44.パーティーの夜
「子どもの頃はね、体も大きくて声も大きいマーティンが苦手でね。ほら…僕細いだろ?よく吹き飛ばされて泣きながら家に帰ったもんさ」
パーティー会場をゆっくりと歩くオリバーの隣を静々歩く。
「でもね、今日見たマーティンは…何だろうな、昔と全然変わらなくて……少し寂しい気持ちになったよ。せめて昔以上に怖くなってくれてたら、僕の子ども時代も救われるのに」
「オリバー……」
「それに僕は本当に怖い人間っていうのは、静かに怒る人間だと思うし」
「…え?」
ピタリと歩みを止めた彼の目線の先を追う。
「勝手をして申し訳ございませんでした!」
オリバーがビシッと腰を90度に曲げ首を垂れる。
彼のつむじの先と、私の目線の先には…
「…エドワーズ様……?」
開け広げられたテラスには、仕立てのいい夜会服を身に纏い、美しく佇む……彼がいた。
「エドワーズさん、申し訳ありませんでした。母はやはりきちんと説明していなかったのでしょう?」
夜会場からテラスへと出てからというもの、オリバーはずっと謝っていた。
「いや、謝る必要はない。だいたいの事情は察している。……彼女、少し借りても?」
「ええ、もちろんです。ベゼル、ありがとう。母さんも気が晴れたと思うよ。じゃあまた!」
「えっ、ちょっと待って、オリバー!私まだ何にもできてない……」
オリバーが去っていく。私をテラスに残して。
夏の夜の風が私の頬を撫でていく。
少し気まずい気持ちを抱えて、私は声を出す。
「…こんばんは、エドワーズ様。…ご無沙汰しております」
「ああ」
「あの…今夜、いらっしゃっているとは知らずに…きちんとご挨拶せずに申し訳ありませんでした」
「いや…。知らせて無かったのはこちらだ」
…たくさん話したい事があったはずなのに、どうして何も出て来ないのかしら。
お仕事忙しいですか?きちんと食べてますか?寝る時間は取れてますか?
私のこと…時々思い出してくれてましたか?
もう…ひと月も…会って無い。
「クレア嬢、私と踊ってくれないか」
「…え?」
思わず彼の灰色の瞳を見つめる。
「踊りは習わなかった?」
「いえ、習うには習いましたけど、実践する機会がなくて……」
「ならば丁度いい。私も踊るのは10年ぶりだ」
「え、ええ?」
突然の申し出に頭が混乱してくる。
「さ、お手を…レディ」
ーーー!
な、何が起こってるの!?
彼は…彼は誰!?
抵抗する暇もなく、右手を引かれて夜会場の真ん中へと連れ出される。
「…こちらを向いて」
「む、無理ですわ」
「…色々経験豊富なのだろう?」
…!ここで仕返しを…!?
「冗談だ。…せっかく会えたのだから、顔を見たい」
本当にこの人はエドワーズ様なの?
そっくりさんとかなのでは…。はっ!わかったわ!彼は夜会服を着ると人格が豹変するのね…!
彼に手と腰を取られ静かに揺れながらも、頭の中は凄まじい勢いで回転していた。
「会いたかった。こんなに長い1か月は経験した事がない」
彼の言葉に思わず俯いていた顔を上げる。
……私も…そうです。心の中で唱える。
「…話したい事も、話さなければならない事もたくさんある」
私はこくりと頷く。
「だけど、話せない事もある」
「…!」
「だから、見ていて欲しい」
「え…?」
そう言うと、彼は私の耳元で一言囁き、私をぎゅっと抱きしめた。
彼の腕が解け、後ろ姿が小さくなったその瞬間、それは起こった。
「全員動くな!!モリソン商会会頭、ジェフリー・モリソン、並びにこの場に集った各貴族家当主、国家反逆罪で逮捕する!」
大きな声だった。体の大きなあの人だった。
途端に邸に響き渡る悲鳴と怒号。
逃げ出すように出口に詰め掛けるパーティーの参加者を、何十人もの男性が次々と拘束していく。
そして、驚き目を見張るあの男爵令嬢の目の前で、彼は…彼女の父親に手錠をかけた。
美しい佇まいのままだった。
私はただ、彼を見ていた。
狂乱と騒音あふれる夜会会場で私の耳に残ったのは、彼の言葉だけ。
『君が好きだ』と呟いた、彼の言葉だけ。




