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32.思案

「夜景…見飽きちゃったわ……」


 結局行き着く先はここね。

 私は夜景を見下ろす暮らしよりも、夜の暗闇に隠れてしまうような暮らしの方が性に合ってるわ。

 かと言って、窓から飛び降りるのは無理そうだし…。


 夜に会いに来ると言ったアンダーソンは、結局日付が変わった今も訪れる様子は無い。

 それは助かる。彼の顔を見ると…ひどく混乱する。

 嘘と本気の境目があんなに分かりにくい人間に会ったのは初めてだ。


 エドワーズ様が言っていたのはこの事だったのだと今ならわかる。

 夢うつつに、何度も何度もシガールームへ行くなと言った彼。

 いや、その前に…レストランを解雇された2日後の夜、突然屋敷に来た時に言っていた〝あの男〟…。

 全てがヴィンセント・アンダーソンを示すならば、彼はアンダーソンの危険性を知っていた事になる。

 なぜ…は、今考えても仕方がないこと。

 ほぼ確実なのは、彼はアンダーソンを監視する側の人間だという事だけ。アンダーソンが普通の商会の会頭では無い事は、肌感覚でわかる。


 ならば私が取るべき行動は絞られる。

 まず、私の現状を把握できる人間は、掃除婦の取り纏めをしているあの主任。だけど定時になっても戻らない私を探しにも来ない事を考えると、ホテルの中の人間には期待出来ないという事だ。

 

 次にシンシアさん。今日…日付が変わった今では昨日は、金曜日の家庭教師の日。私が現れないことに疑問を持ってくれるとしたら、この線しかない。

「オリバー……」

 そう、オリバーなら、必ず違和感を感じてくれる。彼ならきっと何か行動を起こしてくれる。

 彼はどういう行動に出るかしら。屋敷を見に行くかしら。夜遊びしていると思って明日の朝まで待つかしら。…それは無いと思うのだけど。

 警察に届ける…には少し戸惑うかもしれないわね。誰かに判断を仰ぐかしら。私に親がいれば、親に知らせをやるわね。でも親はいないとなると、一番身近な人間に……。

 

 今日は第4土曜日…。

 そうね、全ての道筋は彼に繋がる。

 大丈夫。私の婚約者はどの道からでも私のことを見つけてくれる。…そんな気がする。

 

 後は物理的な問題だわ。

 堅牢な最上階フロアを開放する方法…。





 カーソン邸からの帰り道、車を走らせながら遠目から彼女の屋敷の方角を見た。

 捜査の邪魔になる事と、敵に私の存在を気取られる危険性から、近づく事は許されない。

 だけど、今から急に呼び鈴を鳴らしに行けば、彼女が薄く微笑んで『お早いお越しですね』などと嫌味の一つでも言いそうな気もしてくる。


 首都のほぼ中心に存在する巨大な不夜城群。王城を守るようにぐるりと配置された、言わずと知れた官庁街。

 その内側にありながら、中の人間にも公にされない組織。その庁舎は意外にも堂々とした目立つ場所にある。…王城の隣だ。だから誰も滅多に近づかない。不審な動きをすれば、即座に守備兵が駆けつける。人間の心理をうまく突いた、絶妙な位置取りなのだろう。


「おう、ルーカス帰ったか」

「ザック…まだいたのか」

「当たり前だ。今夜は全員庁舎に詰めてる」

「…動きは?」

「こっちに来い」


 ザックに誘われ、執務室横の小部屋に入る。

「ルーカス、これ出しとけ」

 差し出されたのは…

「旅券発行…差し止め申請……」

「ああ。それからこれと、これと……」

 次から次へと出てくる申請書類。

「郵便物転送…退学届不受理……婚姻届…不受理……」

 並ぶ書類の見出しに、一気に彼女の置かれた状況が鮮明になる。

「…一緒にいるんだな」

「…ああ、間違いない。カペリンの掃除婦の取り纏めから証言が取れてる。一人で最上階のスイートに掃除に行ったきり、戻らないそうだ」

「…………。」

「最上階はフロア全体がアンダーソンに借り上げられてる。…救出は、かなり…時間がかかる。下手を打てば……」

「アンダーソンを逃す……」

 ザックが深く頷く。

「…お前個人として出来ることは全部やっとけ。…まさかお前がきちんと婚約の届出を貴族院に出してたとは思わなかったぞ。…だから手が打てる」

「…そうだな」


 婚約など、口約束で済ませることもできる。

 だが…ハワード殿が生きていたら、そんな相手の息の根を止めにかかるだろう、そう思ったまでの事。

 

「ハワードさんは怖かったよな」

 ザックが突然口を開く。

「生きてたら…どんな作戦練るんだろう」

 生きていたら…むざむざ敵の手中に娘を陥れるなんて失態起こさないだろう…。

 だが、もしこの状況なら……。

「…ハワード殿は、二兎を追って、二兎とも手に入れる人だった」

「そうだな。捨て駒を作らない稀有な指揮官だった」

「今のこの状況で、二兎を追う方法…一つだけ思い当たる」

 

 ザックの瞳が少し愉快気に〝言ってみろ〟と私に目配せをした。

 

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