43.モリソン男爵家
「まぁ〜!モリソン男爵夫人!この度は御子息の御婚約、誠におめでとうございますぅぅぅ!」
「あぁらカーソン夫人、わざわざお越し頂いてありがとぉぉう!うちは跡取りが片付いてほっと一息よぉ!オーホホホ!」
「「オホホホホホホ…!」」
パーティーの日はあっと言う間にやって来た。
少しの疑問と、大いなる嫌な記憶を伴って。
…それにしても、この調子ならシンシアさんは貴族社会でも十分にやっていける逸材に違いないわ。
少しも物怖じせず、相手が男爵夫人でもお構い無し。なんて強い心の持ち主なのかしら……。
目の前でシンシアさんとやり合っているのは、立派な赤毛を盛り髪にしたふくよかな女性、モリソン男爵夫人。
そしてその隣には…豊かな赤毛を豪奢に巻き上げた既視感のある御令嬢。
そしてここは、私がヴィンセント・アンダーソンに出会ったあの邸………。
全てのピースを型にはめるならば、ここはモリソン男爵邸で、この御令嬢はモリソン男爵令嬢。
…エドワーズ様の…こ…恋人…ではなかったかしら。
なぜエドワーズ様は私にこのパーティーへの参加を許可されたの?
まさか…そういう事?
結婚するなら愛人と面通しをしておけ、とかそういう無言のメッセージ……。
だからオリバーの恋人役の許可を?
…ああもう訳がわからないわ。
シンシアさんが用意してくれた薄紫色のエンパイアラインのドレスを纏い、複雑に結い上げてもらった髪を鏡に映し、気分はお姫様!なんて喜んでいられたのは、パーティー会場入り口までだった。
今までに袖を通したどんなドレスより、私に似合っていると思ったのに。
…どうしてこんなよくわからない気持ちになるのかしら。
私のドレスとお揃いのポケットチーフを胸に刺したオリバーが、隣で暗い声を出す。
「…はぁ。ごめんね、ベゼル。つまんないんだろ?」
「オリバー…。やだ、私ったらそんな失礼な顔を?」
「いや、いつも通りの顔だけどね。目が違う」
「目……目?まつ毛をくるんとしてもらったからかしら……」
「君は少し馬鹿なんだね。薄々気づいてたけど。どうやってマーリン大に受かったんだろうね。しかも飛び級だろ?」
「お金の力よって、もう!教科書に情熱を燃やしたに決まってるでしょう!」
「ふーん…。で、今は燃えかす…てわけ」
…オリバー、最近毒舌が過ぎないかしら。
2人でいつものように掛け合いをしていると、シンシアさんの声がこちらに降りかかる。
「ああ、そうそう、うちの息子にもようやく春が来そうですのよ。ね、オリバー?」
「ゔっ……」
わかりやすくオリバーがうろたえる。
…始まるのね。オリバー頑張って!
「…ご無沙汰してます、男爵夫人。オリバーです。ええと、こちら同じ大学の………」
ようやく私の出番かと気合いを入れたその時だった。
「オリバーに恋人ぉ?あのオリバーに?まっさかぁ!」
もう入場時点から色々な人を目にしてお腹いっぱいなのに、今度はギッラギラのスーツにペッタペタに撫でつけた赤毛がとても眩しい、かなり福々しい男性が登場した。
「…マーティン」
今度はオリバーの声が明らかに沈んだ。
「こらこら、マーティン令息、だろう?よぉ久しぶりだなぁオリバー!わざわざ俺の婚約披露パーティーに出向いてくれて悪いねぇ!ほーらステラちゃん、前に話しただろぉ?頭ぐーるぐるの幼馴染のオリバーのこと!」
「…マーティ、そんな事言っちゃ悪いわ」
「なんて慈悲深いんだステラちゃん…!さすが伯爵家の御令嬢だ!家柄よし!性格よし!俺は幸せ者だなぁ!伯爵家の!御令嬢と!婚約できるなんて!」
「マーティン…令息、おめでとう。ステラ嬢、お幸せに。……ベゼル、行こう」
オリバー……。
あんなに顔を伏せて……。私…役に立たなかったのね。ごめんなさい……。
そっとオリバーの腕を取ろうとしたその時だった。
「ちょっと待て。…オリバー、その御令嬢は…?」
「ああ、幸せそうな君には関係のない人だよ。行こう、ベゼル」
クルっと振り返って立ち去ろうとするオリバーを慌てて追いかける……その前にきちんとお祝いを述べなければ。
「あ、待って、オリバー!あ…お二人とも、本日はまことにおめでとうございます。素晴らしいパーティーですわ。末永くお幸せに。それでは失礼します」
にこりと微笑み、ドレスの裾をつまんで腰を落とす。そして改めて振り返り、オリバーの背を追いかける。
「ちょっと待って、オリバー!」
会場の隅まで追いかけて、ようやく見えた彼の背中は、小刻みに震えていた。
「…オリバー?あの人、マーティン様…怖かった?」
オリバーの震えは止まらない。
「確かに彼は体も大きくて、とにかく声も大きくて、あなたと違って髪はペッタリしていたわ。あと御婚約者の方も大きかったから囲まれると恐怖を……」
「や…やめて……!僕、これでも笑いを堪えるのに必死なんだ…ププ…クク……!!」
あら?オリバー、もしかして1人でも平気だった…?




