34.10日間
「全館検査……?」
「ああ、そうだ。ルーカス、よく耐えたな!ようやく我々に光が差してきた!」
彼女が姿を消して10日、ありとあらゆる手を出し尽くした10日間。光明は、向こうから差してきた。
「ホテルの複数箇所で水漏れだ。排水管の詰まりらしい。明日から2日間営業を止めての全館検査だ!」
呼び出された局長室。こんなにわかりやすく興奮する局長を見るのは初めてだった。
「スタンリー局長、では……」
「乗り込むぞ。初日の主務は工作班だ」
工作班…。それはそうだ。何をするにも下準備がいる。
「…泣かないか?」
「は…?」
「何を見ても泣かずに初日ここに戻って来られるか?」
「は?」
「泣かないなら加えてやる」
「………は?」
「お前は泣き虫だったと親父殿から聞いているからな。正直今回は…」
「………ご心配は無用です。もし誰かの前で今の話をされた場合、私の全権力を持ってあなたを再起不能にします」
「お、お前、上司を脅すな!まぁ…行って来い。いいな、接触禁止だぞ。それだけは守れ。彼女が確実に現場にいる事を確認して来い」
「…了解!」
局長に敬礼して、最後に深く頭を下げて部屋を後にする。
扉を閉めた瞬間、全身に震えが走るのがわかった。
無限とも思えた10日間。
伝わる情報から無事を確認するしか出来ない日々が…終わる。
「全館検査…ですか。困りましたね。主人はあさってまで戻らないのですが……」
ようやくこの日が来たと思った。
扉の向こうに総支配人が顔を覗かせたその瞬間に。
ホテルには大変申し訳無いが、10日間かけて排水管を詰まらせたのは私です。
お詫びは必ず致します。
…分割払いで。
ペコペコと頭を下げる総支配人に、カールが居丈高に対応する。
お願いだから受け入れて!というか原因はこのフロアだから、支配人だって絶対に引かないとは思うけれど……!
半ば祈るような気持ちで事の成り行きに耳を澄ます。
「全部屋の確認が必要ですか?…そうですか。日時は?…わかりました」
カールの了承の言葉とともに扉が閉まる。
難しい顔をしたカールがクルリとこちらを振り向く。
「…クレア様、それからお前たち、仕事です。全員で1021号室の…掃除です」
「…!!」
「いいですか、ここにある書類は門外不出。全て纏めて箱詰めを」
「「はっ!」」
私が最初に足を踏み入れて、そして銃を突き付けられた1021号室。
どこに隠れていたのか、10人ほどの黒づくめ達と私は、何だか偉そうなカールの指示のもと、足の踏み場もないほどの書類や紙束をせっせと箱詰めさせられている。
…正直、冗談でしょう?と心の中で思ってはいる。どうやらカールは明日までに片付けを済ませたいようだが……この量、業者でも呼ばないと無理よ。
紙束を片付けながらチラッと内容を読んでみるが、見た事のない外国語で書かれており、私では読解出来そうにない。
だけどこれだけ慌てて片付けさせるところを見ると、外に漏れると非常によろしくないものである事は確か。
…勉強は、やっぱりちゃんとすべきだわ。
そんな事を思いながら、黙々と作業をしていると、
「うわっ!!」
「ぎゃっ!!」
などという野太い悲鳴が上がり出す。
…何事かしら?
「お、お前たち、ソレを私の側に近づけるのではありません!」
「で、ですが…!あっ!飛んだ!!」
「ぎゃー!!」
何やら大騒ぎが起きている。
「…どうかなさいましたの?」
騒ぎの中心…一番悲鳴をあげている声の主、つまりカールに話しかける。
「出たのですよ!ヤツが!だから早く掃除するよう進言したのに…!!」
「ヤツ…」
カールが指差す方へ視線を向けると…なるほど、いる。例の黒い生物が。カサカサと触覚を揺らしながら、人間を小バカにするようにこちらを見ている。
「あなた方…そんなに大きな体をして、この小さな虫が怖いのですか?」
「は、は!?あなたは…何ともないと!?この…不潔を絵に描いたような生き物が…!」
「まあ!ほほほ。同居人のようなものですわ。始末はさせて頂きますけれど」
「し、しまつ……」
「ええ。こうやって」
言いながら私は、積まれた紙束を厚めに手に取り、クルクルと巻く。
「こうするのですわ」
腕を思い切り振り下ろす。
バチーンッ!!
「ぎゃー!!」
「あら、逃がしましたわね。そこのあなた、どいて下さいまし」
バチーンッ! バチーンッ!
何度目かの格闘の末ようやく勝利をおさめたあと、ソレを紙束で包み、カールに戦利品の報告に……
「ち、近づくな!…そこを一歩でも動いたら……」
「まあ…。では仕方ありませんわね」
そう言われたら仕方がない。戦利品を包んだ紙ごとエプロンのポケットへと詰め込んだ。
「ば…化け物…!」
後ろでカールが何かを呟く。
失礼しちゃうわ…。
結局その日は何度も格闘の出番を迎え、朝までかかって1021号室を片付けた。




