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30.急報

 日中は出払っていることが多い捜査官が全員集められたのは、その日の夜9時だった。

 こんな時間にならないと揃う事すらままならない同僚たち。それでも全員が集められたこの会議に、皆が等しく緊張していた。


「まずはこれまでの経緯の確認と、本件で目指すべき着地点についてだが……」


 局長であるスタンリー・クルーズが自ら陣頭指揮に立つ本件。アンダーソン商会とそれを取り巻く新興貴族を根絶やすこと…それがこの国の、つまりは国王の望みである事を物語っている。

 勝手なものだ。国庫の不足分を補うために爵位を節操無くばら撒いたのお前たちだろう。

 …などと思ってはいても口には出せない。

 エドワーズは…王のために働く。

 表向きは…。

 


「難航しているアンダーソンへの接触だが、鍵となるクレア・ベゼル嬢に動きがあった。…彼女がアンダーソンの拠点となるホテル・カペリンで働き始めた」

 ざわざわと会議室が騒めく。

「今後の展開は何通りも考えられるが、最悪の場合だけは予め想定していなければならない」

 無意識に指を握り込む。

 最悪の場合を想定して対策を立てる。それが一番重要で、その想定をしていなければ、いざという時に身動きが取れない。

 わかってはいるが…考えるだけでも胃の内容物が出てきそうだ。


「ルーカス…大丈夫か?」

 隣に座るザックが声をかけてくる。

「お前が他人の心配だと?…どういう風の吹き回しだ」

「…あんま楽しい話じゃないだろ」

「………。」

 それはその通りだ。

 起きて欲しくない事を頭の中で何度も繰り返す。

 その度に頭の中の映像を叩き壊したい。

 …だけど、それで自分の決意が揺らぐ事はない。その一心で自我を保つ。


「ルーカス…降りるか?」

 不意にスタンリー局長から声がかかる。

「は…?」

「…最悪の場合に耐えられるのか、と聞いている」

「……!」

「彼女を縛り付けなかっただけでもお前には敬意を持っている。本当ならば……」  

 彼女を閉じ込めて守ることもできた…。局長の言いたい事はわかる。

 だが、彼女を知れば自ずと理解する。彼女は閉じ込めて守り切れるような種類の人間じゃない。

 …誰にも助けを求めない。

 求めてもいないものを与えれば、そこに生まれるのは疑心と不信だ。私が…彼女から欲しいものの…対極。

「いえ、大丈夫です。…私は変わりませんので」

「…そうか」


 ふとこちらを見るソフィアと目が合う。

 いつから…などと考えても無駄な事だ。

 やはり何度考えても、クレア嬢とは違う。

 クレア嬢の涙を見た時の心臓が握り潰されるような衝動とは違う。

 もう…認める以外にない。

 自分に嘘をつける時期はとうの昔に過ぎている。いや、そもそもそんな時期でさえ自分で作り出したまやかしだ。

 私は最初から彼女を、一人の女性として好ましく思っている。

 

「急報です!」

 突然、事務官が会議室へと飛び込んで来た。

 皆が入り口ドアの方を一斉に見る。

「どうした!」

 局長が声を荒げる。

「ベゼル邸から局長へ!」

「なにっ!?」

「そして…エドワーズ捜査官宛にご自邸から緊急連絡です!」

「!!」

 ガタンと椅子を引き、入り口へと駆け寄ろうとする。


「急報です!」

 再び新たな事務官が走り込んで来る。

「何だ何だ!?」

 あまりの展開の早さに局長にも焦りが浮かぶ。

「本日、クレア・ベゼルの住民登録に照会依頼あり!市民課からの通報です!」

「なんだと!?」

「それは俺の管轄だ!俺が聞く!」

 ザックも走り出す。

 …何かが、何かが起ころうとしている。

 いや、すでに起きている…!

 

 騒めきを増す会議室。

 想定で済むはずだった最悪の場合。

 次々と集まる情報は、彼女に起きている事の輪郭を浮かび上がらせる……。






 窓の側に置いた椅子に座って、ぼんやりと夜景を見ていた。

 ホテルの最上階から見る夜景は言葉にならないほど美しく、まるで自分が別世界にいるかのような錯覚を覚えさせる。


 別世界…。

 ふと自分の姿を見る。

 どこから現れたのか、数人の女性に美しいドレスを着せられ、髪を結われ、化粧を施された私。

 外への扉は数人の黒づくめの男達に守られて、まるで水槽の中で愛でられる鑑賞魚のような私。


 普通の女の人なら、泣いて家に帰して欲しいと懇願するのかしら…。

 帰った先に、両手を広げて待っている人がいるならば…私もきっとそうするに違いない。

 でも私に何があるというの?

 誰も出迎える者のいないあの屋敷に、泣いてまで帰りたい理由など…


『君にも…大切な人間の一人や二人…いるだろう?』


 目を閉じると、なぜか瞼の裏に浮かんでくるあの人。

 涙こそ出ないものの、今置かれている状況に微笑むことができないのは、きっと…彼のせいだ。

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