31.カーソン家と侯爵
『ご多忙中失礼します。今日は母の家庭教師の日なのですが、約束の時間を3時間過ぎてもベゼル嬢が現れません。もし所在をご存知でしたらお知らせ下さい。』
オリバー・カーソンに我が邸への繋ぎの取り方について教えたのは、念のため…というよりは、もっと実用的な目的だった。
カーソン家の内情を知る目的もあったし、それより何より彼は優秀な後輩で、時々届く法解釈についての議論を交わす事が楽しかったのだ。
だからそんな聡明な彼が送って来たこの急報は、そのまま彼が考えうる限りの異常事態を示している事は明らかだった。
「ルーカス、カーソンからの知らせはどうだ」
「彼女は…今日約束していたカーソン邸を訪問していません。後は、見張りからの知らせと同じです」
「…そうか」
局長宛のベゼル邸の見張りからの知らせは、第一報を皮切りにあの後も断続的に届き続けた。
『ベゼル邸周囲不審人物3名有り。尾行を試みる。』
・
・
『カーソン家使用人訪問確認』
『1名ホテル・カペリン入り確認』
・
『1名レストラン・ハーリングにて確認』
・
『オリバー・カーソン訪問確認』
・
『1名カーソン邸東徒歩2分の位置にて確認』
・
・
・
『クレア嬢未だ帰宅せず』
まだ届き続けてはいるのだろうが、私は途中までしか確認出来ていない。市中警察とともにカーソン邸へと派遣されたからだ。
…クレア嬢の婚約者として。
「エドワーズさん!すみません、急報なんて出して!」
邸を訪ねると、オリバーが飛び出て来た。
「いや助かった。君がおかしいと思うのだから、きっと何か起こっている」
「…ベゼルは無断で欠席したり遅刻したりしないから……」
「…そうだな」
彼女の生真面目さがオリバーを動かし、そして我々の初動を早めた。
彼に連絡の取り方を教えておいて本当によかった。
「…ご両親は?」
「応接にいます。こちらです!」
不審人物の視察を受けたカーソン邸へは、警備隊を配備せねばならない。
ただ、それと気づかせずに邸内に警察を置くことはなかなか難しい事でもある。
だから…明らかにしなければならない。可能な限り。
「カーソン会頭…この度は私の婚約者の件でご心配をおかけしております」
通された応接では、オリバーの両親…つまりセドリック・カーソンとシンシア夫人が困惑を浮かべた顔で待機していた。
…シンシア夫人は、焦燥といった表情が適切か。
「エドワーズ侯爵……。こちらこそ、まさかクレア嬢が貴方の御婚約者だとは知りもせず…。知っていればシンシアを彼女の元へ学びに行かせたものを……」
セドリック氏が私に頭を下げる。
「いえ、彼女はそれを望まなかったでしょう。…私との事も、知っているのはオリバー君だけなのです。こちらこそご挨拶が遅れて申し訳なかった」
「エドワーズ様…いえ、侯爵、本当に申し訳ございませんでした。わたくし…クレアちゃんには本当に軽口を叩いて……」
「…いえ、お気になさらず」
こうなる事はもはや避けられなかった。
セドリック・カーソンとは貴族として出会い、そして、エドワーズ家がカーソン家の後ろ盾となる事で話がまとまっていたからだ。
「えっ!エドワーズさんって侯爵だったんですか!?侯爵子息ではなくて、あなたが侯爵!?貴族の出なんだろうな、とは思ってましたけど、これまたえらく高位の……」
「こら、オリバー!何て口のきき方だ!」
「わかってるよ!でも…もう気のいい先輩としか思えないというか…。ベゼル抜きでも勉強見てもらってるし……」
「オ、オリバー、あなた、何てことを…!」
カーソン家の面々の動揺は痛いほどわかる。
彼らは叙爵を控える身ではあっても…平民だ。
例え私が何も意識していなくても、彼らから見る私は…ぶ厚い壁の向こう側の人間なのだろう。
だから、オリバー・カーソンの言葉は私を救ってくれた。
「ありがとう、オリバー君。…私も、できれば大学の先輩として接して貰えると有り難い。友人でも構わない。もはやクレア嬢と交わした会話より、君と話した回数の方が多いぐらいだからね」
「…ですよね!よかったー!」
「オ、オリバー!よろしいのですか、侯爵……」
「もちろんです。会頭も…よろしければ、私の事はルーカスとお呼び下さい。ご夫人も」
「…なんと!ありがたいお申し出、喜んで受けさせて頂きます。私の事もセドリックとお呼び下さい」
セドリック殿に右手を差し出す。彼が手を握り返す。
「セドリック殿…不躾な願いだとは承知しておりますが、クレア嬢がここを訪ねて来るかもしれない。…人を置かせて頂きたいのだが……」
「もちろん構いませんよ。私どもも心配しているのです。あなたにすぐ連絡が取れる方がいい」
「…ありがとうございます」
下地は整った。
カーソン家の安全確保は滞りなく進むだろう。
次は…彼女の身柄の確認だ。




