに分かれた……。
「私は…どう振る舞えばいいのかしら」
「そこね。どう振る舞えばいいとか、どう話せばいいとか、そういう風に考えるのをやめたらいい。たかだか20才前後の女の子に物分かりの良さを求めるほど、あの人は狭量じゃないよ」
そう……そうね。
彼はボロボロの私に何も言わなかったし、手紙を読まずに待ちぼうけにしても婚約をやめるとは言わなかったわ。
アンダーソンに囚われていた事も、それでも構わないって……
「ありがとう、オリバー…。あなたって、いつの間にか凄くいい男になってたのね」
「あーごめんね、ベゼル。君は僕にとって完全に恋愛対象外だから」
「…どうして私、今あなたに振られたのかしら?」
「ん?そんな話した?」
「もうっ!」
偶然なんてないのかもしれない。
もしかしたら、全てが誰かの企てなのかもしれない。
だけど…それでも今を続けていきたい。
そう思えたのはあなたのおかげだわ。
ありがとう、オリバー。
あなたは尊い友人だわ。




