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39.チェックメイト

「そうか……よかったな。我々も彼女のおかげで何とかヤツの身柄を確保できた」

「ええ。しばらくは私の邸で保護します」

「それがいい。あの邸に手を出す人間なんて滅多にいないだろう」


 クレア・ベゼル救出作戦…と私だけが名付けた今回の一連の動きから一夜明け、私は顛末をスタンリー・クルーズ局長に報告している。

「こちらの状況は芳しいとは言えない。アンダーソンは完全黙秘だ。簡単に行くとは思っちゃいないが、こちらも後ろ暗い立場だ。……このままだと釈放もあり得る」

「…ええ」

「アイツら綺麗に証拠隠滅を図りやがった。最上階はもぬけの空だ。…ったく。とにかく勾留を引き延ばすには、罪状を積みたいところなんだが……」

「婦女暴行はありませんでした」

「当たり前だ。ハワードさんの残した大事なお嬢さんに滅多なこと言うな。よかったよかった。うむ、よかった」


 本当にそう思ってるのかこの男は……。

 そう疑いたくもなるほどこの男は相変わらずとぼけた顔をしている。

 それにしても、『よかった』と言う言葉では足りるわけがない。

 最良の結末に決まっているだろう。

 …ある程度は、覚悟していただけに。



 作戦名1022。これが今回スタンリー・クルーズが指揮を取った作戦の正式名称だ。

 立案は私が行った。

 二兎を得る為に私がスタンリーに持ち掛けたのは別件逮捕だ。クレア嬢の身柄の保護と、アンダーソンの身柄の確保の両方を盤上に乗せた。

 私も組織の一員である以上、ヤツとの戦いに長い間明け暮れて来た。行きたくもない夜会に行っては女どもの機嫌を取り……いや、そんな事はどうでもいい。

 現状横たわる問題は、ヤツの身柄が解放される可能性がある事だ。

 クレア嬢の監禁の事実は厳然として存在する。だが、彼女は怪我の一つも無く、栄養状態も良好であった。

 そして何よりも、ヤツはサーディン国の王族籍を持つ。

 恐らくこのままではサーディンからの身柄の引き渡し要請に抗えない。

 必要なのはヤツがこの国で武器を売り捌いていた明確な証拠。そう…確固たる…証拠。


「局長、見て頂きたいものがあります」

 そうスタンリーに言葉をかけながら、私は昨日の出来事を思い出していた。





「さ、クレアちゃん!そうと決まったらドレスに着替えましょう!今夜は御祝いしなきゃ!」

「え、え?あの…」

 完全に戸惑いを隠せていない彼女であったが、さすがに一連の流れから屋敷に戻るとは言い出さなかった。

「ほらほら、そんなエプロンなんか外して?たーくさんドレスを持って来たの!ワクワクするわ〜!」

「きゃっ!シンシアさん、ちょっとここでは…!」

 薄々気づいてはいたが、私はカーソン夫人がどうも苦手だ。

 彼女は自由すぎる。

 この母親からあの思慮深いオリバーが育ったという事実は驚嘆に値する。


「あら…何かしら?ポケットに何か入ってるわねぇ。……たくさん」

 ポケットに……そう言えば抱き上げた時に妙にゴワゴワした感触を……

「はっ!シンシアさん!なりませんわ!それを開いてはなりませんっっ!!」

 珍しいクレア嬢の大声と、シンシア夫人の耳をつんざくような悲鳴が聞こえたのはほぼ同時だった。


「キャーーーーー!!!………フッ」

 そして夫人が気を失って倒れるのと、ソレが転がり出るのも、ほぼ同時だった。

 

ポトリ

 夫人の足元に転がり出たのは……黒い…生物。

 私の身の回りでは存在を許されない生き物。


「シンシアさん!!」

「シンシア!!」

「母さん!!」


 皆がパニックで大混乱する中、私は夫人が天井へと放り投げた紙がヒラヒラと宙を舞うのを目で追った。

 そう、特徴的なサーディン語が記された、その紙を…。





「おいおいおいおい!ルーカス!これはどうした!!」

「…詳細は聞かない方が良いと思います。とりあえず、クレア嬢からの提供、とだけ」

「12、13、14…15枚…。ルーカス、もしコレがアレなら…ひょっとしたらひょっとするのか…?」

 体じゃなくて語彙力を鍛えろと喉元まで出かかったが、とりあえずは一言だけ告げた。


「チェックメイトです」


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