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28.手紙

「ヤダ…ほんとにルーカスがちょっと微笑んでる……」

「言ったろ?あの手紙、よっぽど面白い事が書かれてるんだろな。…そうじゃないならひたすら気持ち悪い」


 二人に増えた煩い同期の視線などどうでもいい。

 お前たちに見せる機会は永久に来ないが、彼女の手紙は……面白い。


『…先日、カーソン邸でオリバーのお父様と夕食を共にする機会がございました。お二人は食品流通に携わる方らしく、出されたコップの水が塩水かどうかをどうやって見分けられるか話されていました。

 私実は父に聞いて知っておりましたの。ですから〝ゆで卵を入れてみればよい〟とお答えしたのですわ。そうするとセドリックさんが使用人に大量のゆで卵を作らせて……』


 はっきり言って彼女は変わり者だ。年頃の令嬢から届く手紙としては色も艶もなさ過ぎるが、彼女からもたらされる情報は思いの外役に立つ。

 セドリック・カーソンとの接触が殊の外上手く行った理由の一つに、彼女からの何気ない手紙の一文から、カーソン商会が他商会からの嫌がらせを防ぐために貴族の後見を欲している事を知ったということがある。

 そう何気ない、一文から。

 だからこの塩水とゆで卵の下りも…


「…わからん。全くもってわからん」


 彼女からの情報が有用かどうかは、その時が来ないとわからないのが難点だ。

 そしてもう一つ……


『追伸、夏休みの間だけホテルで清掃の仕事をすることになりました。屋敷から15分のところにあるホテル・カペリンです。ご心配をおかけするといけないので、念のために勤務表を添付しておきます。』


 彼女は…大事なことを、最後に追伸で書いてくる。

 

「ホテル…カペリン………」


 私の呟きに、ザックが直ぐに反応する。

「カペリンがどうしたって!?」 

 椅子を弾き飛ばして私の机まで駆け付ける。


「おいおいおいおい彼女どうなってんだ!どんな嗅覚してんだよ!」

 人の手紙を勝手に読むな。

 …そう思ってはいても声が思うように出ない。

「なになに!?どうしたの!?」

 ザックの騒ぐ声に釣られてソフィアまでがやって来る。

「…ヤツはまだカペリンだな」

 ザックに問う。

「ああ。…拠点を移す動きを見せてるが、まだだ」

 警戒心の強いアンダーソンが、掃除婦とは言え他人の前に姿を現すとは思えない。

 …だが、二人が同じ空間にいる。

 まるで…引き合うかのように。


「ルーカス、単独行動は絶対にするな」

「わかってる。…そこまで自分を見失ってはいない」

 まだ全て可能性の話だ。

 …何も起こってはいない。まだ何も…。

「俺はクルーズ局長に報告してくる。おそらく…動くぞ」

「ああ…」


 執務室を出て行くザックの背を見送りながら考える。

 彼女にはベゼル家から派遣された者も合わせると相当数の護衛が秘密裏に付いている。

 道の往来で何かが起こる事はほぼあり得ない。

 屋敷の見張りのために向かいの家だって押さえてある。これはハワード殿が生きている時からそうだ。

 死角は…勤務時間中……


 そこまで考えた時に、ソフィアの声が聞こえて来た。

「何だ、やっぱり任務がらみなんじゃない。そうよね、彼女も貴族の御令嬢だもの。ルーカスが動くのも当然よね」

「は…?」

「ハワードさんのお嬢さんだから義理を通したんでしょ?仕事が終わったらどうやって婚約を解消するつもりなの?」


 ソフィアが何を言っているのか自分の頭に届くまでに、そう長い時間は必要なかった。

「変だと思ったのよ。あれだけ結婚は当分先だって言ってたあなたが、10代の女の子と婚約するなんて」

「いや、彼女はそういう相手じゃない」

「じゃあ何だって言うの?あなたずっと言ってるじゃない。身辺自立もままならない相手には興味無いって」

「だから、彼女は…」

 だが、ソフィアがなぜ私にこんなに絡んでくるのか今一つ理解が及ばない。

「いつもみたいに微笑めば簡単だったでしょうね。だって相手は……」


ガタンッ

「な、何よ、急に立ち上がって…」

「…何が言いたい」

「何よ…」

 理解は及ばないが、不愉快だった。

 微笑めば簡単…?

 こいつは同じ仕事をしながら、心にも無い笑顔を浮かべ続ける事がどれだけ難しい事なのか分からないのか…?

 クレア嬢を相手に微笑めと?

 …彼女のあの心の無い微笑みに、私が微笑み返して何の意味がある。

 

「彼女との事についてお前に話す事など何も無い。自分の仕事に戻れ」

 騒がしいだけなら勝手にしてくれればいい。

 それ以上の詮索は…

「何よ、それじゃあまるで、ルーカスが…本気で彼女との結婚を望んでるみたいじゃない」

 まだ続けるのか?

 いい加減に…

「認めない!私は認めないから!」

「…は?なぜお前の許可が…」

「ルーカスが言ったんじゃないの!一生を仕事に捧げるって、人を好きになることはないって、必要なのは周りを納得させられるだけの身分だけだって……!」

 

 なぜ…泣く。


「何で急に変わったのよ…。何があったっていうのよ…。私がどんな思いで……」

「…何を言って…まさか、いや、言わなくていい。やめてくれ、それ以上は聞きたくない」

 本気でやめてくれ。

 私は同期を失って、お前は同期と信用を失うだけだ。最初からわかってるだろう?


ガチャ

「ルーカス、今夜捜査会議だとよ……え、何、修羅場?」


 ザックの顔を見て心の底からホッとしたのは、おそらく初めてのことだった。

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