18.よく見ている
「あれ?ベゼルが消えた」
勉強会が始まってから2時間近くが経とうという頃、オリバー・カーソンの一言でふと現実に戻った。
…彼は頭がいい。思わず議論に熱中してしまうほどには。
かと言ってそれを鼻にかけるでもなく、物事の捉え方も実に柔軟性に富んでいる。
…なるほど。クレア嬢が言う、彼がいかに人格者であり公平であるか、というのはあながち大袈裟ではないのだろう。
顔がいいというのは主観の問題だからこの際無視するにしても、確かに見事な癖毛だ。
「彼女は大学でどんな生活を?」
何となく気にはなっていたが、直接本人に聞く機会もない。
「そうですねぇ…。ほとんど寝てますよ。おそらく。僕を隠れ蓑にして、そりゃもうスヤスヤと寝てますね」
「寝てる……いや、寝るぐらいなら授業に出なければいいのでは」
「真面目の方向性が間違ってるんですよね。ちょっと変わり者というか……」
「変わり者……」
オリバー・カーソンがペン先をクルクルしながら話し出す。
「エドワーズさんも先輩だからご存知でしょうけど、うちの大学ってそもそも女子がほとんどいないでしょう?」
「…私の時は学部には一人もいなかったな」
「うちは今ベゼルだけですよ。あと他学部にパラパラと…。総じて男子より優秀な、口喧嘩では決して勝てなそうな…」
「ああ…懐かしいな。そうだった。だから学外に出会いを求めて徘徊するのが常だった」
「あ、それベゼルには内緒のヤツですね?」
「いや、健全な若者の姿だろう」
「あはは!そうそう、みんなフラフラしてますよ。ま、彼女はそんな中フワフワした珍しいタイプでしょう?そりゃもう男どもは目の色変えて…いや、まぁ、よく彼女との間を取り持って欲しいっていう依頼があるんですけど……」
「…ほう」
フワフワ…しているか?どちらかと言うと人を寄せ付け無いような雰囲気だと思うが……。
「みんな騙されるんですよね、最初は。ニコニコして柔らかそうなんですけど、彼女は絶対に他人に心を開かないですから」
「…………。」
彼は…彼女をよく見ている。
「それにしても、ベゼルの婚約者が貴方のような方で安心しました」
「…え?」
突然のオリバーの言葉に一瞬面食らう。
「彼女の過去6回のお見合い相手、全員けっこうな年上で…。中には僕らぐらいの子どもがいる相手とかもいて、何というか…汚い言葉で言えば、身売りのような…あ、すみません」
「ああ…いや、何となくは聞いている」
…聞いているどころではなく、詳細に調べてある。隣近所のお節介なご夫人方が、こぞって親族の男やもめをあてがおうとした事実もきっちりと掴んでいる。
「毎回変な作戦立てて、彼女…おもしろ可笑しくその時の様子を笑い話に変えてたんですけどね」
「作戦?」
「エドワーズさんもプレゼン受けたんでしょう?〝クレア・ベゼルがいかに不良債権か〟。…彼女、大真面目に資料作ってましたけど……」
「ああ……」
確かに綿密に計算された今後の資金収支の資料があったな。それに加えて最後のあのセリフ……。
「…何か、悲しかったんですよ。彼女そこそこ美人だし、物腰も丁寧でしょう?…何で幸せになれないんだろうって。もう少し…彼女をなんて言うのかな、結婚の道具としてじゃなく、一人の女性として大切にしてくれる人が現れればいいのにって思ってました」
「ーーー!」
オリバー・カーソンの瞳にありありと浮かぶ憂いの色。
「君は、クレア嬢のこと……」
「僕?無いですね。絶対に無いです」
「…なぜ?」
「なぜって…今でこそ彼女は庶民的になりましたけど、入学したての頃は、そりゃあもう絵に描いたような御令嬢だったんですよ。彼女は…どこかの貴族家の出身なんでしょう?」
「……………。」
「僕の家は裕福ですけどね、それでも頭を下げて生きるように育てられてます。平民で、商売人の子ですから。…彼女はそうじゃない。高慢だとか、そういった事ではなくて、頭を下げて生きていくようには育てられてないって事です」
本当に彼は…彼女をよく見ている。




