38.避難
「簡潔に説明する」
ようやく落ち着きを取り戻した応接室で、エドワーズ様が切り出す。
いつの間にやらテーブルにはお茶が供され、色とりどりの焼き菓子が並んでいる。
焼き菓子に少しだけ気を取られながらも、体ごと彼の方を向く。
「ベゼル邸とカーソン邸には、不審人物数名が交代で監視に来ている」
「…え?」
彼が視線を落とす。
「…間違いない。クレア嬢が戻らなくなった日以降、毎日、二つの邸の周りには、見知らぬ人間たちが姿を現すようになった」
「…アンダーソンの手のものでしょうか」
…彼は、私の大切な人をオリバーだと思っていた。
「可能性としては低くは無い。だが……」
「…クレアちゃん、実はね、私たちもアンダーソン商会とは……少なからぬ因縁があるの」
エドワーズ様の言葉を繋いで、シンシアさんが言葉を発した。
そしてそれに合わせるようにセドリックさんも口を開く。
「そうなんだ。クレア嬢、以前夕食の席で〝苦手な人物と付き合う方法〟について話した事を覚えてるかい?」
そう言えば……。
シンシアさんの家庭教師の日にセドリックさんとそんなやり取りがあったことを思い出す。
「ええ。確か私、また頓珍漢な事を言った記憶がありますわ」
「いやいや、あの助言は役に立ったよ。君が発した『苦手だとすぐにわかる人物なんて有難い。何をするにも準備ができるから』という言葉を聞いて、私は……こちらのエドワーズ侯爵に庇護を求めた」
エドワーズ…侯爵…?
ギギギギと、目だけ彼の方を見る。
私の視線に気づいたエドワーズ様と目が合う。
あなた侯爵なの?
侯爵子息じゃなくて、あなたが侯爵?
貴族だとは思っていたけれど、そんなに高位の貴族なの?
どうして公務員を?
私の目には沢山の疑念が浮かんでいたのだろう。
彼は少し気まずそうにしていたが、『あとで』と口が動くのを確認して、とりあえず小さく溜息を落として、セドリックさんに視線を戻した。
「…我々カーソン商会は、ここ数年、アンダーソン商会と…いわゆる対立構造にあった」
「…えっ?」
「いや、直接という話では無いよ。ただ我々のような新興の企業は、どこも軒並みアンダーソン商会との取引を増やしていた。…だが、私は断ったんだよ」
「それは…どうしてですか?」
尋ねればセドリックさんが、ふ、と笑う。
「苦手、だからだよ」
「まあ…!」
さすがオリバーのお父さまだわ。
彼の瞳に映る虚無がわかるなんて……。
エドワーズ様が私の方を見る。
「クレア嬢、君がいなくなった時、私とセドリック殿は全く違う方向からアンダーソンに辿り着いたんだ。だから協力を依頼した。アンダーソンは警戒心が強い。今日のあの人数で突入するための作戦に、商会の車を提供してもらった」
「ええ。ホテルに仕入れの車が入るのは自然なことですから、是非にと」
「そうでしたの…。本当に、何と御礼を申し上げればよいのか。私などのために……」
「…ベゼル、それは違うよ」
「オリバー……」
「なんか、じゃない。君だからみんな必死になったんじゃないか。生真面目で、融通が利かなくて、いつも自分に厳しく生きてるだろ?そんな君だから、みんな一つも疑う事なく君が事件に巻き込まれたって判断したんだ」
「そうよ、クレアちゃん。この10日間、私たちもあらゆるつてを辿ったの。レストランもパン屋も大学も、あなたが短期間働いた所も、全部ぜんぶ調べたの。…誰もあなたを責める人なんていなかったわ」
下まぶたが熱い。
両親の葬儀の時でさえ感じなかった熱。
こぼれる…ではなくて、あふれる何かを感じる。
私にもあったのだわ……。
…泣いてでも戻りたい場所が。
…待っててくれる人が。
「…カーソン邸の監視は、実際の所クレア嬢の件と関わりがあるのかは分からない。だが、作戦行動の協力者となると完全に関係者となる」
エドワーズ氏は、淡々と言葉を紡ぎながら私の頬の水滴を指先で拭う。
「私たちね、新しい家に引っ越す事にしたの。知らない男が覗いた家になんて住みたく無いじゃない?」
「…引越し?」
「そうそう。エドワーズさんが紹介してくれてね」
エドワーズ様が紹介…
「実は我々も、そろそろ居住区を移ろうと思っていた所でね」
カーソン家の皆が息ぴったりに言葉を繋ぐ。
「…彼らの身辺保護と、新しい住居の手入れが済むまで、ここで暮らしてもらう事になった」
「え?」
カーソン家の皆は、にこにこしている。
そして…
「クレアちゃん、本当にお帰りなさい。そして、しばらくよろしくね!」
とどめはシンシアさんから放たれた。




