51.彼の記憶
「弁護士が必要なら紹介するが」
エドワーズ様の言葉に、改めて自分の置かれた状況を見つめ直す。
私は…今19才。あと半年で20才。
この国で今私に出来る事はとても少ない。
不動産を自分一人で売る事もできないし、そもそもお見合いをしたところで、婚姻だって一人の力では出来ない。
あと半年は、〝親の同意〟無しには何も出来ない。
その親がいないから困ってるのだけどね…。
だからエドワーズ様の申し出は正しい。
弁護士に後見を頼めば…
「…エドワーズ様は、どう思われますか?他の方の意見を聞いておくのも大切かと……」
顔を上げるとそこにある、全てを見透かしたような彼の瞳に、後悔の念が押し寄せる。
…何を聞いてるの、私は。
心が弱っている時に他人に意見を求めたらいけないのよ。…選択を委ねる事になるから。
意見を聞くのは、平常心の時だけ。そう…教わったのに。
「…そうだな、少し考えてもいいだろうか」
「え?…ええ」
彼のこういう所が不思議なのよね。
押したり引いたり…とは違う。
そう、不思議な間の取り方。
母の家から引き取った荷物と、通りで買ったたくさんの品物で、車の後部座席はいっぱいだった。
夕暮れの道、車を走らせるエドワーズ様に私はもう一度お礼を言う。
「エドワーズ様、今日は本当にありがとうございました。とても素敵な一日になりました」
「そうか。それならばよかった」
「ええ、本当に」
少しの沈黙の後、彼が口を開く。
「…私は、少し昔の記憶を思い起こした」
「昔の…記憶、ですか?」
「ああ。君に…話さなければならない事があると言った件を覚えているだろうか」
「…ええ」
機会に恵まれなかったけれど、忘れるはずがない。
「私には母がいない」
「…え?」
「とは言っても、産んだ人間はいる。一般的にそれを母というのだろうが、私が産まれた日に亡くなったから、私の中には存在も記憶もない」
「そうだったのですね……」
「だが、3つの時に新しい母を名乗る女性が家に来た。…まあ、父の後妻だな」
「…はい」
「そして、私が5つの時に出て行った」
「まあ…」
「そして7つの時に新しい母を名乗る人物が来て…」
まさか…
「間を割愛して、計4人、産みの親を入れれば5人、人生の中で母を名乗る人物に出会った訳だが、誰一人として記憶に無い」
「……………。」
「そしてここからが本題なのだが、多くの妻を持った父は…君もすでに知っての通り、有爵者だった。…侯爵だ」
「…ええ。お父様は…お亡くなりに?」
「ああ。成人したばかりの時だった。そして、その時に爵位を引き継いだ」
「…そうでしたか」
きっと大変な事も多かったでしょうね。ただの平民でも亡くなれば色々な手続きがあるのに…。
「私は、父の相続の手続きが終わった後、真っ先に邸を取り壊した」
「…え!?」
「当時は自分でもなぜそんな事をしたのかよくわからなかったが……改修ではなく、更地にして…新しく建て替えた」
だから大学時代は寮暮らしだったのね…。
「今日君と一日過ごしてみて、私はあの時の自分の気持ちを想像してみた」
「…え?」
「私なりに寂しかったのだろうか、いや違うな、虚しかった…のか?それすらも最早振り返ることができない」
「エドワーズ…様?」
運転中の彼が、ほんの数秒私の方を見た。
「父上の屋敷を売る事には反対だ。…君はまだ、彼の死を全て受け入れてはいないだろう?」
「……!」
「その時が来るまで……君の物として持っておくべきだと思う」
その時が…来るまで…
「だが、なるほど君はいい着眼点をしている」
「え?」
「母上の郊外の家は、やはり売却の方がいいだろうな。郊外には賃貸需要はさほどないだろう」
「はい?」
「だが君の屋敷の資産価値は相当高い。首都中心部に徒歩で行ける距離にあり、周囲の治安も良い。質のいい教育機関も揃っている」
「えー…え?」
「あの屋敷を有効活用するには、貸し出すといい」
「あー…左様でございますか?」
………だめよ、私。笑ってはだめ。彼は大真面目だわ。
たっぷり1時間かけて考えてくれたのよ?笑っては…
「ふふ、いい考えを伺いましたわ。では、私は大学の寮にでも…」
「何を馬鹿な事を。私の邸でこのまま暮らせばいい」
「えっ!?」
「ちょうどカーソン家の新しい邸も準備が整う」
はい?
車が止まる。
エドワーズ邸の前で。
「私の邸の真向かいが、新しいカーソン邸だ」
そう言いながら、彼は真顔で通りの反対側を指さした。




