26.同期
「向こうってパンが平たいのよ。最初は慣れなくて。でもね……」
5度断ったのに無理やり連れ出された同期会。
完全防音の行きつけの店で、うるさい二人は飽きることなく喋り続けている。
はっきり言って早く仕事に戻りたい。このままでは第4土曜日が空けられない。
だが…彼らの気持ちも分からなくはない。
「おー、それ美味そうだな。冷めてても食えるっつーのはいい事だ」
どうでもいい話を拾っては絶え間なく会話を成立させるこの男が、もはや永遠の敵のザック・タルボット。元々が雑誌記者のこの男は、情報収集と情報操作に長けた食えない人間だ。
「だよね。それにしてもオシャレなカフェでランチとかする生活に憧れるわ」
ならばさっさと異動願でも出せばいいものを、なぜか部署内で唯一の女性捜査官を続けているこの女が、ソフィア・ブロウズ。帰国子女で語学に長けた彼女は、外国要人との折衝や国外任務が多い。
先ほど2年ぶりに帰国した。
彼らと私を合わせて3人が、一応同期という扱いになっている。
年齢も出身階層も全く違うが、いずれも組織にとって必要な人材として勧誘された。
そう、私たちは採用試験を受けたわけではない。
集められるべくして…ここにいる。
「…それにしても、また3人で集まれてよかった。外国にいる間にまた誰かが欠けるとか勘弁して欲しいし」
ソフィアがふうっと息を吐きながら話す。
「まぁな。誰かの訃報聞くたびに明日は我が身だなーと思う」
ザックが行儀悪く肘をつきながら言う。
「…………。」
5度断りはしたが、結局こうして参加してしまうのは、これが最後かもしれないと心のどこかで思うからだ。
朝別れたハワード殿が、夜には遺体で帰って来たように。
「ごめん、湿っぽくなったわね。ところで二人は何か変わったことあった?ルーカスは相変わらず御令嬢泣かせてる?」
「……は?」
思わず低い声が出る。
「あー…ソフィア、それはつついちゃいけないヤツだ」
「何で?ルーカスと言えば貴族相手の工作がメインでしょ?御令嬢の籠絡が一番手取り早い…何か変なこと言った?」
「…不本意だ」
「なー。お前も苦労するよな。だけどそれももうすぐ卒業だ。よかったな。お前が一番嫌いな仕事だもんな」
「……ああ」
実際嫌いどころの話ではない。
そもそも化粧の濃い女も香水臭い女も菓子と宝石の話しかしない女も起承転結の無い話をする女も虫をことさら怖がる女も同じ人間だと思った事など無い。
「え…どういうこと?ルーカス仕事辞めるの?」
「あー違う違う、コイツ今絶賛婚約中。な?」
「ああ」
…何とかそうなるように努力した、が正しい。
「え?ルーカスが…婚約?」
「そうそう。こいつの場合、このまま結婚したら社交の場には妻同伴じゃないとまずいだろ?だからまぁそういうこった」
「……そうなればいいがな」
「あん?」
それも今後の要努力項目だ。
「そ、そうなのね。へぇ…。相手は?どんな人?」
「お、それ聞いちゃう?驚くなよ…?」
「はぁっ!?ハワードさんのお嬢さん!?あんた…何考えてんのよ!彼女まだ10代でしょう!?」
「びっくりしただろ?コイツ必死で御令嬢を囲い込んで…」
「人聞きの悪い事を言うな。きちんと見合いもしたし、覚書も交わした」
彼女が20歳になるまでは婚約期間として設定した。
…何も責められる謂れは無い。
「だとしても…上は承認したの?普通なら調査済の相手を斡旋されるでしょう?」
「ハワード殿の娘に身辺調査も何も無いだろう。届け出て2日で承認された」
「!!」
「いやいや、お前の用意周到っぷりに上も若干引いてたって。しっかしなぁ…ルーカスがまさかああいう感じが好みとは……」
「どういう意味だ」
「もっと世慣れた感じの未亡人とか選ぶもんだと」
「は…あ?」
「言い換える。仕事のためにもっと頭の軽い女を選ぶもんだと思ってたんだよ。あの子相手にこの仕事続けるの苦労するぞー?父親そっくりだ」
「…そうだな。確かによく似ている」
ほとんど変わらない表情。
穏やかなようでいて激しくて、柔らかそうなのに頑固。
そして…決して他人を信じることのないハワード・ベゼルが育て上げた娘。
「ルーカス、本気なの?」
「何がだ」
「本気でハワードさんのお嬢さんと…」
「ああ」
「…そう、そうなのね」
「ルーカス…お前、都合がいいからとか何とかよくもまぁ…」
何とでも言え。
都合だけが良かったのはこの前までだ。
今は…多少都合が悪くなっても構わないと思い直しただけだ。




