47.覚書②
「クレア様、ルーカス様よりお手紙でございます」
その手紙は、恭しく銀色の盆に乗せられ、エドワーズ邸の執事より私に貸し与えられた客間へ届けられた。
「まあ!わざわざありがとうございます」
「わたくしどもに礼など不要。何でもお命じ下さい」
「ええと…そ、そうですね。何かあればお願いしますわ」
「では、失礼いたします」
な…慣れないわ。いつまで経っても慣れないわ…。
私だって1年半前までは使用人に囲まれて暮らしていたわけだけど、エドワーズ邸の使用人は何というか格が違うというか…いえ、全然違うのよ。
嬢ちゃま嬢ちゃまと可愛いがってくれてた爺やと婆やとは全然違うの。
彼らは……プロだわ。
そのプロ執事が運んで来た手紙をいそいそと開く。
心なしか心臓がドクドクする気もする。
『親愛なる クレア・ベゼル嬢
ようやく仕事がひと段落着いた。
早いうちにそちらへ帰る。
何か欲しいものや行きたい所があるだろうか。
考えておいて欲しい。
取り急ぎ報告まで。 ルーカス・エドワーズ』
彼が…帰って来る。
なんて律儀なのかしら。
自分の邸に帰るのにわざわざ手紙を…。
「…欲しいもの?行きたいところ?…どういう事かしら…」
何であれ、もうすぐ彼に会える。
「エドワーズ様はだいたい予定の2、3日前には連絡を下さるから、きっとしあさって頃ね。…こうしてはいられないわ。仕上げなくては!」
私はエドワーズ邸の図書館へと急ぐ。
…お父さまの書斎の本に唖然としている場合ではなかったわね。ここには別棟に図書館があるのよ?しかも半端な蔵書数ではない。
だがここでならゆっくりと調べ物が出来る。
…この件は、さすがにオリバーには聞きづらい。
「……コソコソと何を?」
「コソコソ?ええ、確かにコソコソしておりますわね。覚書を破棄するにはどうすれば良いのか……」
言いながら気がついた。
わたくし…いま…だれと、かいわを……
ゴトッ
後方で何かが落ちる音がする。
肩がビクッとする。
これは…あれですわ。古い屋敷には必ず1人や2人住んでいるという…ぼんやりした…人…ですわ。
でもエドワーズ邸はかなり新しいように思えるけれど…。
カツカツカツカツ…
足音が近づいて来る。
何かしら、何の用かしら…。
私、聞こえるだけで、見えない部類の人間ですの。
お役には立てませんわ…!!
「なぜ…なぜ覚書の破棄を!?手紙を書く回数が少なかったからか!?…もしや…ひと月帰らなかったから……」
肩をガッと掴まれて振り向かされた目の前には…
「エ、エドワーズ様っ!?」
「なぜ、なぜ……」
「いえ、あなたこそなぜここに!?私、先ほどお手紙を受け取ったばかりですわ!」
「昼過ぎに出したから当然だ。いや、だから理由を……」
「昼出した手紙がどうして夕方に届きますの!?」
「「………………。」」
「改めまして、おかえりなさいませ、エドワーズ様」
「ああ…ただいま」
仕切直しとなった感動の再会の挨拶は、なぜか図書館で、パーティーの時とは打って変わって不機嫌さを隠そうともしないエドワーズ様を相手に行われる事となった。
「…誤解ですわ。私の言い方に少々問題がありました」
「誤解」
「ええ。ですから機嫌を直してくださいませ」
「別に機嫌は悪くない。……説明してもらおう」
……取調べかしら。
久しぶりに見る彼のゆったりとした服装。
いつもきっちり折り目正しい格好をしているだけに新鮮でいい…いえいえ、私ったらまた趣味に走ってしまったわ。
「私たち、覚書の内容変更について何も取り決めておりませんでしょう?」
エドワーズ様の眉毛がピクッと動く。
「…変更が必要か?」
「必要ですわ。このままだと現状不一致甚だしいですもの」
「不一致…」
「ええ。ですから変更よりも破棄をして、新しいものを作り直す方がいいのかと思いましたの。…ちゃんとご相談しようと思っておりました」
エドワーズ様が視線を落としたまま何かをじっと考えている。
「素案は?」
「こちらに。いかがです?」
私が作った覚書の内容に彼が目を通す。
…読むのが早いわ。目の動きが尋常じゃない。
読み進める彼の目が、だんだん大きく見開かれていく。
読み終わった彼が、無表情ながらもどこかしら嬉しそうに見える。
「…概ね同意する。だが第6条は要修正だ。面会は…もはや義務だとは考えていない。私は会いたい時に君に会うし、会える時に君に会う。…会えるように、日々…努力する」
「…ふふ。生真面目ですわね。ではそうしましょう。私が会いたくなったらどうしたらいいですか?」
「…そうだな、緊急電報の使い方を……」
「それはお断りしますわ」
「しかし最も早く確実で…」
おかえりなさいませ、エドワーズ様。
お待ちしておりました。




