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53.世間知らず

「確かに相続税は高い」

「…知らなかったんです。だから私、父がお金を残せないほど私が散財したのだと思って…いえ、したのです。分不相応に。だけれど、あの屋敷が犯人だったなんて……」


 あれから意識を取り戻した私は、エドワーズ様に連れられて銀行の貸金庫に来ていた。

 目を覚ました私に彼が開口一番聞いたから。

『相続税を払う時に気づかなかったのか?』と。


「つまり、相続税を払った事すら知らなかった…と」

「ええ…。確かにエドワーズ様のおっしゃる通り、権利証などと一緒に納税の証明書が……」

「よかったではないか。未納だとすればそれこそ問題だ」

「…ええ」


 相続の手続きは慌ただしくて、ほとんど何も記憶が無い。

 父の分と母の分、両方をいっぺんに同時進行で弁護士に依頼したこと以外、何も覚えていない。

「…弁護士は、知り合いか?」

「え…いえ、役所に両親の死亡を届けた時に紹介して頂いて……」

「そうか…」

「何かございましたか?…というか、よろしければこの書類、全部確認して頂けません…?」

 貸金庫から取り出した書類箱をエドワーズ様の方へ押しやる。

「…いや、さすがにそれは……」

「お願いします。私ではもし何か重大な漏れがあっても気づけません」

 オリバーの言う通り、私はおそらく…間違いなく世間知らずだ。

 何も世の中の仕組みを知らない。

 アルバイトをして、表面的な生活についてはわかった気がしていたが、何かが…足りない。


「…わかった。失礼する」

 エドワーズ様が、遠慮がちではあったが、しっかりした口調で承知の返事をする。

 そして例のごとく物凄い早さで書類を読んでいく。

 …この技術はどうすれば身につくのかしら?

 これが身につけられれば、3年で卒業できるかしら。あ、可しかないからそもそも無理だわ。

 そんな下らない事を考えること数分。彼が再び口を開く。


「…なるほど」

「なるほど…とは?」

「ああ…いや、こちらの話だ。お父上の個人資産についてはほぼ網羅されているのでは無いだろうか。屋敷に絵画や美術品は…」

「ありませんわね。あれば恐らく最初に売り払ったと思います」

「ならばきちんと手続き出来ていると思う」

「そうですか…。よかったですわ……」

「……………。」

 この時のエドワーズ様は、無表情だけれど、何かを深く考え込んでいた。

 何となくだけど、本当に何となく…〝話せないこと〟があるのかしら、と思った。



 帰りの車の中で、私は彼に一つ尋ねた。

「エドワーズ様、邸に私がいたら邪魔では無いですか?」

 彼が少しだけ目を開いて、驚く様子を見せる。

「…なぜ?」

「…都合、悪くなりませんか?」

 私たちの婚約のきっかけは…お互いに都合が良いから、だったはず。

 だけど彼の横顔を見るたびに思う。下ろされた無造作な髪を見るたびに思う。

 違う。ホテルに閉じ込められた10日間で充分にわかっていた。

 瞼の裏に浮かぶ灰色の瞳が、私だけを見つめればいいのに…何度もそう思ったから。

 

「私…あなたの邸で暮らしたら、自分で出した条件を守れなくなると思います。…そうなれば、私はあなたにとって…価値が……」

 世間知らずで、私は本当に子どもだわ。

 法律がどうとか関係ない。私は本当に…子どもなのよ。

 やっぱり…彼に相応しいとは思えない。


 キキッと車が路肩に止まる。

「…夜会の日、きちんと君に告げたと思っていたが…伝わっていなかった?」

 彼の灰色の瞳を見ながら首を横に振る。

「それならば…私は喜ぶべきなのだな。正直君の条件をいかにして反故にしてもらおうか色々と策を……」

 やっぱり半分は手の平の上だったのね…。


「…違うんです。私あなたといると、自分がすごく子どもに思えて、自信が持てなくなるというか……」

 彼がやや驚いた顔で私を凝視する。

「…君は美しいな」

「えっ!今そういう話してました!?」

「ああ。何も心配いらない。私は君を子どもだと思った事など一度も無い」

「え…」

「そして、子ども扱いするつもりもない。そういう扱いが必要な時は、他の者に任せる」 

「え?」


 彼の指が顎にかかる。

 触れる…とは違う口付け。

 私の小さな言い訳も、全て飲み込まれてしまうような…そんなキス。

 やっぱり、あなたとは随分差があるように思えるわ……。

 

 お父さま、言いつけを守らずに彼の意見を受け入れても許してくださる…?

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