表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/161

6.卒業アルバム

『何を悩む必要があるのさ。くれるって言うなら貰っておけばいいじゃないか』


 駄目よ、何を言ってるのよオリバー!これだからお坊ちゃまは危険なのよ! 

 分不相応なお金は身を滅ぼすのよ?散々身の丈に合わない教育費を注ぎ込まれた私がいい例じゃない!

 

 昼間の大学で、数少ない…唯一の友人であるオリバーに事の次第をそれとなく相談してみたのだが、彼は金銭感覚では全く役に立たなかった。

 だけど彼はその明晰な頭脳で、一つとてもいい事を言った。

『エドワーズ…か。何をしてる人か確認したの?僕も大抵の商売関係者は把握してるんだけど……』


 そう、そうなのよ。

 とんとん拍子に進む話にうっかりしていた私も悪かったわ。

 …そもそも彼、何者なの? 


 アルバイト後のくたびれた体に鞭打って、玄関ホール脇の階段を駆け上がり自室へと小走りする。

 屋敷の中でも特に陽当たりのよい場所に設けられた自分の部屋。…まるで屋敷の主人の部屋であるかのように。

 部屋の扉を開けソファに鞄を放ると、文机へと向かう。

 着替えもしないで行儀が悪いって言われるかしら。…なんてね。私に小言を言う人間が今さらどこにいるのよ。

 文机に備え付けた椅子を引き、すとんと腰掛ける。そして机の上に積み重ねられた書類から、目当てのものを引き抜いていく。

 …お見合い相手の釣書を。


「…アダムズ氏、ベケット氏、…ああ、これね…。エドワーズ氏……」

 この釣書を持って来たのは、確かお向かいのコレット夫人だったはず。普段は顔を合わせた時に会釈するぐらいの間柄だったから、少し意外に思ったのよね。


 凝った装飾が施された厚紙を開く。


「ルーカス・エドワーズ…。1821年10月25日生まれ。タングル王国首都ストックブロス出身。学歴……」

 

 ああ…もっと早くに目を通しておくべきだった。

 覚書なんて作る前に、最初にやるべき事だった。

 私は…なんて迂闊なの!




 結局夕べはほとんど眠れなかった。

 自分の愚かさにはほとほと愛想が尽きたし、自分がしでかしてしまった事が恐ろしくて、そして…これからの人生が怖かった。


「1843年度卒……本当にいたわ…!」


 遅ればせながら昨日ようやく目を通したルーカス・エドワーズ氏の釣書。

 〝選び抜かれた〟事実だけが記された釣書…。


『ルーカス・エドワーズ

 1821年10月25日 タングル王国出生

 現住所 ストックブロス中央区ハリブット通り10

 学歴  1843年5月 マーリン大学法学部卒業

 職歴  1843年9月 法務省入省……… 』

 

「…まさか先輩だとは思いもしなかったわ…。しかも3年で卒業するなんて…。優秀な上に学費が節約できて羨ましい限りよ」

 大学の図書館にズラリと並ぶ卒業アルバムを手に取り、今より少し若い彼の写真をしげしげと眺める。

「…それにしても、彼が27歳というのはどう考えても……」

 深く刻まれた眉間の皺、人を射殺しそうな鋭い目つきに隙のない身のこなし…。

 私があと10年ほどであの雰囲気を纏えるか…無理ね。どう考えても無理。

 …彼が微笑む事なんてあるのかしら。


「…だめだめ、余計な事は考えないの。やっぱり学歴までは正確だったわね。となると……」

 彼がただの役所勤めのはずがない。

 自分の将来の選択肢になり得るからと、何度も何度も調べたのだ。それこそ現役時代の収入から定年後の年金まで。

 彼の振る舞いは…いや、物事の考え方は、公務員の収入で賄える規模を遥かに超えている。

 そう…父のように。

 一介の公務員を名乗りながら、私にこの国で最高峰の教育を与えた父のように。


「はぁ……」

 一つ溜息を落とす。

 調べたって、これ以上の事はきっとわからない。

 実の親のことでさえ調べきれなかったのに。

 少し若い灰色の瞳の彼をもう一度眺め、そっとアルバムを閉じた。

 卒業写真ぐらい、笑えばいいのに。

 …そんなどうでもいい事を思いながら。


 明日彼に会ったら、やはり婚約の解消を取り決めなくちゃ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ