56.レイチェルさん
隣に座るレイチェルさんは、金色の髪を左右に分けて上手にお化粧をした美人だ。透き通る青い瞳も美しい。
服装はいかにも出来る女といった風情で、何かがおかしいとは思っていても興味を持たずにはいられない。
授業を聞くふりをしながら、チラッと横目で彼女を見る。
仕事を持つ女性に話を聞いてみたい、その気持ちはずっと持っている。
…彼女と話したいかどうかは……まだよくわからないけれど。
オーランド教授の授業を再受講することに決めたのは、もちろんオリバーのアドバイスによるところが大きい。
時間だけはたくさんできた私に、授業の取り直しをするようにとすごい圧力をかけてきた。
全科目取らせようとするオリバーに、ほとんど泣き落としで科目を絞ってもらったのだ。
何となく去年聞いた気がするけれど記憶に残っていない話を、ノートを取りながら真面目に聞くふりをして授業を終える。
教科書とノートを閉じて席を立とうとしたところで、何となくそうなるだろうなと予測していた通りの声がかかる。
「クレアさん、よかったらお昼一緒にどう?」
オリバーの顔が一瞬浮かんだけれど、彼女はきっと私に会いに来たのだろうから、申し出は受けなければならないだろう。
「お誘い頂きありがとうございます。…私でよければ」
ニコッと微笑む彼女とともに、講義室を出た。
「そうなのよ。ルーカスって無愛想でしょ?何を考えているのかわかりづらいのよ」
「まあ…!確かに私も最初は怖い顔だと思いましたわ」
なぜ私はよく知らない女性とエドワーズ様の話をしているのだろう。
世間話をしつつ、サンドイッチを摘む。
…邸の料理人が持たせてくれたものだ。どうしても貧乏性が治せなくて、食堂で料理が頼めない。
ランチプレート上の白インゲン豆をフォークで突き刺して、レイチェルさんがこぼす。
「だからすごく効果があるの。ルーカスの笑顔」
「…効果?」
「そう。普段笑わない人間が自分だけに微笑むでしょう?みんな勘違いするのよね」
「勘違い…ですか?」
「…特別だって思っちゃうみたい。免疫の無い貴族の御令嬢なんてまさに…という感じね」
「…なる…ほど」
エドワーズ様の笑顔……貴族の御令嬢……
「レイチェルさんも…そういったご経験が…?」
「私?私は彼とは古い付き合いだから……」
…何かしら、この胃のあたりにグッと押し寄せる感覚は…
「あー…ごめんなさいね。今の忘れて?」
「ええ…」
「最近彼は特に忙しそうなの」
「そうなのですか…?」
「…そうね。仕事相手に手が掛かるみたい」
「仕事相手とは…取引先か何か…」
「いいえ。お世話になった人のお嬢さんみたいなの」
お世話になった人のお嬢さん…
「ほんとに彼ったら何考えてるのかしら。彼女をまるでドールハウスのお人形みたいな扱いしてるのよ。ああでも、本当に人形だと思っているのかも。可愛い…お人形」
ニコッと微笑むレイチェルさんからは、エドワーズ様と同じ空気を感じた。
きっと、彼女の口から出て来た言葉は全てが計算されたもの。計算し尽くしたその言葉で、彼女が私に聞かせたかった事は……
「そうですわね…。そのお人形にとって、自分がお人形だと気づいてしまった時が地獄の始まりですわね」
ニコリと微笑むと、席を立ち上がる。
「私、午後は別の棟まで移動しますの。お会いできてよかったですわ。…エドワーズ様によろしくお伝え下さい」
腰をしっかり曲げ丁寧にお辞儀をする。
そして顔を上げて体を反転させる。
「こちらこそ。またお会いできるといいわね」
背中にかかるレイチェルさんの声には返事をせずに、私はそのまま歩いた。
今日は新年度の始まりの日。私は何とか3年生になった。
今日からは学生の本分である勉学に励む予定。
だから授業は休まない。
大丈夫。
色々考える事は後からできる。
今は…歩くのよ。




