2.婚約
「ええと、エドワーズ…様?もう一度お伺いしてもよろしいですか?」
「ああ。だからこちらとしては何の問題も無い。君の申し出を受けさせて頂く」
「左様でございますか。あの…」
「だから、君の申し出通りの生活でいい。話を前に進めさせて頂く」
絶対にお断りの連絡が来ると思っていた私の元に、思わず二度見するような手紙が届いたのはさっき。
そして彼からの訪問伺いの手紙が届いたのも、さっき。
つまり、さっき、玄関のコンソールテーブルに山積みになっていた紙束から、何とかそれらを引っ張り出した。
…玄関先で立ち尽くす、完全に据わった灰色の目に見下ろされながら。
「あの、エドワーズ様…?私、その、貴方からの手紙を読んだのも今さっきで……」
「手紙は4週間と3日前に送っている。消印の確認を」
「は、はぁ」
「4週間待っても、うんともすんとも返事が無いから、3日前に訪いの手紙を出した。消印の確認を」
「は、はぁ……」
きっちりと整えられた黒髪と、灰色の瞳が鋭く光る。
「どの手紙にも断りの返事は来なかった。だから君も承諾しているものと判断した」
彼の言っていることはよく分かる。言葉は明瞭、適切、的確。
だけれど…
「ええと…エドワーズ様は、私と結婚するおつもりだということですか?…何のために?」
…目的はさっぱり分からない。
「何のため?見合いをする理由は一つしか無い。君の出す条件は、私にとっても都合がいい。…それだけだ」
「…左様でございますか」
「そうだ」
寝不足のせいなのか、どうにも頭に色々入って来ない。
「…だが、いきなり結婚という訳にもいかないだろう。諸々の準備が整うまでは、婚約、という形を取らせて頂く」
「…婚約」
「ああ。結婚までにワンクッション置くのは普通の事だろう?」
「…ワンクッション……あ!」
「…何だ」
「いいえ、お話はよく分かりました。では、準備が整いましたらご連絡を」
「あ、ああ」
なるほどなるほど。そういうことね。
あーびっくりしたわ。お金持ちも大変ね。
去り際に彼が残して行ったのは、『当面の生活費』という名前の小切手。
学費の残り2年半分を支払っても、もう一度大学に最初から通えそうな額面の………。
あまりに現実味のない桁数にとりあえず無かったことにして、綺麗に折り畳んで父さま直伝の屋敷の隠し場所にしまった。
「という訳で、第7章は想定外に長編になりそうなの」
週明け、大学内の食堂でランチを食べながら、私は事の顛末をオリバーに報告する。
もちろん私のランチは自分で持ち込んだパンだ。
「…一応、その話聞こうか」
「あ、私の推理を馬鹿にしてるでしょう」
「………まさか」
「…何よその間は。いい?私は彼にとって、ワンクッションなのよ」
「ワンクッション…?」
「そう。おそらく…彼には本命の女性がいると見たわ」
「…ふーん」
「反応うすいわね。それでね、多分その女性はちょっと訳ありなんだと思うの。そうね…例えば離婚歴があるとか、風俗業の人とか…」
「ブーーーッッッ!!!」
「ちょ、ちょっとオリバー!汚いわよ!」
突然飲んでいたコーヒーを吹き出すオリバー。…今さら服が汚れることは気にならないが、オリバーの反応がいまいち謎だ。
「ゴホッゴホッ…ごめん。ベゼルって…貧しくなっても頭の中だけは箱入りだと思ってたから衝撃的で……」
「え?」
「あー…続けて。面白くなってきたなー」
……嘘くさいわ。
「まぁいいわ。ええと、彼はちょっと訳ありの女性と結婚したいけど、今のままじゃ周囲の人間に反対されるのよ。だから、とりあえずまだ訳ありになってないけれど、すっごく貧乏な私と婚約する」
「…ほうほう。いや、とりあえずまだ、の箇所は問題発言…」
「で、周囲の人間が大騒ぎして収拾がつかなくなる頃に婚約を解消するの」
「…………。」
「そして結婚できなかったのはお前らのせいだ!って怒り狂うか泣き喚くかして、次の本命女性の時は周りが何も言えない環境を作る。どう?この推理」
「20点。どこの三文芝居だよ」
「ええっ!?」
…ほぼ間違いないと思ったんだけど。
だって人は、自分の利にならない事なんてしないでしょ?
私と婚約して得られるものなんて…何かある?