5.面会依頼
なるほどなるほど…。
第6条は修正あり、と。ええと、甲及び乙は、月に一度の面会の義務を負う…。
「ええっ?面会は毎月第二土曜日を指定するものとし、その義務を果たせぬ時は……第三土曜日と第四土曜日に……どうしてよ!」
そもそも会う必要…あるの?会ってどうするの?最後は円満に解消するんでしょう…?
「はっ…解消!ええと第10条…甲及び乙は…前条までに定めた取り決めを遵守し、1年間の婚約期間経過後に婚姻するものと…はいっ!?ちょっと待って、ただし、甲もしくは乙に死亡または身体上の重大な事由が発生した時は、その限りでは……はい?」
つまり、死ぬか、死ぬほどの何かが無いかぎり…私は彼と…
「結婚!!」
嘘でしょう…?
これ…本気で怖い顔のあの人が?
私と…あのどう考えても理不尽な条件で…結婚?
1年後…私まだ大学生…
レストランでのアルバイトからの帰り道、その日運転手さんより渡されたエドワーズ氏からの返信は、とうてい理解も納得もできない内容だった。
さすがに署名はできないし、もう一度朱入れをして送り返そうかと思った。けれど、何となく書面のやり取りでは埒があかない気がして、次の日の朝、私は運転手さんに、一通の手紙を預けたのだった。
『 親愛なるルーカス・エドワーズ様
日頃は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
覚書の件、確かに確認いたしました。
つきましては諸条件の最終決定の前に、一度直接ご面談の機会を頂きたく存じます。エドワーズ様のご都合の良い日時をお知らせください。 クレア・ベゼル 』
そして今日になる。
今日は昨日の次の日であり、手紙を預けたのは昨日であるので、つまりは…
「…随分と早いお越しで…驚きましたわ」
「都合のいい日時を知らせに来た」
「ええと、朝の4時…ものすごく朝早いですけれど…お入りになります?あと15分でパン屋の仕事に出ますけれど……」
「私が送ろう」
「ええと…ありがとうございます。では…残り30分ほどございます」
彼はマイペースな人なのかしら。
「それは違う。君が家にいるのが早朝か深夜なだけだ」
「あら……」
もしかして心が読める方?
「顔に書いてある」
「まぁ……」
ポーカーフェイスの訓練をしなくては。
「それで日時の件だが、あさってだ」
「あさって?…それはまたいきなり……」
「あさっての昼」
「あさっては…土曜日ですね。わかりました。それでは…あと28分余ってしまいましたわね」
「……………。」
ええと、どうしたものかしら。
引き留めるのもどうかと思うし…立ち話も変よね。
「覚書…何か不都合な点が?」
「え?」
「最初に言ったはずだ。見合いをする理由は一つだと。至極当然の内容になっているはずだが」
「ええ…。い、いえ、駄目ですわ!あれでは婚約解消時の取り決めが…!」
「解消…?解消はしない。だから何も問題はない」
「は……?」
「私は君の出した条件で納得している。扶養義務は果たすし、君は何も生活を変える必要は無い」
「は…あ」
「何か問題が?」
「…………思いつきません」
「ならばこの話は解決という事だな」
本当に?
本当に何も問題は無い?
彼の運転する車に揺られながら、必死に頭を働かせる。
いえ、何かあったでしょう?
とても大切な……
「…生活を変える必要は無いと言ったが、なぜ最初に渡した小切手を資金化しない。朝も夜も働く必要は無くなるだろう?」
…そ、それよ!それだわ!
「あれは受け取れません!金額が大きすぎます!一体何年分の生活費なのですか?」
「年?…2か月ぐらいでは無いのか?」
「にかげつ……………はあっっ!?」
あの…8桁の小切手が…にかげつ…2か月!!
「どうせ君のものになるんだ。さっさと資金化して、屋敷に使用人を雇うといい」
はっきりとわかった事がある。
この人、顔だけではなくて、頭の中も…怖い…!!
そしてパン屋の前で降ろされた後に気づいた。
…あさって会う必要など無いのでは、と。