24.だからなぜ
「…う〜ん、37.2度。微熱…かしら?」
手元の体温計と睨めっこをする。
夕べの39度の数字を見て目が飛び出しそうになった事を思えば、まずまずの下がり方と言える。
「エドワーズ様、一応お医者様を呼びましょうか?どなたかかかりつけの……」
言いながら彼の方を振り返る。
ベッドの上には体を起こし、顔を両手で覆い、今にも崩れ落ちそうなエドワーズ様…。
「エドワーズ様!気持ち悪いですか!?吐きそう!?少しお待ちくださいね、今何か…」
「…ちがう」
「ちがう…?では頭が痛い?薬効には解熱と鎮痛と書いてあったはずだけど…」
「…そうじゃない」
「…お医者呼びます…?」
「いや、できれば、状況説明を…」
状況説明…。
文机から椅子を持ち出し、ベッドの側に寄せ、エドワーズ様の話を聞く。
「夕べの11時半頃から…記憶が無い」
ようやく両手を外して顔を出した彼は、顔面蒼白だった。
「それは仕方ありませんわ。私も人生で初めて見た高熱でしたもの」
本当に、二度見三度見してしまうほどの。
「…そう…か」
「ええ。下がってよかったですわ」
エドワーズ様が上目遣いに私を見る。
「…君は、いつからここに……」
「ええと、11時…56分ですわね」
「アリバイの供述か…?…なぜそんな夜中にここに…いや、待て、そうじゃない。そうじゃなくて…」
「…考え事をすると熱が上がりますわ。もう少しお休みになって下さい」
「いや、無理だ。とてもじゃないが眠れる気がしない」
「まあ…。あ、りんご召し上がりますか?水分だけは口に運ばせて頂いたのですけれど……」
「は…!?クレア嬢、つかぬ事を聞くが、まさか一晩中ここに…」
「ええ。さすがに高熱でうなされる人間を置いて帰るなんて真似はできませんわ」
「うなされ…まさか、私は何かおかしな事を口にしたりは…」
「……えーー…と、そうですわね、ええ、何も」
とりあえず笑っておきましょう。
「…ほんとうに?」
彼の灰色の瞳がやや不安げに私を見る。
「フフ、エドワーズ様、子どものようですわね。いつもの鋭い瞳はどこにいったのでしょう?」
「いや…何もないならいいんだ。すまな…」
「あ!そう言えば…」
「そ、そう言えば!?」
慌てふためく彼の耳元でこそっと呟いた。
「にが〜いお薬はいやなんですって。フフ!」
「はっ!?はあっ!?」
「フフフ、いい事聞きましたわ。今度喧嘩した時には、センブリ茶をご用意しますわ」
「…喧嘩?」
「…ええ。ですから…仲直りして頂けませんか?」
エドワーズ様の灰色の瞳が握りしめた拳へと落ちる。
「…私は君を傷つけた」
「どうなのでしょう…。私…傷ついたのでしたら、一つ勉強になりましたわ」
「…え?」
「あなたの言葉に…心が揺らいだという事ですわ。全てのことは微笑んで流していけるはずなのに、それができなかった」
彼の瞳が私をじっと見据える。
「…あんなに取り乱して感情的になったのは…記憶にある限り初めてなのです」
「クレア嬢……」
本当に、初めてのことだった。
「だからきっと何か特別なことがあるはずなのですが……何度考えてもまだわからないのです。ですから、エドワーズ様とまたお話できたら…と思いまして…」
今度は彼の瞳が大きく見開かれる。
そして…ポツリと一言。
「それを伝えるために…2時間も待ったと?」
「…ご記憶、あるのではないですか」
「11時半より前の記憶だ」
「……………。」
彼は…少しズルいのよね。
「いえ、そう言えば試験対策の御礼に伺ったのでしたわ。その節はありがとうございました」
「ああ……」
「体調がよろしいようでしたら、そろそろお暇しますね。あ、今日は欠勤届が出ているそうなので、間違ってもお仕事には行かれませんように。…では」
立ち上がろうとした時だった。
「…待ってくれ!」
ハシッと手首が掴まれる。
「…何度も君の屋敷まで行ったんだ。手紙も書こうとしては筆を置いて…。伝えるべき言葉がわからなかった。…何かを言って拒絶されるぐらいなら、いっそこのままで…などと……」
「エドワーズ様…」
「…情け無い限りだが、その、仲直りとやらの機会を貰えるならば、私の方から申し出る事は許されるのだろうか」
「…ええ、もちろんです。…また、手紙を書きますわ」
「そうか…」
心なしかほっとしたようにも見える彼。
弱った姿は少しだけ可愛いらしい。
「エドワーズ様…ピンクもお似合いになるのね」
「…は?」
「…ええと、パジャマ…」
「はっ!?何だこれは!なぜこんなものを…!?」
「え、今お気づきに?昨夜ザックさんがお持ちになったので、着替えを…」
「………誰が」
「え?私が。あ、もちろんお体拭かせて頂いて…」
「………はーーー!?」
困ったことに、このあと彼の熱はぶり返した。




