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23.その夜

 少しこけた頬に、落ち窪んだ目。…彼、痩せたわ。


 必要最低限のもの以外何も無い、空っぽに近い部屋の中で、ようやく穏やかな寝息へと変わった彼を見ていた。


 

 試験が全て終わった今日、シンシアさんと夕食後の談話を楽しんでいた時、オリバーに唐突に言いつけられた。

『エドワーズさんに御礼言いに行って来なよ!』

 なぜならば、手応えがあったから。

 オリバーみたいに論述の難問を完璧に回答できたとは言わないが、おそらく不可はないはず。

 それは間違いなく…彼のおかげだ。


 オリバーに何だか高級そうな化粧箱を持たされ、蹴り出されるようにカーソン家の車に乗せられた時にはすでに9時を過ぎていた。

 あえて彼の住まいを覚えたわけでは無いが、私は迷いなくここへとやって来た。

 …だって、私はここに来たことがある。

 建物は建て替わってしまったけれど、絶対にここに来たことがある。

 

 会いたいのか会いたくないのかそれすらもよくわからなくて、呼び出しを依頼する事もなく、ただ官舎の玄関脇に立っていた。

 御礼に来たはずなのに、頭の中はだんだんと別の事で埋まっていく。

 …もし今夜のうちに偶然会えたなら、きちんと謝ろう。今夜偶然会えたなら、また手紙を書いていいか聞こう。今夜会えたなら……。

 今夜が終わるまで後2時間。今彼に会ったら微笑もう。今夜が終わるまであと1時間…今彼に会ってもまだ微笑める。

 …今夜が終わるまであと15分。今彼に会ったら…


『クレア嬢…?』


 聞こえた声と、目に映った灰色の瞳。

 彼に会ったら何をするんだった?

 謝って、御礼を言って……

 そんな事を思う間もなく、目の前で彼は倒れた。




 あの後、彼の同僚だと言う人がサッと現れて、エドワーズ様をこの部屋へと運んでくれた。

 寝に帰るだけ…確かにその通りなのだろう。

 殺風景な部屋にポツンと置かれたベッドと、整理整頓された文机。着替えが収められたクローゼットにバスルーム。

 彼はかなり几帳面なのだろう。

 屋敷の自室の乱雑さを思うと少し恥ずかしい。


コンコン ガチャ

 玄関ドアを叩く音と開く音が同時に聞こえ、思わずバッと音の方を振り向く。

「あ、よかったよかった、まだいたね。とりあえず色々持って来たよ」

「あ、先ほどの……」

「ああ俺?ザック。ルーカスの同期兼世話係ね」

「世話係…」

 彼はさっきエドワーズ様をこの部屋まで運んでくれた人だ。


「あーあ、コイツが熱出すとか明日大雪だな」

 ベッドに横たわる彼を覗き込みながらザックさんが言う。

「クレアちゃんでしょ?改めましてよろしく」

「え、ええ、よろしくお願いします。私のこと…ご存知なのですか?」

「そりゃー……ルーカスが変になる時はだいたい君絡みだし」

「…変になる?」

「そうそう、今がいい例。飲まず食わずで働いて、君に会った途端これでしょ?変だろ」

「そう…なのですか?飲まず食わずだと誰でもこうなると思うのですが……」

「いや、コイツはならないね」

「そう…ですか」

 …どんな体質なのかしら。


 とにかく、ザックさんが来てくれたなら私はそろそろお暇した方がいいわね。

 立ち上がり辞去の挨拶をしようとした時だった。

「あ、飲み物と薬とその他諸々ここにあるから、適当に面倒みてやって。あ、着替えも持って来たけど下着はクローゼット。開けてみ?超面白いから」

「え、え?」

「明日は休暇届出しておくから寝かしといて。起きたら殴っていいから。んじゃね!」

「えっ!ちょ、ちょっと…待っ…嘘でしょう…!?」


バタンッ

 無情に閉まるドア。

 彼の職場は皆マイペース揃いなの…!?

 面倒見てって…私が?ここで?

 何をどうしたらいいの…?


「…う…ん」

「きゃっ!」


 突然聞こえた声に体がビクッとなる。

 そろそろとベッドの上の彼を見る。

 …寝言?

 苦しいのかしら…。

 もしかして悲鳴を上げている場合じゃないのかも…。


 

 この夜、何度も何度も繰り返される彼の寝言に少しだけ目が潤んでしまったのは、永遠の…秘密だ。

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